映画監督の長谷川和彦スペシャル・ウィークは、今週へもズレ込んでいるようです。長谷川和彦監督、恐るべし(´・ω・`)?
一連の更新は、おそらく本日分で一応一段落すると思いますが、本日は、昨日編集したばかりの動画を紹介しています。これは、12日土曜日に東京・池袋にある映画館 新文芸坐であった長谷川和彦監督のトークショーの一部を紹介するものです。下は、新文芸坐周辺の地図です。マルハン池袋ビル内に同館はあります。
近頃は世の中の動きも非常に速く感じられ、時に心が疲れます。そんな時、私にはいつも繰り返して見ることにしているお気に入りのビデオ・テープがあります。
それを録画したのはもうずいぶん前になります。テープに記された日付を見ると_【1997年6月4日】とあります。たった4年前といったいい方も出来ますが、一方、遙か4年“も”前という見方も出来ないこともありません。
その日にテレビ東京で放送された「ドキュメンタリー・人間劇場」 「のんきに暮らして…82年 たぐちさんの一日」といいます。
私が録画したのはその番組が再放送されたときで、最初の放送は1996年5月22日にあり、その放送によって第34回ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞を受賞しているとのことです。
昨夜、私は「NHKスペシャル」(NHK総合/21:00~21:50)を見、そして、胸が塞がれるような思いになりました。
昨夜の番組タイトルは_「たったひとりの医師として えりも・辺地医療の11年」です。
このタイトルからもだいたい察しはつかれるかもしれませんが、ある辺地の診療所でたった独りの医師として診療を続けた女性医師の姿を描いています。
その女医は鈴木陽子さんといいます。
彼女は42歳の時に医師免許を取得したそうです。そして、サラリーマン化した現代の医療現場を嫌い、夫と子供を大阪に残し、単身何の身よりもない北海道えりも町の診療所に医師として赴任しました。
今日は、最近見て感動したテレビ番組についてちょっとばかり書いてみようと思います。その感動ものの番組とは、『私の太陽』(フジテレビ/2001年4月27日 21:00~22:52)というドキュメンタリーです。
演出と制作を担当したのは、番組のナレーションも務める、張麗玲という中国人女性です。番組では、中国から日本へ留学に来ている(来ていた?)ある中国人男性とその家族の姿を5年間に渡り追います。
男性の名前は、李仲生。年齢は、ドキュメンタリーの撮影が始まった1996年当時45歳です。その彼には、42歳になる妻と中学生の娘(ともに1996年当時)がいます。
彼は妻子を抱え、彼が通う千葉大学大学院で経済学博士の学位取得を目指しています。
明日の春分の日、彼岸の中日を前にして、あるいはそれに相応しい話題を書いてみようと思います。以下は、今日の朝日新聞の記事から仕入れた“にわか知識”です。
その昔、というにはまだ早いやや昔に、松田優作という一人の俳優がいました。
彼は『太陽にほえろ!』のジーパン刑事で名前を売り、その後も『探偵物語』や『蘇る金狼きんろう』といったドラマや映画に出演し、一部に熱狂的なファンを持っていました。しかし、1989年、ハリウッド映画『ブラック・レイン』出演を遺作として残し、この世を去っていきました。
享年40歳(戸籍上は39)。早すぎる死でした。その彼が亡くなって早12年が経つそうです。
そんな松田優作の本名が今日の朝日新聞・社会欄の記事中に載っていたのです。
今日2月14日は世の中、ヴァレンタイン・デイだそうですが(←まるで他人事(^^;)、それとは全然関係のないことを書いてみたいと思います。
しかし、そう書きながら実は、最後の部分ではソレに上手く話をつなげたい、という“野望”も持っていたりするわけであり、、、果たして思惑通りに行くことやら。そんなこんなで、いざ_。
私の手元にはかなり昔に録画したビデオ・テープが結構あったりします。
私には元々「収集癖」のようなところがあり、ビデオでも結構マメに録画したりします。もっとも最近では、録画してもあとでそれをあまり見ないという事実に思い当たり、以前ほど熱心ではなくなりました。実際、旅先で撮った写真を撮影後はあまり見ないのと同じように、ビデオの場合も録画することだけに熱心で、そのあとは1度も再生していないテープも数多くあります。
その一方、何度も繰り返して見る録画テープもあります。今日書いてみようと思っているテープは、後者の何度も繰り返し見ているテープの一つです。
それは、『一点中継 つくる』(NHK総合)という番組です。これは10年以上前の1989年に放送されたもので、放送曜日は「毎週日曜日」、放送時間は「23:25~23:45」とテープには記されています。
今日はほんの思いつき(いつも思いつきですけれどf(^_^;))、DVについて書いてみたいと思います。
で、この場合のDVとはデジタル・ビデオのこと、、、ではありません。「ドメスティック・ヴァイオレンス(Domestic Violence)」のことです。
DV。最近よく言葉だけは見聞きするのですが、恥ずかしながら、 私自身は意味を良く知らなかったので、ちょっとばかり辞書を引いてみました。直訳すれば、「家庭内暴力」といった意味でしょうかね。
最近、男女間の主に男性から女性(この逆のケースもあるのでしょうか?)に対する暴力が問題になっています。もっとも、問題になったのは最近かもしれませんが、そうした暴力行為自体は、閉じた空間で行われるという性格上、これまでも行われていたものの表沙汰にならなかっただけかもしれませんが。
今朝の新聞各紙は、あるボードビリアン(ヴォードヴィル)の死を報じています。
マルセ太郎です。
彼は本名を金原正周といい、在日韓国・朝鮮人二世として大阪市に生まれたそうです。
私がマルセをハッキリと認識したのは何年前のことになるのでしょうか? 以前、テレビの深夜番組に『EXエックステレビ』(日本テレビ系列)というのがありました。これは、その昔、“名物番組”『11PM』を放送していた時間枠の番組です。で、その放送形態もその『11PM』の時代そのままに、東京(日本テレビ/月、水、金)と大阪(読売テレビ/火、木)交互の放送でした。
私がいつも見ているテレビ番組『NHKアーカイブス』。
「テレビの青春」とキャッチフレーズされたこの番組では、日本の国の“青春時代”ともいえる1970年代前後にNHKが制作した当時の番組を、ドキュメンタリーを中心に再放送しています。見ていると、まるでその時代にタイムスリップしたかのように、いい気分になります。ちなみに、私は未来は苦手です。
夜の12時近くから始まるため、夜さっさと寝てしまう私はビデオに録って見ることになります。
新年になって初めての放送では、ドキュメンタリーが3本放送になりました。そのどれもが印象に残りましたが、今回は2本目のドキュメンタリーの話をしましょうか。
タイトルは『少年は河を上った』です。放送されたのは、確か昭和48(1973)年、だったと思います(←あるいは違っているかも)。
タイトルにある「河」とは、東京の下町を流れる荒川です。その周辺は、いわゆる「ゼロメートル地帯」といわれ、川の水位よりも低い地帯に街が発展しています。従って、川と住宅地の間には高い土手が築かれています。