2001/04/30 私の太陽

今日は、最近見て感動したテレビ番組についてちょっとばかり書いてみようと思います。その感動ものの番組とは、『私の太陽』(フジテレビ/2001年4月27日 21:00~22:52)というドキュメンタリーです。

演出と制作を担当したのは、番組のナレーションも務める、張麗玲という中国人女性です。番組では、中国から日本へ留学に来ている(来ていた?)ある中国人男性とその家族の姿を5年間に渡り追います。

男性の名前は、李仲生。年齢は、ドキュメンタリーの撮影が始まった1996年当時45歳です。その彼には、42歳になる妻と中学生の娘(ともに1996年当時)がいます。

彼は妻子を抱え、彼が通う千葉大学大学院で経済学博士の学位取得を目指しています。

彼が本来勉学に励むべき時期、祖国中国は文化大革命の真っ只中にあり、理不尽な理由で自分の夢を果たすことができずにいました。そんな彼が賭けた夢が日本への留学であり、そこでの博士学位取得なのでした。

実際に日本へやって来たのは彼が34歳の時です。以来、日本語学校、私立大学へと進み、ようやく専門の大学院博士課程へと歩を進めることができました。

しかし、いかんせん年齢的なハンディキャップが彼にはあります。彼が目指す経済学博士の学位取得のためには年齢制限があるそうで、50歳未満で取得しなければならないということです。さらに番組によれば、千葉大学大学院ではこれまで経済学博士の学位を取得した者は一人もいないということです。

そんな幾重にも困難な夢に彼は挑むことになります。

彼は、学位請求論文を執筆するため1日中ワープロの画面と格闘します。狭いアパートの部屋の中には、彼が叩くキーの音だけが響き渡ります。そんな彼の一家の家計を支えるのは妻のわずかなアルバイト収入だけです。

そんな彼ら一家に転機が訪れました。最低限の暮らしの中にもそれなりに幸福だった家族に嵐の時が訪れたます。彼は妻がやっとの思いで溜めた全財産を、あろうことか、無断で投資に当ててしまい、その挙げ句の果てにそれら全てを失わせてしまったのです。妻のショックは大きく、それがきっかけとなり彼は妻子から離れ、一人別のアパートへと移り住むことになってしまいました。

彼は、前にも増して悲惨な生活を余儀なくされます。必要最低限の生活費を稼ぐためのアルバイトを始め、その合間を縫うように論文を書き続けます。1日1食ということも珍しくなく、それもパンばかり。体力が限界に近づくと、自分へのご馳走として、一番安い魚の缶詰を買ってきます。

そんなギリギリの生活を続けた結果、彼の歯はボロボロになり、10数本も抜け落ちてしまうことになります。それでも彼は夢を捨てることなく、9月の論文提出を間近に控え、ほとんど不眠不休でワープロに向かいます。

やがて妻のショックも癒え、彼のアパートへ手伝いにやって来ました。再び妻の支えを得た彼は論文を書き終え、娘が待つアパートへ妻と二人で還っていきました。

フジTV『私の太陽』からの静止画像
フジTV『私の太陽』からの静止画像

無事、論文を提出し終えた彼は、最後の関門である弁論面接試験に臨みます。しかし、結果は不合格。彼は夢を果たすことができませんでした。

1997年のクリスマスから3週間後、彼は最後の希望を失い、呆然と駅前の広場に佇みます。彼が見上げた冬の青い空には数十羽の鳩が舞っています。そのシーンに、『O Sole Mio! / オ・ソレ・ミオ ~私の太陽~』が流れます。

太陽の輝く日は
何て 美しいのだろう

でも 私は_

もう ひとつの太陽を 持っている
もっと もっと 美しい太陽を_

私の太陽
それは あなたの姿
太陽
私の太陽
それは あなたの心
あなたへの 想いの中で輝く

希望を失い欠ける彼の心を支えるのは妻であり娘です。彼はそんな家族に支えられながら、再度自分の夢に挑み始めます。

中国版のドキュメンタリーはここで幕が下ります。が、後日談が、日本側スタッフによって制作されています。それによれば、年齢制限のタイムリミットに当たる年、彼は見事学位取得に成功し、自らの夢を実現させたのです。そして、家族共々祖国中国へと還って行きます。

彼は今年、助教授として中国の大学の教壇に立つことになっているそうです。これでやっと、彼にも「嵐のあとの穏やかな情景」が訪れたことになります。

人は誰でも信念さえあれば自分の夢に挑むことができ、また、その夢を叶えることもできるのだ、というメッセージをこのドキュメンタリーは伝えているように思います。また、もうひとつのメッセージを含んでいるとしたら、それは、お金には換えられない大切なものがこの世にはあるのだ、ということでしょうか。

いずれにしましても、夢を実現した“万年青年”の彼の今後の人生には幸多からんことを願わずにはいられません。

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