昨日(21日)の本コーナーで、1983年に出版され、その後、絶版状態になっていた村上春樹(1949~)の初めての短編小説集『中国行きのスロウ・ボート』が今年復刻され、それをAmazonの電子書籍版で読んだことを書きました。
短編集には短編作品が七作品収録されています。その中で今回私が取り上げたいのは、6作目の『土の中の彼女の小さな犬』です。本作は、1982年、文芸雑誌『すばる』(1970~)11月号に掲載されました。
村上は1979年に作家デビューしていますので、3年後の作品になります。この年には3作目の長編小説となる『羊をめぐる冒険』を発表しています。
村上は専業作家として生きていくと覚悟し、ジャズ喫茶を人に手渡し、住まいも千葉の習志野に移っています。
「僕」が主人公の一人称で書かれています。
習志野に移り住んだ村上は、その年の秋に走ることを始めています。それとともに、それまでは「一日5箱を喫うヘビースモーカー」だったのに、ぴたりと喫煙をやめています。煙草をやめたのは『羊をめぐる冒険』を書き上げたあとということですから、今回取りあげる短編作品『土の中の彼女の小さな犬』は、まだ煙草を喫っていた頃に書かれたのかもしれません。
というのも、主人公の「僕」は、盛んに煙草を喫うからです。
「僕」がひとりで、とあるリゾートホテルにいるところから話が始まります。そのホテルは前時代的な感覚で、今のホテルにはない、無駄に贅沢な造りとなっています。
天井の高さは4メートル20センチです。
ネットの事典ウィキペディアであたると、村上は愛知県にある蒲郡(がまごおり)ホテル(蒲郡クラシックホテル)をイメージして書いているようです。
「僕」が宿泊しているのは3階です。ゆったりとした部屋にひとりでいます。外では雨が降り続いています。話の始まった時点で、男はその部屋に3日宿泊しています。その間、雨が一度も降り止まなかったのでした。
男はその宿を2週間前に予約していました。今付き合っている彼女とそこを訪れ、最初の2日で自分の仕事を仕上げ、残りの3日を彼女と過ごす予定にしていました。
男は、インタビュー記事やルポルタージュを書く仕事をしています。年齢はハッキリしませんが、30代といったところでしょうか。
ホテルに来る直前、予定が大きく狂いました。ちょっとしたことで彼女がヘソを曲げ、男がひとりでホテルに来ることになってしまったのです。
手持ち無沙汰になると、男はすぐに煙草に手を伸ばし、物を書くでもなく、ぼんやりと窓の外の雨を眺めたりしています。
男の転機は4日目に訪れます。その日のことが書かれています。
男は4階の食堂へ行きます。客は男がひとりだけです。そこへ、女がひとりで入ってきます。育ちの良さそうな若い女です。この女とは、そのあと、ホテル内の古い図書室でもう一度出くわします。
女は男に興味がありません。男は女に興味を持ち、きっかけを作って女に近づきます。そして、女の素性をいい当ててみようと持ちかけ、女はそれを受け入れます。
男は唇の前で手を組み、女の顔をじっと見て、神経を集中する振りをして、女のことを次々にいい当てていきます。
その終わり近く、彼女がかつて、広い庭付きの家に住んだことがあるだろうといい、その庭に思い出がありますねといいます。それまで余裕を見せていた女の態度が変わり、男を残して出て行きます。
男が自分の部屋へ戻り、ドアを開けると、ドアに挟まれていた紙片が落ちます。紙には男への謝罪の言葉と、今夜9時に、ホテルの裏にあるプールのそばを散歩しないかと書かれていました。
ここまで読んだとき、私は嫌な予感がしました。これまで、村上の作品を数多く読んできて、村上が主人公を使って、男が女にどんなことをさせるか予想がつくように感じたからです。
村上が書く男の主人公は、常に女にモテ、女と寝たいと思えば、なんの支障もなく寝るように描かれます。村上作品に登場する男の主人公はほとんどが典型的な「すけこまし」です。
本作でも、村上が都合良く書くように予想し、続きを読むのが億劫になりました。
ここから先のことは書きません。気になる人は本作を読んで確認してください。
私が本作にタイトルをつけるとしたら、『マルチーズ』か『預金通帳』、あるいは『臭い』にするかもしれません。