2001/05/27 「たったひとりの医師として」を見て

昨夜、私は「NHKスペシャル」(NHK総合/21:00~21:50)を見、そして、胸が塞がれるような思いになりました。

昨夜の番組タイトルは_「たったひとりの医師として えりも・辺地医療の11年」です。

このタイトルからもだいたい察しはつかれるかもしれませんが、ある辺地の診療所でたった独りの医師として診療を続けた女性医師の姿を描いています。

その女医は鈴木陽子さんといいます。

彼女は42歳の時に医師免許を取得したそうです。そして、サラリーマン化した現代の医療現場を嫌い、夫と子供を大阪に残し、単身何の身よりもない北海道えりも町の診療所に医師として赴任しました。

それまで、その診療所には新しい医師が赴任しても、数カ月の内に辞め、当地をあとにしてしまうことが続いていたようです。そうしたこともあり、患者である町民と医師との関係は希薄な状態にありました。

そこへやって来たのが鈴木医師です。彼女も最初の内はそれまでの医師と同じように見られていたようですが、彼女の誠実さとやる気が町民に理解され、誰からも頼られる医師となりました。

以来11年間。彼女は診療所のたった一人の医師として患者の治療に当たりました。やがて診療所に同じ志を持つ若い男性医師が赴任してきました。彼女は彼の仕事ぶりから彼を信頼し、診療所を任せられると確信した彼女は、今年の3月、家族の待つ大阪へ帰ることになりました。

私が最も心揺さぶられたのは、そんな鈴木医師が最後の往診をする場面です。

彼女は自ら車を運転し、通い慣れた往診の道を走ります。

最初の家では老婆の患者が彼女の最後の往診を待っていました。老婆は今では目が見えません。そんな老婆に、鈴木医師は愛用のラジカセをプレゼントしました。老婆が初めて鈴木医師の診療を受けた頃、治療費が払えないといい、治療費の代わりとして歌を歌ったこともあるそうです。そんな歌好きの老婆に、鈴木医師は民謡のカセット・テープも一緒にプレゼントしました。

ラジカセから流れる民謡を聴き、一緒に歌うことを促された老婆はしわくちゃな顔をさらにしわくちゃにして泣きました。

往診の締めくくりは、長年通い慣れた老人宅です。

その老人はベッドに寝たきりで、家族以外は誰とも口をききません(きけません?)。長年診てきた鈴木医師とも言葉を交わせないのです。脳に障害がある、とのことだったでしょうか。

そんな老人の手を握り、鈴木医師はお別れの挨拶をしました。「最後ぐらい先生にお礼をいったら」と妻に促された老人は言葉にならない感謝の言葉を初めて鈴木医師に伝えようとします。

心の底からの感謝の言葉を発しようとする老人の顔は、どうしようもない哀しみにゆがんで見えます。

「たったひとりの医師として」から最後の往診場面
「たったひとりの医師として」から最後の往診場面

私はそのシーンを見、言葉では決していい表せない感情に心が大きく揺さぶられました。去年亡くなった私の父の姿とダブってしまったのです。亡父も同じように顔をゆがませていました。

鈴木医師は「○○さん、これからも元気で長生きしてよ。ね?」と優しく声をかけます。しかし、老人は自分の寿命がそれほど長くはないことを知っていて、これが永遠の別れであることにも多分気づいています。

人間の寿命には限りがあります。それがとても哀しく思えました。

私は画面に映し出される老人のゆがんだ顔が亡父の顔に見えてきて直視できなくなりました。

番組終了後、私はこの世の中に自分がたった独りだけで存在しているような錯覚に囚われ、胸が苦しくなりました。目をつぶって眠りに落ちることが恐ろしく思え、電気を煌々こうこうとつけ、目を閉じたくない気分になり、事実そうしていました。

それでもやはり人間の生理には勝てず、いつのまにか眠りに落ち、気がつけば朝になっていたのでした。

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