1.5倍の死亡増は高齢化だけが原因か?

今月十日の本コーナーで、今、都市部を中心に火葬場が、これまでなかったほどの大渋滞という異常事態について書きました。

今回はその続編になります。

本日の地方紙一面に、「千葉市 火葬待ち』深刻」と見出しがついた記事が掲載されています。この見出しだけで説明がほとんど必要ないでしょう。

それでも、記事に書かれていることをここに簡単に書いておきます。

千葉市内にある火葬場は「千葉市斎場」がひとつです。同斎場は、2005年に供用が開始されました。16炉で火葬を行っています。

本斎場が今、酷い渋滞状態にあり、長期間にわたって遺体の火葬ができない「火葬待ち」が深刻になっていることを記事が伝えています。

都市部の火葬場が大渋滞

本日の朝日新聞に、都市部の自治体を中心に続いている「異常事態」が報じられています。

千葉県柏市「ウイングホール柏斎場」があります。これは1995年に開業した火葬場です。ここでは、柏市のほか、近隣の流山市我孫子市で亡くなった人に対応しています。

この火葬場が、死者の増大により、対応が追い付かない状態にあると書かれています。

2013年度には計5300人あまりだったのが、昨年度は約8千人に達したそうで、150%増です。

同斎場には火葬炉が12基あり、1日計24の遺体を火葬にしているそうです。この稼働率が高止まりの状態で、多い月の稼働率は100%、少ない月も92%に達しているということです。

この稼働率を続けても、押し寄せる遺体により、火葬まで待たされる状況となっています。今年の2月は、最大で17日待ってもらったということですから、これは異常事態というしかなさそうです。

昨日、ある分岐点に達しました

昨日(11月29日)、あることが分岐点に達しました。しかし、このことを意識する人は多くないかもしれません。

私は割とそれを常に意識しているので、昨日がその日に当たることを前から知っていました。

私が使うPCラックの一段上のところに、日の出と日の入り時刻を書いた紙を貼り付けてあります。その紙に書いたのは、一年か、その程度前であったと思います。

以前にも同じような紙を長年貼り付けてありましたが、それが古くなったので、メモ用紙に書いて貼り付け直しました。

そこには、一年で最も早い日の出時刻と最も遅い時刻、一年で最も早い日の入り時刻と最も遅い時刻だけが万年筆で書いてあります。

一年で最も早い日の入り時刻に達するのが、昨日の11月29日です。それに昨日、達しました。この日にちは、何年かに一度一日ズレたりしますが、今年はこの日がそれにあたりました。

不幸が不幸せとは限らない・場合も

幸福は誰もが望むことです。

最近読んだ短編小説の中に、それとは逆の考え方が書かれていました。もっとも、それが有効に働く人は限られるだろうと思います。

これは、本コーナーで最近取り上げていますが、Amazonの電子書籍で、該当する書籍であれば読み放題できるKindle Unlimitedを12月中旬まで利用できる権利を得ました。

これを利用し、阿刀田高1935~)が書いたコラムを一冊にまとめた『頭は帽子のためじゃない』を読みました。

その阿刀田の短編集もKindle Unlimitedで読んでいます。1980年から82年(当年は一作品だけ)にかけ、『野生時代』19741996 4月号)に掲載された十二編の作品を一冊に収録する『異形の地図』1984)です。

2008/10/24 芸能とヤクザと放送と

前回の更新に連なるような話を書いてみたいと思います。「芸能とヤクザ」の結びつきについての話です。

今回も参考資料として、宮崎学氏(19452022)がヤクザの成り立ちや歴史について豊富な史料からまとめられた本を使わせてもらうことにします。

この本は、「何か面白い本はないかな?」と書店に入り、偶然手に入れました。ヤクザについて書かれた過去の文献から得た資料が大量に散りばめられており、この世界について何も知らなかった私には「ヤクザ事典」のように感じられます。

さて、前口上はこれくらいにしまして、早速話に入っていこうと思いますが、一般の人も観念的に、「芸能人て、裏でみんなヤクザとつながってんじゃねーの?」(←「2ちゃんねる」風)というようなことは考えると思います。私もこれまで、根拠もなしにそんな風に考えてきました。

著者の宮崎氏は次のように書いています。

昭和初年代の社会と昭和50年代の社会と、どちらが身近に感じられるか。圧倒的に昭和初年代の社会のほうなのである。

2008/10/23 ヤクザと角力とNHK

糸の切れた凧のように、例によって本日も行き当たりばったりで始めます。「このあと話がどこへ向かうかって? 書いている本人もさっぱりわからないのだから風にでも訊いてくれ」てなところでしょうか(^_^;

さてと、昨日の本コーナーで書こうと思いつつ、途中歯科医院へ行ったこともありますが、書けずじまいだったことを本日こそ書いてみます。が、上手く収まりますかどうか。とりあえず始めてみます。

世間を騒がす大相撲の八百長問題と、それに及び腰のNHKをはじめとするマスメディアの姿勢についてです。

本日分も、「参考文献」代わりに宮崎学氏(19452022)がまとめられた本を拾い読みしながら書いていくことにします。

「減点ファミリー」と「我が良き友よ」

昔、NHKで放送されたバラエティ番組の1コーナーに「減点ファミリー」があったのを記憶する人がいるでしょうか?

私はコーナー名をよく憶えておらず、「満点パパ」だったかな? と思ってネットで検索し、それが「減点パパ」(1973年4月)で、そのあと「減点ファミリー」(1975年4月13日に改称)になったことを知りました。

そのコーナーは、週末のゴールデンタイムにNHK総合で放送されていた「お笑いオンステージ」1972年4月8日~1982年4月4日)の中にあったコーナーです。

私も見た記憶があります。コーナーのMCは三波伸介(初代)(19301982)です。

毎回、有名人がゲストとして招かれますが、招かれるのは当人ばかりではありません。コーナーにははじめ、有名人の子供たちだけが登場します。

三波も、どの有名人の子供なのか知らずに接していたのか、それとも知った上で、知らないふりをして接していたのかはわかりません。

三波は子供たちに、父親のことを訊きます。その様子を見る視聴者は、それを見ながら、この子供たちの父親は誰なのか、それぞれに連想する仕掛けです。

言霊を宿すから言葉は大切に

産経新聞に、裏千家前家元の千玄室氏(1923~)のお話を載せる「一服どうぞ」というコーナーがあります。私はいつも読んでいるわけではありませんが、昨日(3日)は見出しに引かれて読みました。

見出しは「『やばい』という言葉」です。

誰がその意味で使い始めたのか知りませんが、若い人を中心に、「やばい」といったいい方をします。

たとえば、何かを食べ、それが想像以上に美味しい場合に「やばい」といったりする使い方になります。

私は若くないせいもありますが、悪い意味でも良い意味でも、「やばい」で表現する習慣はありません。

千玄室氏は、たまに見るテレビ番組で、この「やばい」を聴くと、どうしても気になるようです。だからといって、それを頭から否定しているわけでもありません。

京都ブランドのデオドラント化

本日の朝日新聞に、京都の街に愛憎を併せ持つ(?)井上章一氏(1955~)に語ってもらった「やっぱり『京都ぎらい』」が載っており、興味深く読みました。

副題は「観光地化とともに消えた性的におい」です。この副題について書かれた部分に、私は強くひかれました。

人が持つ五感で性的なものに直結するのは「におい」ではないか、と私は考えます。

前々回の本コーナーは、松本清張19091992)の『喪失の儀礼』1972)について書き、そこでも、人間の感覚を刺激せずにはおかない「におい」に触れました。

歳相応でいきましょう

人類は太古の昔から、不老不死を求めてきました。しかし、これは永遠に叶うことのない願いです。どんな富豪であっても、これから逃れることはできません。

そうであっても、いつまでも若々しくありたいと願います。昨今は、マスメディアがそれを煽り、特に歳を重ねた女性は、少しでも自分を若く装うことに励むでしょう。

どんなに着飾って化粧をしても、歳を隠せない身体の部位がありますが、それがどこかわかりますか?

喉です。高齢に達した女性の喉にはしわが寄り、若かった頃とは違います。

昨日の本コーナーでは、英国のテレビドラマシリーズの『名探偵ポワロ』を取り上げ、ここ数回の放送で私が感じた、映像表現の変化について書きました。

そこで取り上げたシリーズの第59話『鳩の中の猫』で、ポワロが見せる鋭い人間観察の場面があったことを思い出します。年齢を確認するための観察です。