人は睡眠中に夢を見ます。夢を見ないと思っている人も、見た夢を憶えていないだけで、見ています。
夢について研究する人がいるかもしれませんが、まだわからないことが多いでしょう。
私たちが見る夢ですが、夢を見ている時間について考えたことはありますか? たとえば、それが長く感じた夢の場合、その夢の時間は私たちが感じるように長いのか? ということです。
私はある時まで、それぞれの長さの時間で夢を見るのだと考えていました。ある時、夢と感じる反応が脳内で起こり、それが人に夢に感じさせている、というように書かれた文章を読みました。
脳内に起きた一瞬のひらめきが夢の正体で、時間をかけて見ているわけではない、という考え方です。
こんなことを考えたのは、今、Amazonの電子書籍版で、阿刀田高(1935~)の『頭は帽子のためじゃない』という本を読んでいるのですが、その中に夢についての阿刀田の考えが載っているからです。
Amazonの電子書籍部門は、定期的にポイントセールスを行います。昨日、それが行われていることを知り、私がよく手に取る作家に該当する書籍がないか、チェックをしました。
阿刀田の書籍をチェックしたところ、該当の書籍はありませんでした。その代わり、追加料金なしで読める阿刀田のKindle Unlimitedに該当する書籍が表示され、『頭は帽子のためじゃない』を読み始めたのです。
一カ月ほど前、しばらく使えなかった私のKindleが、ある日、突然使えるようになったことは本コーナーで書きました。そのときに、なぜか、三カ月間、Kindle Unlimitedが利用できるようになったのです。
阿刀田の『頭は帽子のためじゃない』は、次の六章からできています。
- 書く・文章の楽しさ 小説のたくらみ
- 読む・楽しくなければ読書じゃない
- 楽しむ・あぁ、趣味なき世代
- 会う・八十パーセントの本音
- 言う・あれこれ理屈をのべるなら
- 考える・頭のエアロビクス
阿刀田の創作の秘密のようなことも書かれています。プロの作家になるつもりはありませんが、参考になるテクニックは真似させてもらってもいいでしょう。
第一章の「書く・文章の楽しさ 小説のたくらみ」に「夢の時間」があり、そこで、阿刀田の実体験を基に、阿刀田が夢の時間について書いています。
誰でも一度は経験があると思います。眠っていた自分の脚がビクッとかガクンとか大きく動き、その瞬間に目が覚めるようなことが。そのような体の反応が起きたとき、多くの人は、高いところから飛び降りるような夢を見ていなかったでしょうか?
ある日ある時、阿刀田が妻と寝室にいました。阿刀田が目覚めると、妻は隣で起きており、横座りで雑誌のようなものを眺めています。
妻が、目覚めた阿刀田に次のようにいいます。
今、ガクンと膝が落ちたわよ。
目覚める瞬間まで、阿刀田は友人と山登りする夢を見ていました。それは平坦な山ではありません。険しい崖をロッククライミングのように登っていました。
阿刀田はそれまで、一度もロッククライミングなどやったことがありません。
その途中、足を踏み外し、転落します。
妻の話によると、阿刀田は仰向けになって、膝を立てた格好で眠っていました。その膝が、ある瞬間にガクンと崩れ、ペチャンコになったのです。
膝がガクンと落ちたとき、夢の中で転落した、と考えがちですが、阿刀田はそれを疑います。
もしそうだとすると、夢の中で崖から落ちることを予想し、あらかじめ膝を立てて眠っていたことになる。そんなことはないだろう? と。
阿刀田は、順序が逆だと考えます。
はじめに膝がガクンと落ち、その反応が脳に伝わり、一連の流れを持った夢を見たように感じたのではないのか? と。
体の動きが脳に伝わり、それが夢のイメージを作るのにかかる時間は、何十分の一秒程度で、それが脳内でイメージ化され、それに付随する記憶が呼び覚まされ、それらの関係のない記憶が結びつき、相当の長い夢を見たように人に感じさせているのでは、と。
死に瀕し、命を助かった人が、その時に、自分の人生に起きたことを走馬灯のように見る、という話があります。
私は2004年8月末、自転車で急坂を下る途中、転倒して頭部を道路に強く打ち付け、急性硬膜下血腫を起こしたことがあります。私は一週間から十日ほど意識を失いました。
緊急の手術を受けて命が助かりましたが、その時、私は走馬灯のようなものは見ていません。
同じ年の夏、私の姪が海で遊んでいるときに溺れそうになり、そのときに走馬灯のようなものを見た、と話しています。
人間の脳には、無数の記憶が残されています。それらは関係性を持たず、パラバラです。それらが何かのきっかけで浮かび、別々の記憶が瞬時に結ばれ、ひとつの「物語」になったものが夢正体ではないか、というようなことを阿刀田が書いています。
死に瀕した人が見る走馬灯も、それと同じ構造でしょう。