ゆっくり殺される恐怖

Amazonの電子書籍版で松本清張19091992)の作品を読みました。今回読んだのは『喪失の儀礼』です。今月10日までの期間、該当する書籍には50%のポイントが還元されるキャンペーンが展開され、本作もそれに該当するため、それを利用して読みました。

本作は、『小説新潮』1969年1月号から12月号に連載され、1972年11月に刊行されています。連載時のタイトルは『処女空間』だったそうです。

私はこれまで、清張の作品を数多く読んできました。清張に馴染のない人は、清張作品にどんなイメージを持たれるでしょう。

表現形式が推理小説である以上、事件が欠かせません。それも、人が殺される事件であることが大半です。

殺人事件を扱いながら、小説家によって、表現の仕方には違いが生じます。清張で特徴的なのは、殺害場面を描かないことです。これまで清張の作品に接してきて、犯行場面を読んだ記憶がありません。

あるいは、例外的にそれがある作品もあった(?)かもしれませんが、清張のほぼすべてに近い作品にはそれがありません。

本作の場合も、被害者がホテルの一室で発見されます。殺されていたのは、東京にある明和医科大学の医局で働く38歳の男性医師、住田友吉です。

住田は、3日間にわたって開かれる学会に出席するため、名古屋を訪れていました。最終日は犬山にあるホテルで懇親会が開かれました。住田は会う人がいるとして、懇親会には出ず、ひとり、タクシーでホテルを去ります。

その住田が、名古屋駅近くにあるホテルの一室から死体となって発見されます。冒頭で書いたように、殺害の場面は描かれていません。

住田の死体はホテルのベッドにあり、頭を枕に載せ、毛布は顎の下までかかった状態でした。争った形跡はありません。住田の死体を見て誰もが驚くのは、顔が真っ白で、血の気がまったく感じられないことです。

警察の調べで、住田の左手首に絆創膏が貼られているのが見つかります。剥がしてみると、下から深い傷跡が現れます。

住田は、犯人にひと思いに殺されたのではないことがわかります。手首を通る動脈を切られ、そこから血が排出されることで命を奪われたのです。殺害方法としては異例なものといえる(?)でしょう。

この殺害方法もあって、清張は本作を刊行する際、『喪失の儀礼』に改めたのでしょう。

命が喪失する過程を、犯人は「儀式」のように行ったであろうことを意味しています。

清張の作品は、そのほとんどが三人称で書かれています。本作もその例に漏れません。

私が本作の設定をそのまま引き継いで、書き直すことが許されたら、殺害の場面を描いてみたいです。そして、その場面は一人称にしたいです。

一人称で描くのは、殺される被害者の心境です。犯人によって、抵抗できないように意識を朦朧とされ、その上で、手首の動脈を切られるのです。

それが正しいかどうか私は知りませんが、人間は、三分の一の血液を失うと死亡すると本作に書かれています。

犯人はひと思いに被害者を殺さず、じわりじわりと命を奪っていきます。その様子を、犯人はじっと見ているのです。

被害者の心境を一人称で描き、少しずつ死に近づく恐怖を描いたらどうだろう、と考えるのです。

被害者のこと切れたあとは、死体を三人称で描くのもいいでしょう。ベッドに移す前の死体の様子です。眼に見えることを客観的に描くだけでは物足りません。

生々しさが必要です。それを強調するには、死体の肌の状態や、その場の臭いが欠かせません。それを、観察するように、事細かく描くのです。

人体は、それぞれに固有の体臭を持ちます。そして、その人体から大量の血液が流れ出し、血液の臭いがそれに混じるでしょう。

被害者の臭いだけではありません。犯人がその場にいます。その人間からは別の体臭が漂います。緊張と興奮で、汗をかいているでしょう。口から吐き出される息には口臭があります。

ネットの事典ウィキペディアによると、本作は三度テレビドラマになっています。私はそれを見たことがありませんが、本作の筋書きに則り、型通りに描いているだけ(?)でしょう。

小説を原作にするからといって、書かれたとおりに映像化する必要はありません。描きたいところだけを抜き出し、好きなように映像化するのもいいでしょう。

清張作品は、連載で作品を書くことがほとんどであったため、全体を通して見ると、動機や実際の犯行に無理が生じるように感じられることが少なくありません。本作も、動機につながる部分が詳しく書かれておらず、あとで取ってつけたような印象を私は持ちました。

清張に締め切りの制限を設けず、書下ろしで作品を提供してもらったら、完成度の高い作品が後世に残ったでしょう。

もっとも、そうすると、あれほど膨大な作品は残せなかったでしょうけれど。清張としても、単体の作品の完成度ではなく、作品の集合体から物書きとしての自分の力量を判断して欲しい、という考えがあった(?)かもしれません。

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