私が考える天才の条件は二つ

あなたは、「天才」と聞いてどんなことや人をイメージしますか?

朝日新聞は、新年幕開けの紙面に、「天才」を巡る考え方をたしか六回にわたって取り上げました。

その最終回に、同時代を生きる天才として、大谷翔平選手(1994~)と藤井聡太八冠(2002~)を挙げ、書評家の渡辺祐真氏(1992~)が次のような考えを示しています。

大谷翔平選手や藤井聡太八冠がこれだけ人気を集めているのは、能力だけでなく人格も優れているから。いまは両方がそろって初めて天才だと認められる。

渡辺氏のこの指摘に、私は首を傾げました。私が定義する天才像からかけ離れているからです。

私は昔から、奇人や変人、天才に惹かれてきました。本サイトは、1999年10月17日に始め、今に続いていますが、本コーナーでは、そのときどきに私が着目したそんな人たちについて書いています。

私は、周りの人間に気配りができるような人は、どんなに天才的な才能を持つ人であっても、私はその人を天才とは考えません。

渡辺氏が挙げる大谷選手と藤井八冠が、どの程度、周囲と協調性を持つのかわかりませんが、人並みの協調性があるのであれば、残念ながら、おふたりを天才と呼ぶことはできません。

その考えとは別に、私は藤井八冠のファンで、いつも応援していますけれど。

歴史に残る天才は、本人が望むと望まざるとに拘わらず、周囲とはうまくやっていません。気配りができる歴史上の天才を私は知りません。

もうひとつ、私が考える天才に求める条件は、早世であることです。それぞれの分野で天才的な才能を持ちつつ、できるだけ早く死ぬことが、私が考える天才像です。

朝日で天才を取り上げた最終回にも、モーツァルト17561791)を巡るエピソードが書かれています。

モーツァルトは35歳で死んでいます。天才といわれるからには、三十代までには死ななくてはいけません。

レオナルド・ダ・ヴィンチ14521519)を「万能の天才」などといいますが、私はダ・ヴィンチを天才とは考えていません。ダ・ヴィンチは67歳まで生きてしまいました。長生きしすぎです。

私が最も敬愛する画家が17世紀のオランダの画家、レンブラント16061669)であることは、事あるごとに書いています。レンブラントの画業は天才的というよりほかありません。

しかし、レンブラントは63歳まで生きました。これにより、レンブラントも天才ではありません。レンブラントの称号には、巨匠が相応しいでしょう。

モーツァルトの天才性に嫉妬した宮廷音楽家サリエリ17501825)を描いた映画に『アマデウス』1984)があります。

Amadeus: Mozart’s Genius

それを朝日の記事も取り上げ、サリエリの心境を次のように書いています。

(モーツァルトには)到底かなわないと自覚するサリエリは、強烈な嫉妬にさいなまれ続け、神に対して言う。

「あんたは神の賛歌を歌う役目に_ 好色で下劣で幼稚なあの若造を選んだ そして私には彼の天分を見抜く能力だけ あんたは不公平だ 理不尽で_ 冷酷だ」

モーツァルトに作曲の天分がなかったら、ただの鼻つまみ者でしかなかったでしょう。

古今東西の画家の中で私が天才と考えるのはカラヴァッジオ15711610)です。彼は若くして、強烈な明暗表現のバロック絵画を生み出しました。

カラヴァッジョ初の公開委員会 |カラヴァッジョを超えて |国立美術館

彼は喧嘩の末に人殺しをし、逃亡の果て、38歳で死にました。私がイメージする天才像にこれほど相応しい人はいません。

生前から絶大な人気があった画家の有元利夫19461985)は38歳で亡くなりました。

写真家の牛腸茂雄19461983)は36歳で亡くなっています。

ふたりとも、私が考える天才の条件を有しています。

天才的にヴァイオリンを弾きこなしたパガニーニ17821840)や、魅力的なピアノの小品を残したエリック・サティ18661925)も生きざまが天才的で捨てがたいですが、惜しいかな、長生きし過ぎました。

Erik Satie – Gymnopédies

将棋の世界には、村山聖19691998)という棋士がいました。村山は29歳で没しています。存命であったら、羽生善治九段(1970~)の好敵手になったかもしれません。

羽生九段は将棋が天才的に強いですが、世事に長けているのと、今は五十代ということで、私が考える天才の定義には当てはまりません。

周囲に軋轢を生んだり、早くして死ぬことは、世間的には不幸と考えるでしょう。しかし、天才と呼ばれるには、このふたつの条件は欠かせないと私は考えています。

四十、五十、六十と齢を重ねた人は、どんなに天才的な才能を持っていても、私が考える天才の定義からは外れてしまいます。

ましてや、朝日の記事にあるように、周囲と和気あいあいにやれるような人は、私は真っ先に、天才の候補から外します。天才といわれるからには、尖っていなければなりません。狂気に近いほど尖っていてくれたら、願ってもありません。

正気と狂気の境を生きるのが天才です。そのバランスが崩れることで、周囲との諍いを生むのでしょう。

逆のいい方をすれば、周囲と何のトラブルも起こさない人は、正気に生きている人で、天才に近い狂気がその人の中にないことになります。

このような考えから、私は、周りの人と強調して、和気あいあいに生きていける人は、天才の条件から外さざるを得なくなります。

今も、世の中の片隅で、周囲との軋轢に苦しみながら、それでも天分の才能を持ち、若くして世を去る人がいるでしょう。

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