2003/03/27 特異なアーティスト・ヘンリー・ダーガー

秋は「美術の秋」ともいわれ、数多くの展覧会が開かれる季節に当たりますが、春も「美術の春」とでもいいたくなるほど展覧会が開かれます。暖かくなることで人々が外を出歩くようになり、美術館にも足を運ぶようになるせいかもしれません。

日本国内の各主要美術団体も展覧会の時期を迎え、私は昨日から東京都美術館で始まった団体展の一つ「第79回・白日展」(東京展3月26日~4月4日)(「白日会」)に出かけてきました。

この団体の特徴は写実性にあり、写真と見紛うほど精緻に描かれた作品が所狭しと展示されています。それらの作品は近づいて視ても絵筆の跡が感じられないほど丁寧に絵具が塗られています。

それらの作家は、技術的にはほとんど完成の域にまで達しているものと思われます。が、その技術を持って何を表現するべきかという最大の問題に直面しているように感じられました。

今日の朝日新聞文化面には、そんな彼らとは対極に位置する一人のアーティストを紹介する記事が載っています。1973年に81歳で世を去ったヘンリー・ダーガー(Henry Darger/1892~1973)というアーティストです。

今もアーティストと書きましたが、彼が己の人生を生きている間、誰も彼をアーティストとは見ていませんでした。なぜなら、他人の目に映るところでは彼は雑役夫として働いていたからです。

実をいいますと、私はこのアーティストについての知識は全く持ち合わせていませんでしたが、彼とは認識せずにあるメルマガ(メール・マガジン)に書かれていた文章がずっと心に引っかかっていました。

そのメルマガは「恋するPHOTOSHOP~幻想の画廊から~」というもので、昨年の暮れ(12月17日)に発行された第36号にその記述はありました。

どこが印象に残ったかといえば、彼が密かに描き続けた裸体の少女たちにはことごとく男性器が描かれているという件です。そしてその理由は、生涯、作者が女性の性器を見たことがなかったため、というように説明されています。

私はこの号のメルマガがずっと気にかかり、普通であれば仕分けしたり、削除したりするところを、いつでも読めるようにメーラー(メール・ソフト)の受信トレイに残し続けています。

そのヘンリー・ダーガーに関する記事が今日の新聞に載っていたというわけです。

記事の冒頭には次のように書かれています。

自分の世界にひきこもることから生まれた絵入り物語が、人々の心をとらえている。

まず、このヘンリー・ダーガーという人物について紹介してみたいと思いますが、彼はアメリカのシカゴに生まれています。記事によれば、8歳で児童施設に入所し、その後、知的障害児の施設で生活したとあります。以下は今回の記事(朝日新聞)からの抜粋です。

その頃(幼年時代)の経験から情緒的、知的な発達が遅れ、対人恐怖や人間不信になったとみられる。17歳で施設を脱走後、同市内で雑役夫などをした。他人とは天気の話ぐらいしかしない孤独な生活だったといわれる。

彼のひきこもりの習性は終生変わらず、晩年までの50年ほどはシカゴの病院の清掃や皿洗いの仕事をただ黙々と続けることになったようです。彼は友人と呼べるような者は全く持たず、仕事が終わると自分のアパートに帰るだけの毎日を送ったようです。

世間的に見たら全くの変人以外の何者でもないでしょう。

しかし、それは外見上だけからの判断で、ヘンリー・ダーガーの頭の中では連日連夜壮大な戦争が繰り広げられていました。その戦いは彼が19歳の時に戦端が開かれ、彼が81歳で息を引き取るまで延々と続きました。

ダーガーはその戦争を報道する従軍記者よろしく、必死になって戦いの成り行きを見つめて文章にし、他方、戦場を記録する報道写真のごとく、コラージュのように表現した絵画作品も残しました。

誰に見せるわけでもなく記録され続けた戦争の記録は、彼が誰に看取られることもなくこの世を去ったあと、彼がそれまで住んでいたアパート(最晩年は老人ホームに入っていたようです)の家主がたまたま「名の知れたアーティスト」であったことが幸いして世に知られるところとなりました。

で、問題の作品ですが、彼が書き綴った物語は『非現実の王国として知られている国の、ヴィヴィアンの少女達の物語。あるいは子供奴隷の反乱が引き起こしたグランデーコ=アンジェリニアン戦争の嵐の物語』という実に長いタイトルで、通常は『非現実の王国で』と略されるようです。

彼はほとんどまともに教育を受けていなかったようですが、機械的に与えられる学力と本来持っている知力は全く別物のようで、その真実の力を持って約1万5千ページにも及ぶ超大作として綴られているといいます。

私はこの物語は読んだことがありませんのでその内容は断片的な情報から得ただけですが、主人公はアビエニアと呼ばれる平和国家を率いる5歳から7歳までの7人の幼い姉妹たちのようです。その少女たちは力を合わせ、グランデリニアと呼ばれる子供奴隷の極悪国家に勇敢に立ち向かうことになるようです。

そして美術的見点からいいますと、それはその物語に添えられた挿絵が3百点にも及ぶことです。

彼は教育をほとんど受けていないわけで、美術の専門教育も受けていません。それでも止むに止まれずに表現する必要に迫られたのでしょう。彼は自分の技能(特にデッサン力)を補うため、ゴミ箱などを漁っては少女たちが載っている新聞広告やチラシなどをかき集め、その写真の輪郭をなぞってそれに彩色する、という彼独自の技法を獲得していきます。

このようにして彼の頭の中で日夜繰り広げられた壮絶な戦いを記録した作品ですが、彼をそれを世に発表するなどということは夢にも考えてもいなかったようです。

ですので彼の作品が評価されたのは彼の死後です。そしてその評価は、現在では母国のアメリカをはじめ、スイスの美術館にも収蔵されているほどだそうです。また、彼の作品を扱うニューヨークの画廊の話では「1980年代から価格が急高騰し、人気が衰えない」といわれ、数百万から1千万円ほどの額で売られているそうです。

この辺りの作品を飯の種にする取引業者については、個人的には感じるところがありますが、ここではその問題には触れないことにします。ただ一言、「あさましい」とだけ書いておきましょう。

ところで彼が創造した作品について、今日の記事では精神科医の斎藤環氏が一つの考察を行なっています。斎藤氏は1993年、展覧会で初めて彼の作品を見たのだそうですが、「文化的に去勢される前の、どろどろとした人間の欲動が直接伝わってきた」とその時受けた強い印象を語っています。

さらに斎藤氏は以下のような、一人の精神科医としての、分析も加えています。

(ダーガーがひきこもり状態になったことで)思春期が温存され、さらにメディアが生み出した女の子のイメージと結びついた。しかし、そこにアートの可能性をみるべきではない。アートに必要な作者の表現の自由や、技法の継承といったものが欠けている私たちは、他人が日記帳を黙って読む以上の倫理的に問題のある行為をしているのかもしれない。

その一方、障害者のアートに詳しい社会学者は「彼の存在そのものがアート」であるといい、世田谷美術館の学芸員も「人間の表現行為すべてがアートのはず」といい、作品を評価すると同時にダーガーをアーティストとして認める立場を採っています。

ダーガー本人はどう思っていたかといえば、今回の記事の最後には作品を発見した家主が老人ホームにいたダーガーに作品の取り扱いを尋ねると、「捨ててくれ」と答えたと伝えられる、と書いています。

私はダーガーのことを書きながら、またしてもサイモン&ガーファンクルの”A MOST PECULIAR MAN”という曲を思い浮かべてしまいました。この曲で歌われる主人公は「とても変わった男」で、ダーガーと非常にだぶってしまうからです。

曲で歌われる彼はいつもたった一人で部屋にこもり、「友だちもなく」「めったに(他人と)口もきか」ず、ある土曜日、誰に告げることもなくひっそりとガス自殺をしてしまいます。もしかしたら、彼にもダーガーのような創造の泉があり、それを大げさに騒がなかっただけかもしれません。

私がダーガーやサイモン&ガーファンクルの曲の主人公にことさら共感を寄せてしまうのは、彼らの資質と私自身のソレが多分に似通っていることを感じ取っているせいかもしれません。

なお、今回ご紹介したヘンリー・ダーガーの展覧会「ヘンリー・ダーガー展 非現実の王国で」(4月6日まで)が今、東京・神宮前のワタリウム美術館で開かれており、若い層を中心に多くの鑑賞者が訪れているとのことです。

私自身もその展覧会には大いに関心がありますが、彼の作品を実際に見るのは“恐ろしい”気も正直いってあります。見るかどうか。もうしばらく答えは先延ばししようと思います。

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