ここ最近、高齢であるのに、現役で元気に活動されている人を知り、驚かされることが続きます。
横尾忠則(1936~)が87歳になられるのに、とてもその年齢に見えないことに驚かされました。続けて、宇野亞喜良(1934~)は90歳で今なお、若々しい感覚で仕事をされていることを知り、これまた驚きました。
そして今度は、美術史家の高階秀爾氏(1932~)です。高階氏は95歳になられますが、顔つきは現役時代そのままの鋭さです。
日曜日の午前9時からNHK Eテレで放送される美術番組に「日曜美術館」があります。私はこの番組を半世紀近く見ているはずです。高階氏は、美術全般について語れる専門家として、同番組には欠かせない存在です。
NHKが同番組のほかに美術を取り上げる番組を作ると、高階氏は監修として関わることが多くありました。番組は書籍にもまとめられ、そこにも、高階氏が登場され、それぞれの作品について解説されています。
この日曜日(9日)、「日曜美術館」は高階氏を取りあげた「美を見つめ、美を届ける(2)名画を見る眼 高階秀爾」を放送しました。私は録画して見ました。
高階氏が美術に憧れ、身近に感じるようになったのは、電車で学校へ通っていた頃に得たある体験です。
学校近くの停車場のそばに、古道具屋があったそうです。高階氏が中に入って眺めていると、古ぼけた額縁が眼に入ります。額の中にあったのはルノワール(1841~1919)の裸婦像です。
周りにあるものが古い道具ばかりの中、額縁の中のルノワールの絵だけが輝くように高階氏には見えたのでしょう。高階氏が店の主人に、この裸婦像はいくらですか? と訊くと、おそらくは主人は笑って、売り物は額縁の方だといいました。
それが額縁であることをわからせるために、カレンダーとして印刷されたルノワールの裸婦像が入れられていただけということです。それでも、自分が知らない世界がそこにある、と高階氏は強い関心を持つことになります。
高階氏が大学院時代、日本から海外へ行くことは希でした。それだから、海外の大学へ留学するにしても、現地に保証人が必用でした。
そんな時代に、フランスへ留学するチャンスを得ます。フランス政府が給費留学生を募集していることを知り、応募して選ばれます。五年間留学生活をし、フランス国内ばかりでなく、ほかのヨーロッパ諸国へも足を向け、それぞれの国の美術作品をつぶさに見て回ったそうです。
帰国すると、東京・上野に国立西洋美術館が開館し、そこの主任研究官になり、以来、日本で西洋美術を解説する専門家への道を歩み始めます。のちに、高階氏は同館の館長にもなっています。
高階氏はヨーロッパで見てきた美術についてまとめた『名画を見る眼』(1969)を本にまとめ、あとに続く人々を導いています。
番組では、その本と続編の『続 名画を見る眼』(1971)で紹介された画家と作品から八つを年代順に振り返り、高階氏の短評を加えて扱っています。
扱われた作品を下に紹介します。
作者名 | 作品名 | 制作年 |
---|---|---|
ヤン・ファン・エイク | アルノルフィーニ夫妻の肖像 | 1434 |
サンドロ・ボッティチェリ | プリマヴェーラ | 1480 |
ディエゴ・ベラスケス | ラス・メニーナス | 1656 |
エドゥアール・マネ | オランピア | 1863 |
ピエール=オーギュスト・ルノワール | ピアノに寄る少女たち | 1892 |
アンリ・ルソー | 眠るジプシー女 | 1897 |
パブロ・ピカソ | アビニヨンの娘たち | 1907 |
ビート・モンドリアン | ブロードウェイ・ブギウギ | 1942~43 |
高階氏は、美術との出会いがルノワールだったため、ルノワールを高く評価する傾向をお見受けします。
ベラスケスの『ラス・メニーナス』の解説で気になったことがあります。ベラスケスは画面の左端に、カンヴァスに向かう自分自身の姿を描き入れています。
本作は、部屋の奥の鏡に映るフェリペ4世夫妻をベラスケスが描く場面が描かれたとするのが長く定説となっています。私もそのように考えています。
ところが、高階氏は、ベラスケスが描いているのは、本作の中央に描かれているマルガリータ王女だとしています。気になったので、それについて書き残しておきます。
高階氏が本番組で、興味深いいい方をされています。それは、「画家は自然を見て風景を描くのではなく、先輩たちの絵を見て風景を描く」です。
のちの画家たちが参考にする「先輩」も若い頃は「先輩」の作品を見て描くことをし、それが、美術の歴史として長く続いているというわけです。
美術史家として生きてこられた高階氏の美術を見る眼がここにあるといえましょう。
ともあれ、95歳になられても、高階氏の頭脳と顔つきが現役時代そのままであることに驚かされました。
高階氏にとっては、美術作品とふれあうことが若さを保持する源でありましょうか。