所ジョージ(1955~)が10年続けたご自分のYouTubeチャンネルを閉鎖すると発表したことが話題となっています。
一般人が、長年続けたYouTubeチャンネルを閉じても、ニュースになることはありません。所は有名人であるため、YouTubeチャンネルを閉じるだけで話題にされたといえましょう。
このニュースは、Yahoo!でたまたま見つけたデイリー新潮の記事で知りました。
この記事ではわからないことが、同じことを伝える、たとえば次のスポニチ Sponichi Annexの記事で知りました。
私もYouTubeに自分のチャンネルを持っています。いつから始めたのか、確かな記憶がありません。
写真家の”アラーキー”こと荒木経惟(あらき・のぶよし)(1940~)の写真展をビデオカメラで撮り、編集して動画にしたものを、自分のサイトのサーバにあげて紹介することをしていました。
その動画をYouTubeにアップロードしたのが2011年9月ですから、おそらくはその頃に自分のYouTubeチャンネルを持ったのであろうことが想像できます。
所がYouTubeのチャンネルを10年続けたとありますが、私もほぼ同じ頃に自分のチャンネルを開設したことになります。
私の場合は、今流行のYouTuberやVloggerとは趣が異なり、自分の気が向いたときに、独りよがりの動画を作り、アップロードしています。
そんなこともあり、チャンネルの登録者は増えません。しかし、そのことはまったく気にもなりません。
いつの頃からか、チャンネル登録者が1,000人未満の人は、動画が再生されることで得られる収益を得る権利がなくされました。もっとも、それ以前も私は、自分の動画が再生されたことで、収益を得たことは一度もありません。
登録者を多く持つ配信者は、十分すぎる登録者数を持つようになっても、さらに多くの登録者を獲得することにしのぎを削っている印象です。
収益化される配信者の収益の基になるのは、動画の前後や途中につく動画広告です。
YouTubeのチャンネルを持つようになって今年で11年の私ですが、YouTubeを見る時に、動画広告を見た記憶がありません。
YouTubeの有料会員になっているためではありません。私は料金を払ってまでYouTubeを見るつもりはありません。
YouTubeに動画広告を表示させない方法があります。
YouTubeに限らず、ブラウザでネットにアクセスしますと、新聞社のサイトであっても、広告が表示される仕組みになっています。
それが鬱陶しいため、昔は、広告をブロックするプラグインを使いました。今は、すべてのネット広告をブロックしてくれるDuckDuckGo(ダックダックゴー)というブラウザをPCとタブレットPCの両方で使い、広告とは無縁の”ネット回遊”をしています。
所の今回の記事を読んで、もしかしたら、私のYouTube動画にも動画広告がつくことがあるのかもしれない、と考えました。
途中で書いたように、私のチャンネル登録者数が1,000人には遠く及ばないため、収益化チャンネル化されていません。ということは、私の動画に広告がつくことはないということです。
ところが、同じことを伝える女性自身の記事に次のように書かれています。
昨年6月1日に利用規約が変更されました。収益化を目的とする『YouTubeパートナープログラム』に参加していないチャンネル、収益化に関する契約を締結していないチャンネルにも、広告が表示されるようになった
YouTuberやVloggerの動画投稿の目的は、多くが、あるいはほとんど(?)が、金儲け目当てであったりするでしょう。どのような規定で収益の多寡が決まるのか私はよく知りませんが、想像するに、再生回数や再生時間がそれに直結するのかもしれません。
たまに、有名YouTuberが大金を稼いでいるといったことが報じられれば、それに憧れて、YouTuberの仲間入りをしたいと考える人がいるでしょう。
そんな人とは対照的に、所は自分が好きで上げた動画に広告がつくことを嫌い、これまで、広告を表示させない仕様を選択したそうです。
今回の報道と所の考えについては、記事のコメントを見ると、賛否両論といったところです。素直に所の気持ちを評価する人がいる一方、綺麗ごとと受け取り、コマーシャルで成り立つ民放の番組で散々稼いでいるのと矛盾する、といった書き込みがあります。
また、YouTubeの運営サイドを擁護するコメントも少なくありません。無限ともいえる数の動画のためにサーバは巨大になり、管理費用のことを考えれば、YouTubeの判断も頷けるといった考えです。
そのことを所の今回の判断と結びつけ、今までタダで使わせてもらっていながら、広告を勝手につけるからやめる、では、身勝手すぎるといった意見も少なくないように感じました。
それぞれにもっともな意見、と書いておくだけにしましょう。
それとは別に私が少し驚いたのが、既に書いた、収益化されないチャンネルの配信者の動画にも、広告をつける権利をYouTubeが主張し、昨年の6月から(?)実施していることです。
おそらくは、そのタイミングで、YouTubeにチャンネルを持つ人全員に連絡され、私にもそのお知らせが届いたはずですが、まったく記憶にありません。
私はネット媒体には広告がつかないようにしており、自分のYouTube動画を自分で見ることもしていないため、自分の動画に、いつからか動画がつくようになっているかもしれないことに、今になって気がつきました。
もっとも、私の動画に広告がついても、その収益を得る権利がないことに変わりはありません。
所の記事に寄せられた誰かのコメントにもありましたが、投稿される動画の数が膨大になり、収益化云々といっていられなくなり、すべての動画に広告をつけなければ運営を続けるのが難しくなりつつある(?)のかもしれません。
私はネットの広告は見ないと書きました。ですので、実際にどんな広告がYouTubeの動画につくのか知りませんが、動画の信用を下げるような、質の低い広告主の質の低い広告が少なからずあるようです。
であれば、テレビの仕事をされている所としても、YouTubeにおける広告に神経質になるのもわからないではありません。ある広告がついたばかりに、イメージが損なわれることもあるでしょうから。
ここまでは、所とYouTubeの関係について書きました。
デイリー新潮が所について書いた記事を読み、それとは別のことに関心が向かいました。所の人間性について書かれことです。
所は有名な芸能人であることもあり、今回の所を扱った記事は、どれも所を悪く書くことはしていません。少し持ち上げすぎ、という感じがします。
それはともかく、デイリー新潮の記事にあった次の個所を読み、へー、そうなのか、と思いました。
(ビートたけしとの共通点を書いたあと)たけしさんと違うのは、群れるのを嫌うこと。収録が終われば、自宅の“世田谷ベース”にまっすぐ帰ります。
芸能人というのは、仕事が終わってからも、皆でワイワイやっているイメージがあります。ビートたけし(1947~)にしても、「たけしさんと違うのは」と書かれていますから、テレビの中の彼につながるようなどんちゃん騒ぎをしている(?)のかもしれません。
その点、テレビの中では”C調”なふるまいをする所が、仕事を離れると群れから離れ、さっさと自宅に戻るというのは、個人的に好印象です。
私自身、昔から一貫して、群れることを嫌います。友人もいませんから、群れようにも群れる相手がいませんが。
昔から早寝早起きで、今はそれに拍車がかかり、午後6時半頃になると眠り、朝は午前3時頃に起きる日課です。これで別に不満はありません。
1999年5月にPCを使い出してからはネットへ毎日接続していますが、ネット上にも知り合いはいません。ネットの記事にコメントを書くこともせず、掲示板の類いには、ほぼまったく書き込んだことがありません。
1999年10月17日に、今に続く本サイトを始めました。当時は、個人サイトにも掲示板をつける人がいましたが、私は他人とのやり取りを嫌い、そのサービスは一度も使ったことがありません。
こんな私であるからこそ、仕事が終わるとまっすぐに家に戻る所に親近感のようなものを持ってしまったのでしょう。
デイリー新潮の記事にもありますが、そうしたところ、植木等(1926~2007)に通じるものを感じます。
植木もテレビ番組や映画の中では、所の先を行く”C調男”でしたが、それは一般大衆向けの顔で、素の植木は非常にまじめな人だったと聞きます。
朝日新聞医「語る 人生の贈りもの」というコーナーがあります。そのときどきに、有名人をひとり取り上げ、インタビューなどを交え、10回ぐらいの連載で、人となりを伝えます。
今年の1月は、女優の浜美枝(1943~)が取り上げられています。その8回目(1月12日)は、見出しが「植木等さんに勇気づけられて」です。
私はよく知りませんでしたが、浜は、映画で植木と共演することが多かったそうです。
植木が属するハナ肇とクレージーキャッツ(1955~1993)が人気だった1960年代は、クレージーキャッツのメンバーが登場する映画がシリーズで作られています。そのマドンナ的な役柄で、浜が植木と絡むような演技をしているのです。
素の植木について、浜が次のように話しています。
植木さんは「分かっちゃいるけどやめられねぇ」のスーダラ節が大ヒットするなど超人気スター。スクリーンでは軽くて調子のいい役を演じていますが、本人は全然違う。普段はスタジオの隅に座って静かに台本を読んでいて、「スタート」でカメラが回ると高笑いの「無責任男」にかわって、「カット」がかかるとまた静かな紳士に戻る。すごい変わり身でした。
この回では、当時、植木の付き人兼運転手をしていた小松政夫(1942~2020)も植木について語った文章が載っています。
曰く_
植木さんは仕事が終わるとまっすぐうちに帰る、超まじめ人間なのです。
個人的にはこういう人が好きですね。久しぶりに、植木が出た昔の映画を見てみたくなりました。
私は3月前から、クロッキーを描く過程を動画にして毎日アップロードしていますが、YouTubeは利用していません。自分のサイトのためのサーバを利用しています。
今回のことで知りましたが、これらの動画をYouTubeに上げていたら、動画広告で酷い目に遭った(?)かもしれません。
YouTubeが、それまで広告がつかなかった動画に広告をつけられるよう規約を変更したことについて、Googleを擁護する声があります。
Googleとしても、営利を目的としてYouTubeを運営しているのだから、勝手に広告がつけられたからといって文句をいうな、と。
でもこれは、本質を理解していないのではないか、と私は考えます。
Googleは規約を替え、自分たちの判断で、どんな広告でもつけられる、と主張しています。
広告をつけられる動画投稿者は、眉を顰(ひそ)めるような広告を、有無をいわせずつけられても、黙って従う構図です。これはいやがらせではありませんか、ということです。
公道を走るある車に、危険な幅寄せをするなど、煽り運転をして、自分には煽り運転をする権利がある。それが怖かったら、公道を走るな、というのと似ています。
人員削減を考える企業は、企業の中に「追い出し部屋」を作り、止めさせたい社員をそこへ追いやるそうです。何も仕事をさせず、自分から辞めるといい出すのを待つ卑怯ないじめです。
GoogleがYouTubeで始めたことは、煽り運転や追い出し部屋と本質的には同じではないですか、ということです。
もしかしたら、所のYouTube離脱の裏には、このような考えがある(?)のかもしれません。
YouTubeの規約が変更されたことを知り、今後は、Vimeoなど、動画を丁寧に扱ってくれそうなサービスに動画を移すことを考え始めました。
それでなくても、新コロ騒動の対応を巡り、支配層のいいなりになって言論統制を強化するYouTubeを運営するGoogleには、心底呆れ果てていたところです。
ちょうどいい潮時かもしれません。
基本的には、本サイトのためのサーバに動画を上げることにしましょう。ただ、私が使う環境では、1動画のファイルサイズ制限が100MB以下のため、それ以上のファイルサイズのものだけ、動画共有サイトを利用させてもらいましょう。
ともあれ、悪の枢軸の一員であるYouTubeからはできるだけ距離を置くことを考えなければ_。