レンブラント作品を巡る人間模様

私はここ最近、PCの駆動時間が減る傾向にあります。その代わり、テレビ受像機(テレビ)の前に座る時間が増えました。

だからといって、テレビ番組を見る時間が増えたわけではありません。

私は、米国を中心とする古い映画や米英の古いテレビドラマ、ほかにはNHK杯テレビ将棋トーナメント、マラソンや駅伝の中継、スポーツカーを取り上げる回の「カーグラフィックTV」、気になったドキュメンタリー番組の放送がない限り、テレビ番組は見ません。

私は1980年代はじめに、民生用のビデオデッキが発売されると、いち早く購入し、テレビ番組を録画することを始めました。日本ビクターから発売されたVHS方式の二号機が最初に購入したビデオデッキです。

それを導入以降、気になる番組はビデオに録画し、録画したビデオを再生させて見る習慣がつきました。今はそれが、ブルーレイディスク(BD)に置き換わっています。

こんな風に、昔から、テレビのスイッチを入れて、暇つぶしのように画面を見る習慣はありません。

その私が、急に、だらだらとテレビの画面を見るようになったのかといえば、そうではありません。

ここ最近、テレビの画面に映すのは、ネットの動画共有サイトYouTubeの動画です。あることがきっかけで、それが始まりました。

それ以前は、基本的にはPCのモニタでYouTubeを見ていました。

私がテレビでYouTubeを見るのに使うのは、AmazonのFire TV Stick(第二世代)です。これを使い始めてから、利便性が良く、PCで見るよりも便利に感じています。

そして何より、テレビの大きな画面で見ると、動画により没入できます。

こんなことで、PCの使用率が、YouTubeの視聴に関しては大きく減り、基本的に、YouTube動画はテレビで見るようになりました。

AmazonのFire TV Stickは、YouTubeに特化したものではありません。私は見ませんが、Netflixなど、ほかのネットを介した動画サービスを見るのにも利用できます。

私はAmazonの有料会員ですが、その会員向けに、多くを無料で動画作品を見ることができるPrime Videoのサービスがあります。そのサービスがあるのはもちろん知っていましたが、映画であれば二時間程度は時間を拘束されるため、そのうちにと思いつつ、なかなか見る機会を持てずにいました。

過去には、『男と女』1966)の主演俳優ふたりが『男と女』のその後を描いた『男と女 人生最良の日々』2019)をPrime Videoで見て、本コーナーで取り上げました。

これも、急にそれを見てみようと思ったわけではありません。これにもきっかけがあります。

テレビでYouTubeを見るようになってすぐの頃、Amazonから300円の請求がありました。自分で300円分の何かを購入した記憶がありません。

確認すると、Prime Videoの中で、有料版の映画を見たということでした。その作品は『シェルブールの雨傘』1964)でした。この作品は、NHK BSプレミアムで見たあと、本コーナーで取り上げました。

本作は自分のレコーダーに録画して残してあるので、Prime Videoで見る必要がありません。

Amazon Fire TV Stickのスイッチが完全に切られずに、私がリモコンのスイッチを不用意に押したことで、有料の『シェルブールの雨傘』の再生が始まり、その有料作品を300円で購入したことになったようです。

本日の豆知識
Amazon Fire TV Stickはリモコンですべての操作をしますが、リモコンに電源スイッチはついていません。ということは、あることをしないと、電源が入りっぱなしということです。
私がしている「あること」は、テレビ受像機の側で、入力切替をして、Fire TV Stick以外にすることです。これをしない限り、Fire TV Stickの電源が入ったままの状態が続くものと思われます。
私の考え違いでなければ。

そういえば、あとでテレビのスイッチを入れたとき、その時は何の映像か気がつきませんでしたが、外国映画の映像が流れていたことがありました。

こんな経験をしたことで、YouTubeばかりでなく、Prime Videoも見てみようと考え、昨日、ある作品を見ました。

長い作品を見る時間がなかったため、レンブラント作品を巡るドキュメンタリー作品の『レンブラントは誰の手に』を見ました。1時間40分ほどの作品です。

映画『レンブラントは誰の手に』予告編

古今東西の画家の中で、私はレンブラント16061669)を最も敬愛しています。レンブラントは私にとっては何十年も前から唯一無二の画家です。

レンブラント画集・表紙
Rembrandt, Self-Portrait

そのレンブラントが残した作品に対する思いが描かれています。

本作の最も重要なキーマンは、レンブラントが暮らし、作品を描いたオランダのアムステルダムに代々暮らす若い男性です。彼の名は「ヤン・シックス」です。

この名を聴いて、レンブラントを知る人であれば、同じ名の人物を描いたレンブラントの傑作があることがすぐに思い浮かぶでしょう。

そうです。レンブラントに描かれたヤン・シックスの末裔です。

今もシックス家がオランダの運河沿いにあり、今の当主はヤン・シックス10世。そして、その若き息子がヤン・シックス11世なのです。

Officiële Trailer | Jan Six | Grootmeesters

シックス家の家の壁には、多くの古い油彩絵画が美術館のように架けられています。そして、最も良い部屋には、なんと、レンブラントが描いた、あの超有名な『Portrait of Jan Six(ヤン・シックスの肖像)』(1654|Canvas 110×102 ㎝)の本物が架かっているのです。

レンブラント画集から “Portrait of Jan Six”

気絶するほど驚いてしまいます。レンブラントのあの名作を見ながら、日々を過ごしているのですから。ヤン・シックス10世は、そのような作品と日々接していながら、それを当たり前に考えているのが、何とも羨ましい限りです。

10世の息子の11世は、実家とは離れたところで美術商をしています。その11世が、ロンドンの競売クリスティーズに出品された中の油彩画一枚に個人的に注目し、安価で手に入れてしまいます。

11世はその作品を描いたのはレンブラントだと密かに思いこんだのです。

その作品は、長い縮れた髪を持つ若い男性の肖像です。その時代特有の、白く大きなレースの特徴的な襟がついた黒い服を着て、こちらを向いて立っている上半身が描かれています。

それを初めて見たとき、私はレンブラントが描いた作品には見えませんでした。

レンブラントがそのような男性を描く必然性が感じられず、作品そのものも、レンブラント作品が持つ独特の魅力を持っていません。顔の描き方も硬く感じます。

人物の背景も、レンブラントであればこんな色にはしないだろうと考えました。

どちらにしても、晩年の、自由奔放な筆さばきは感じられず、レンブラントが若かった頃の作品に分類されます。

ヤン・シックス11世はそれがレンブラントの真作と信じ込んでいるところがあり、誰かにそれを証明してもらいたいと考えます。

彼がまずあたったのは、レンブラント研究ではオランダで第一人者とされるエルンスト・ファン・デ・ウェテリンク氏です。

ウェテリンク氏のことは昔から私も知っています。彼は、レンブラント作品の真贋を見極めるレンブラント・リサーチ・プロジェクトのリーダーであったと記憶します。

ウェテリンク氏が11世のもとへ足を運び、11世が手に入れたばかりの作品に対面します。彼は、レンブラントがこんな描き方をした作品は見たことがない、というように、否定的に見て、レンブラントのまだ知られていない新作ではない、と判断します。

諦めきれない11世は、レンブラントの『夜警』1642)などを所蔵するアムステルダム国立美術館の専門家らにも見てもらいますが、肯定的な反応は得られませんでした。

そのあと、ウェテリンク氏が、一度は下した自分の判断に不安を覚えたのか、自宅で検討を重ね、前言を翻して、レンブラントの真作であるとしてしまいます。

11世は商売上手といいますか、地元の出版社の協力も得て、44年ぶりに発見されたレンブラント作品として取り上げてもらい、それが、世界的に報じられ、11世は一躍時の人となってしまいます。

Newly discovered Rembrandt portrait on display

その後、11世にトラブルが発生し、11世が「発見」した作品にお墨付きをあたえたはずのウェテリンク氏が11世と絶縁状態になるなど、11世は辛酸をなめる結果となります。

絵画作品には真贋論争が絶えません。レンブラントが生きた時代、レンブラントには多くの弟子がおり、彼らは師匠が描いた作品を見て、同じような作品を残しています。

しかし、レンブラントの間近にいた人間であっても、レンブラントのように描ける人はひとりもいなかったのです。画風を似せることはできても、レンブラント作品が持つ真の凄さは到底描き表せなかったということです。

本作には、ほかにも、読書をする老婦人を描いた肖像画”An Old Woman Reading”(1655|Canvas 79×65 cm)が登場します。その名画を所有するのが、スコットランドバクルー公爵です。

レンブラント画集から “An Old Woman Reading”

彼の家は、320平方キロメートルの広大な私有地を持つ大、大、大地主です。その土地は、略奪を繰り返すことで手に入れたということでした。

今は平和な市民になったといい、広大な敷地にある家の一室にその傑作を掛け、日々、その作品を自分の体の一部のようにして暮らしているということです。

世界には信じられないような幸運に恵まれた人がいるものですね。

ヤン・シックス11世の場合は、一度は幸運と名誉を手に入れますが、そのあとに、地獄を味わっています。

彼は他人から称賛されたい欲求があるように見えます。ですから、次なる「話題作」の発掘を考えているかもしれません。

ひとつの絵画作品は、それが傑作であるほど、画家がこの世を去ったあとも様々な運命を辿ります。

ひとりの画家に魅せられた人も、作品と同じように、思いがけない運命を辿らされることがあります。

そんな一面を感じさせてくれたドキュメンタリー作品でした。

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