2003/07/21 光と陰の画家レンブラント

今回は絵画の話を書きます。それも、私が最も敬愛するレンブラントについてです。

で、レンブラントといえばつい最近、あるニュースが話題となりました。それは彼が描いた『自画像』が新たに発見されたというものです。

今私の手元には、それを伝える新聞の切り抜き記事がありますが、ロンドンの競売大手のサザビーズで競売にかけられ、レンブラントの『自画像』としては史上最高額の約6百95万ポンド(約13億3千万円)で落札されたそうです。ついでまでに落札に成功したのは、アメリカでカジノを経営するスティーブ・ウィン(ウィン・ラスベガス)という人物だそうです。

一般庶民にとっては全く縁のない金額で、私のもっぱらの関心も、どういう経緯でその作品が世に出てきたのか、という一点にのみあります。

そもそもが、この『自画像』は彼レンブラントが28歳の時に描いたもので、「その後、弟子の一人に手を加えさせ、髪の長いロシア人貴族に“変身”させていた」(カギ括弧内は新聞記事より。以下、同)ため、これまで発見されずにきたようです。

現代の感覚でいえば、かのレンブラントの作品に加筆するなど恐れ多さの点で極致の行為以外の何物でもありませんが、「当時は売れ残った原画に加筆や修正を加えて買い手を探すことが一般的に行われていた」という話です。

それが今回、レンブラントの母国オランダの専門家がエックス線や赤外線を利用して調べた結果、加筆前に描かれた元絵が浮かび上がり、専門家による修復作業によってようやくにしてレンブラントの元の作品が現代に甦ったというわけです。

もちろん私はまだその作品は見たことがありませんが、記事に掲載された写真を見ると、レンブラント独特の画風で、いわゆるレンブラント・ライト(半斜逆光)に浮かび上がる帽子姿の『自画像』が描かれています。

そのレンブラントについては、一週間前の日経新聞「美の美」という連載コーナーでも取り上げられています。これは毎週日曜日に掲載されるコーナーで、テレビ東京で毎週土曜日に放送されている「美の巨人たち」(22:00~22:30)と連動するコーナーです。

コーナーは2面にわたってボリュームたっぷりに書かれており、それぞれの面に一点ずつの作品が載っています。一点目は『水浴する女』(油彩、板、61.8×47.0センチ、1654年、ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵)で、もう一点は『夜警(コック隊長とライテンブルフ副隊長の市民隊)』(油彩、カンヴァス、363×438センチ、1642年、アムステルダム国立美術館蔵)でどちらもよく知られた作品です。

私自身、どちらの作品も実物をまだ見たことがないのですが、図版では飽きるほどに見ており、目に馴染んだ作品です。

で、今回の特集コーナー冒頭にはちょっとばかり関心を持たされる記述があります。それはレンブラントの技法に触れたもので、そこには「レンブラントはヤン・ファン・エイクとは反対の描き方をした」(アムステルダム国立美術館で修復を担当するヴィレム・ドゥ・リダー氏/ミッシェル・ファン・デル・ラーン氏)との指摘が載っています。

その点については、私も了解していることで、私がアクリル絵具を利用して絵を描く際には、レンブラント風な描き方をしています。

ちなみにここに登場するヤン・ファン・エイクという画家は精緻な作風で知られ、それまでテンペラ絵具によって描かれていたのを、油絵具を使って(併用して?)描いたことから、油彩画の創始者(実際にそうなのかどうかはまだ研究の途中のようですが)のような捉えられ方をしています。

ともかくも、レンブラントが実際にはどういう描き方をしたかといえば、まず、カンヴァスや板などの支持体に褐色で暗い下色をつけておきます。そうしておいて、そこに同じ褐色系の絵具を薄く溶いて描き出します(下描きはしなかったようです)。

当然のことながら、褐色の透明色が重なった部分は色が濃くなります。つまり、それが陰の部分になります(こうした描き方を専門的にはグリザイユ、あるいはカマイユといいます)。そうやっておいて、次に、光を受けて白く輝く部分を白色(シルバー・ホワイト=鉛白)などの不透明な絵具で描きます。

こうした描き方をすることで、陰になる暗部は暗く沈み、光を浴びた明部は闇から浮かび上がってきます。さらには、明部にも透明色を重ねることで、微妙で輝きを持った色が生まれます。それを専門的にはグラッシとかグレーズといいます。

ただ、この技法を油彩で実現するのは容易くはありません。なぜなら、油絵具のメディウムとなる油(リンシード油やポピー油など)は乾燥(実際には乾燥するのではなく、酸素と結びついて固まる=酸化重合)するのに時間がかかるからです。ですので、私も油絵具で同様の試みをしたことがありますが、未だに思うように画材を扱えずにいます。

同様の描き方はルーベンスにも見られます。彼の場合は大勢の弟子をかかえ、分業制で作品を仕上げたため、彼以外の手が入っていることが多く、ルーベンスが求める光と陰の表現に達していないものもありますが、彼の油彩スケッチではその技法が存分に発揮され、実に魅力的な作品となっています。

それにしても、今回のテキストとなっている『水浴する女』は傑作といえる作品です。描かれている女性は聖書に登場するスザンナあるいはバテシバといわれていますが、モデルはレンブラントの愛人のヘンドリッキェで間違いないでしょう。

本日の豆知識
レンブラントは、市長も務めたことのある名士の娘のサスキアという女性と結婚しますが、サスキアは若くしてこの世を去ってしまいます。そのサスキアの後援者によって作成された遺書により、他の女性との婚姻が認められず、よき伴侶のヘンドリッキェとも結婚することなく、愛人として後半生を共にしました。

そこに描かれるヘンドリッキェは、着衣の裾をたくし上げ、太ももまでがあらわになっています。筆遣いはレンブラント独特のものといえ、着衣の部分の白い絵具がスピード感たっぷりに描かれ、描かれてから350年ほどが経過しているにも拘わらず、今なお、画面に触れたら白い絵具が指先にべっとりとつきそうな錯覚さえ覚えます。

また、彼女の左肩辺りは陰になっており、透明な褐色系の絵具で描かれたその部分は、下地が絵具越しに覗いて見えます。

完璧な作風のファン・エイクの作品と比べたら“未完成”に映りそうですが、これこそがレンブラントの真骨頂で、ここにあと一筆二筆を加えたら、一挙に全体のバランスを失いかねません。それほど絶妙なバランスの上に成り立っている作品といえます。

一方の『夜警』は今さら説明する必要がないほど有名な作品です。もっともこのタイトルは後世の人々がつけたもので、表面を保護するために塗られたニスが汚れ、変色して全体が黒ずみ、あたかも夜の警備隊を描いたかのように見えたことからそう通称されました。

実際は昼の情景ですが、そこにはレンブラント独特の光と陰の表現が用いられ、レンブラント芸術の象徴的作品となっています。

ただ、制作年代を見ると1642年で、レンブラント36歳頃の若描きともいえる作品です。ちょうどその頃が世間的な彼の絶頂期ともいえ、画家としても十分に名声を得、他方、サスキアという名士の娘も得て私生活も充実していました。しかし、彼の作風そのままにその頃を境に光と陰が入れ替わり、愛妻を亡くし、画家としても名声を失っていきます。

ところが皮肉なことにといいますか、彼が苦境に立たされれば立たされるほど彼の描き出す作品は輝きを増していきます。私個人の趣味でいっても、この『夜警』以降の作品が好きで、落ちぶれていく自分自身を見つめて描いた数々の『自画像』や、その後に描かれた『放蕩息子の帰還』『ユダヤの花嫁』といった作品には魂を揺さぶられるような感動を覚えます。

それは別にしても、当時オランダでは一般の市民を描く集団肖像画が流行になっていたそうですが、それらが総じて「サッカーチームの集合写真」のような無味乾燥な作品であるのに対し、このレンブラントの『夜警』は飛びぬけた異彩を放っています。

何人の登場人物が描かれているのかわかりませんが、光と陰を自由自在に演出して描く工程は、楽しかったことと思います。

レンブラントが自由に描きすぎたため、本来の集団肖像画の粋を脱し、人物の陰に描かれた注文主などから不評を買い、結局は別の画家に注文し直し、同団体は無難な集団肖像画をもう一点残したそうです。

しかし、注文主が納得したその一点はその後芸術的には省みられることなく、不評だったレンブラント作だけが美術の歴史に残りました。

今回のコーナーの最後の方には、筆者(宝玉正彦氏)の次のような一文が掲載されています。

レンブラント自身が現実的な名利を求めた人である。自分を売り出すことに熱心で、美術品や骨董品の売買も行った。浪費癖から不景気を乗り切れず破産、借金地獄に悩まされた。「魂の画家」のイメージには反するが、むしろ現実への執着が名作を生む原動力だったと思われてくる。『夜警』に精魂傾けたのも名誉と利益につながる大仕事だったからであり、絵肌そのものの魅力を追求したのも物に対する愛着が強かったからだろう。

上の記述には、個人的には大いに異論があります。これは多分に実際に絵を描かない者の想像で、『夜警』を描くのも、絵肌の追求も名誉や利益の追求だけによるものであるはずがありません。

実際に油絵具を使って描いてみれば納得できると思いますが、筆先から感じるねっとりとした質感は、それを扱う者にある種恍惚とした気分を味わわせてくれます。

とはいえ、確かに現実的な側面があったことも否定はできず、「魂の画家」といわれるレンブラントも、自分が表現したいものと現実的な問題との狭間で懸命に生きたということだけはいえそうです。

これはいつも私が夢想することですが、もしもタイムマシンというものが現実のものになったとしたら(限りなく望み薄ですが)、レンブラントの生きた17世紀のオランダへ行き、1日限りでも彼と同じ空間に生き、彼の創作の一部始終を凝視してみたいと思います。

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