俳優は、役柄に合わせ、どんな人物にも扮することができます。そうはいっても、同じ人間が演じるのですから、この役もあの俳優が演じているのか、と気づかれることが多くあります。
しかし、ときには、長いこと、自分が知る俳優が演じていることに気がつかないままということが起こります。
私は、そんな経験をしたばかりです。
私が長いこと気がつけなかったのは、レオ・G・キャロル(1892~1972)という俳優が演じていたことです。
先月20日、本コーナーでこの俳優が出演する『花嫁の父』(1950年)を取り上げました。キャロルはこの作品で、披露宴を取り仕切る男を演じました。
私はこの作品を先月末に初めて見ました。そして、キャロルが登場した時、彼がアルフレッド・ヒッチコック(1899~1980)の『見知らぬ乗客』(1951)に出演してことにすぐに気がつきました。
そのあと、キャロルについて書かれたネットの事典ウィキペディアを確認すると、ヒッチコックの『北北西に進路を取れ』(1959)にも出演していることがわかりました。
この作品ははこれまで何度となく見ていますが、キャロルが出演していることに気がついたことがなかったため、本当か? と録画してあった本作で確認しました。
確認してびっくりです。キャロルが本作で重要な役を演じているからです。
本作の主人公、ロジャー・ソーンヒルは、二度結婚して二度離婚し、今は母と暮らす、やり手の広告マンです。演じるのはケーリー・グラント(1904~1986)です。
米ソ冷戦時代、米国とソ連(本作ではソ連とはしていませんが)は、互いに諜報合戦をしていたのでしょう。
本作の主人公ソーンヒルは、まことに運が悪いことに、ちょっとっしたことで、別人に間違われ、諜報合戦の渦に巻き込まれ、生きるか死ぬかの大変な眼に遭います。
米国で作られた作品ですから、米国の視点で描かれます。
米国で諜報活動を担う部門は、敵の諜報活動を指揮する男に近づくことができた米女性を誘い、工作員として活動させます。
その一方で、女性工作員を護ると同時に、敵をかく乱する目的で、カプランという架空の人物が実在するように装います。
相手側がカプランが実在すると考え、めぼしい人間を捜すうち、ひょんなことから、ソーンヒルがカプランと間違った認識を持たれてしまうことが起きます。
カプランを作りだした米諜報機関は、思わぬ展開に、しめしめとなります。
この米諜報機関で、教授と呼ばれるボスを演じるのがキャロルなのでした。

本作を何度も見ていながら、教授を演じるのがキャロルと気がつかなかったのには、自分でも驚きです。彼は本作で眼鏡をかけたり、帽子を被ることもあったりしたのが、気がつけなかったひとつの理由になりましょうか。
途中まではソーンヒルに冷淡だった教授ですが、作品の後半では教授自身が積極的に動き、ソーンヒルに自分で会って、具体的な指示をしたりします。
というわけで、キャロルの役回りを確認するために見た『北北西に_』ですが、見ているうちに、本作のある有名な場面をどのように撮影したのか、それが気になり始めました。
本作の有名な場面としては、歴代の米大統領4人の巨大な顔が岩山に刻まれたラシュモア山での死闘があります。
これは、スタジオに巨大なセットを組み、スクリーン・プロセスを使って撮影したのであろうことが想像できます。
今回私が新たに気になり始めたのは、作品の中盤、ソーンヒルが、誇りまみれの道が一本走っているだけの何もない場所で、敵の軽飛行機に襲われる場面です。
その場面の始まりは、どこまでもまっすぐ伸びる道を走ってきたバスが、何もなさそうな停留所で停まり、ソーンヒルをひとりだけ降ろし、走り去ります。
それを空の高いところから撮影しているのですが、どうやって撮影したのか、私はわからずにいます。
ソーンヒルが米粒ほどに見える、高い高いところから撮影しています。そこは何もないところですから、あれを撮影できる高い建造物などありません。
撮影のために高い櫓(やぐら)を組むといっても、これほどの高さのものを組めるとも思えません。
カメラは安定していますので、ヘリコプターなどを使って撮影したようにも見えません。
気球にカメラを取り付けて撮影したことも考えましたが、これでは安定した映像は撮れないでしょう。
それとも、シンプルに高い撮影用櫓を組み、その上から撮影しただけ、でしょうか?