花嫁の父はつらいよ

私は古い米国映画が好きで、それなりに見ているつもりです。それでも、まだまだ見たことがない面白い作品があることに気づかされました。

今週の木曜日(18日)に、NHK BSプレミアム「プレミアムシネマ」で、ある古い米国映画放送されるのを知りました。しかし、はじめはそれほど見たいと思いませんでした。

エリザベス・テイラー19322011)が出演していることがわかったからです。こんなことを書くとなんですが、私は彼女があまり好きではありません。彼女が出演した作品はあまり見ていないはずです。

そんなわけで、はじめは見るつもりがありませんでした。それでも、録画だけはしておきました。それを昨日、再生させ、とても面白い作品であることを知らされました。

私が見たのは、『花嫁の父』です。

公開されたのは1950年です。アルフレッド・ヒッチコック監督(18991980)の作品に『見知らぬ乗客』があります。ヒッチコックの作品は、『花嫁の父』の翌年に公開されています。

先月の25日、本コーナーで、映像表現における人称について書きました。

ほとんどの作品は、テレビドラマも含め、三人称的に撮影されます。カメラが、第三者の立場で出来事を客観的に捉えるということです。

俳優は、自分が撮られていることを意識せずに演技をします。ですから、演じる人が、カメラを真正面から見ることは、特別の場合でない限りありません。

ところが本作は、花嫁の父であるスタンリーが、カメラに向かって話すところから始まります。

それより前、タイトルが終わった画面には、部屋の様子が映し出されます。テーブルに置かれた無数のグラスは倒れ、食べ終わった皿などが、乱雑に並んでいます。中には、割れているものも混じっています。

床には、テーブルから落ちた数多くのグラスやコップ、皿などが、災害のあとのように、散らばっています。ほかにも、花束があるかと思えば、水がこぼれたあとがあり、紙吹雪が舞ったままになっているといったありさまです。

惨憺たる様子を移動撮影で見せたあと、部屋の隅のソファに座る男にカメラが辿り着きます。それが、花嫁の父のスタンリーです。

スタンリーを演じているのはスペンサー・トレイシー19001967)です。私には馴染の薄い俳優だと思っていましたが、出演した作品を確認すると、『老人と海』1958)で老人を演じたことがわかりました。

その作品であれば、見たことがあります。あの老人を演じたのがトレイシーでしたか。

Spencer Tracy – The Old Man And The Sea (1958)

トレイシーについて書かれたネットの事典ウィキペディアで確認すると、トレイシーの演技は評価されていたことがわかります。親友だったというハンフリー・ボガート18991957)が、彼の演技を次のように評していた、とウィキペディアに書かれています。

スペンスの演技は最高だった。彼がどう演じているのか、その仕掛けはまるで見えなかったからね。

本作に話を戻せば、花嫁の父のスタンリーは、精魂尽きた様子で、ソファに座り、カメラに向かって、娘の結婚式と披露宴が終わるまで、どれほど大変だったかを話しかけます。

Father of the Bride 1950 Spencer Tracy, Elizabeth Taylor

演者がカメラに向かって話すということは、登場人物の誰かに話しているのではなく、本作を見る観客である私やあなたに直接語りかけているということです。

聴いてくださいな。私の、しがない話を_と。

その日のために新調したモーニングコートはよれよれになり、ネクタイは力尽きて垂れ下がっています。革靴は片方が脱げたままで、脱げた靴を払うと、中から花吹雪やら何やらが落ちます。

花嫁の父の言葉を通じて、彼の娘が結婚前提に付き合っている男がいることがわかった3カ月前から、結婚話が決まり、相手の家を夫婦で訪問したこと、結婚式や披露宴の準備から、結婚式当日までのてんやわんやが、描かれます。

花嫁の父がカメラに向かって話すのは、冒頭の部分だけで、あとは、彼の想いが時折、彼の言葉によって語られます。

スタンリーの娘を演じるのは、大人の女性を演じたのは本作が初めてというエリザベス・テイラーです。役柄では20歳ですが、実際の年齢は18歳だったようです。

本作のテイラーを見る限り、のちに、彼女が米映画界の「ゴッドマザー」のようになることを予感させません。背も高くなく、見た目も特別の美女というわけではありません。髪もブロンドではなく、黒髪です。

どうして彼女が、泣く子もだまる(?)エリザベス・テイラーになれたのか、不思議に感じるほどです。裏で政治的な工作でもあった(?)のでしょうか。私の見る目がなく、彼女の魅力に気がつけなかっただけでしょうけれど。

個人的に面白いと思ったのは、披露宴を取り仕切る業者とのやり取りする場面です。

その責任者はマズーラという、スタンリーとそれほど年が違わない男ですが、その男を見たとき、名前はすぐ出てこないものの、ほかの作品で見たことがあることに気がつきました。

私に咄嗟に浮かんだのは、ヒッチコックの『見知らぬ乗客』です。

その俳優はレオ・G・キャロル18921972)で、『見知らぬ乗客』では、交換殺人を持ち掛けられた男が再婚の相手に望む娘の父で、上院議員をする男の役でした。

Strangers On A Train (1951) Official Trailer – Alfred Hitchcock Movie HD
(本動画の再生が始まった画面で向かって左端に立っているのがキャロルです)

そのキャロルが、本作では、花嫁の父と母の自尊心をズタズタにして平気な披露宴のコーディネーター役を演じています。

米国は家が広いことが多いからか、結婚式のあとの披露宴を、花嫁の自宅で行ったりすることがあるようです。スタンリーは、少しでも出費を削ることを目論んで、250人を招待する披露宴を自宅ですることに決めます。

下見に来たキャロル扮するマズーラは、部屋を仕切るドアは換気をよくするために外す、少しでも部屋を広く使うために家具はすべてどこかへ移動する、ピアノも移動してもらう、入りきれない客のために庭にテントを張る、などなどと次々に判断し、スタンリーと妻を戦々恐々とさせます。

日本の映画で花嫁の父を描こうとすれば、どうしても浪花節的になりがちです。しかし米国では同じ素材を扱っても、喜劇仕立てにすることができます。

しかも、日本で考えられる喜劇ではなく、普通の会話をしていながら、見る人をクスっと笑わせるような作品です。

このあたりは、日本とは、脚本家と観客のレベルが違うのでしょうね。

監督はヴィンセント・ミネリです。ミネリが監督した作品には、フレッド・アステア18991987)が主演した『バンドワゴン』1953)があります。この作品は私も見ましたが、よく練られた作品でした。

作品のラスト。ひと騒動が終わり、娘がいなくなった自宅にスタンリーが妻とふたりでいます。スタンリーは妻にこんな諺があると話します。

息子は嫁をもらうまで でも娘は、生涯娘のまま

このあと、スタンリーは妻とダンスをします。

結婚していない娘を持つ男性が本作を見たら、他人ごとには思えず、笑う場面では顔がこわばり、アルコールの力を借りなければ眠れなくなってしまったりする(?)でしょうか。

Father of the Bride Official Trailer #1 – Elizabeth Taylor Movie (1950) HD

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