”ひきこもり”と”世捨て人”は違うのか?

昨今、マスメディアは「ひきこもり」を問題視し、当事者を救う必要があるといいつつ、実は、そうした境遇にいる人を蔑み、「どうするの? どうするの?」と追いつめる快感を隠し持っています。

古今東西、芸術の世界に生きた人には、世間一般の生き方とは異なる人生を送った人が少なくありません。

私は今、『天才たちの日課 Kindle版』をAmazonの電子書籍で読んでいます。購入したのは2017年末で、今まであまり読んでいませんでした。

本作には、古今東西の小説家や詩人、芸術家、哲学者、研究者、作曲家、映画監督などの161人の日常が簡潔な文で紹介されています。

新型コロナウイルスCOVID-19)騒動が始まってから、私は、眠る前に読書をする習慣を新たに作りました。

本作では、ひとりにつき2、3ページ、ときにはそれよりも少し長い程度の枚数で紹介されており、私のように短時間で眠りに入るための入眠導入のための読書としては最適な一冊です。

この本作に、天才ピアニストのグレン・グールドが紹介されています。グールドが変わった人であることは知っていましたが、短い文章ではありましたが、私が知っていた以上に変わっていたことを再認識しました。

その書き出しは次のようになっています。

カナダ人の天才ピアニスト、グールドは、自分のことをカナダで「もっとも経験を積んだ世捨て人」と呼んでいた。

そう書いたあとに、著者のメイソン・カーリーは「もちろん冗談半分だ」と書き、エキセントリックな天才との評判がたつのを好んで助長しようとした節があるとしています。

その一方、彼の世捨て人的な傾向には「かなりの真実も含まれている」とも書いています。

ここで遣われている「世捨て人」(隠者)に改めて着目し、現在、マスメディアを中心にして盛んに問題視している「ひきこもり」とはどんな風に違うのか、考えました。

私もその傾向が強いため、どうしてもこの方面のことにはこだわってしまいます。

私は子供の頃からこの傾向が強く、近所の友達が遊びに来るのを疎ましく感じることもありました。それだから、誰も訪ねて来ないような、たとえば孤島のようなところに暮らしていたら、どんなにいいだろう、と考えたりしたのを思い出します。

グールドの稿にも書かれていますが、米国の実業家、ハワード・ヒューズが晩年に世捨て人のように暮らしたことを知っています。

ヒューズは細菌感染を恐れてそのように奇妙な晩年を過ごしたようですが、昔、NHKの衛星放送で放送された海外ドキュメントか何かで、ヒューズを取り上げたことがり、あまりの変人ぶりに驚いたことがあります。

私の記憶では、ヒューズは髪の毛を伸ばし放題で、爪も切らなかったと伝えていたように思います。高級ホテルの最上階から一歩も外へ出ず、ティッシュペーパーが入っていた空き箱をスリッパ代わりにした、というようなことも伝えていた記憶があります。

晩年のヒューズのような生き方は、「ひきこもり」というのか、それとも「世捨て人」に分類するのか、ということです。

いずれかの傾向を持つ人に共通するのは、社交性に欠けることです。グールドの場合も、誰かと親しくなり過ぎると、唐突に関係を断ったりしたそうです。

31歳の時、公の場で演奏することを止め、それ以後は、隠者のような生活を守り、作曲や演奏のレコーディングをしたそうです。

趣味は持たず、親しい親友や仕事仲間は数人いたものの、会って交流することはまれで、ほとんどは電話を通じて話すだけだったと書かれています。

1980年のインタビューで答えたことが次のように紹介されています。

自分の生活スタイルがほかの人と同じだとは思わないし、そのことをむしろうれしく思う。

生活と仕事の二つがひとつになっている。それを異常というなら、たしかに僕は異常だ。

自宅アパートにいる時間が長いことを知れば、ピアノの練習に長い時間かけていると想像するでしょう。ところが意外なことに、ピアノに向かう時間は短く、1日に1時間かそれより少ない時もある、とあります。

それ以外のことに時間を使い、「やらねばならない」ことを消化するためのリスト作りなどをしたそうです。1日の中で長い時間することのひとつは、レコードやラジオを聴くことで、毎日少なくとも6、7時間は聴いたそうです。

読書欲も旺盛で、新聞は5、6紙読み、本も1週間に数冊読んだとあります。

あと特筆すべきことは、長電話です。午後11時になると、知り合いに順に電話をかけ、自分の考えを一方的に受話器に向かって話し続けたそうです。

その電話はときには何時間も続き、午前1時か2時まで続いたりしたそうです。

グールドから電話を受けた人は、途中で言葉を挟むことはできず、聴き役に徹することが求められたようです。

電話を受けた人のひとりは、次のような証言をしています。

電話でエッセイや本を延々と読んだり、音楽を始めから終わりまで口ずさんだりするのは有名だった。仕事仲間の何人かは、彼が電話でリハーサルするのが好きだったといっている。自分が弾く部分を、口で歌うのだそうだ。

グールドの一日の終わりは遅く、午前5時か6時頃、鎮静剤(鎮静薬)を飲んで床についたそうです。

マスメディアが盛んに問題視する「ひきこもり」は、どのような人間を対象にしているのでしょう。たとえば今の日本に、グールドやハワード・ヒューズのような生き方をする人がいた場合、「いいから早く外へ出ろ。”普通の人”と同じように生活をするのが当たり前というものだ」と脅迫するのでしょうか。

自分で選んだ生き方をした結果、当人が世間的には不幸そうに見えても、当人が満足しているのなら、大きなお世話というものです。

COVID-19騒動がはじまったことで、それまで”普通”の生活をしていた人の何割かは自宅でテレワークをするようになりました。

そのような生活を始めた人は、自分がそんな生活を初めて体験することで、それまでの”普通”を疑う人もいるかもしれません。

私は元々家にひきこもることを続けてきましたから、今世の中で起こっているひきこもりの現象を見て、それ以前よりも生きやすくなったと感じています。

1月末に一度出かけただけで、あとは家から一歩も外にでていません。また、それを苦痛に感じることもありません。

本日の豆残念
COVID-19騒動が起きなければ東京・上野公園内の国立西洋美術館(国立西洋美術館)で開催される予定だった『ロンドン・ナショナルギャラリー展』(3月3日~6月14日)が、未だに開催できない状態にあるのは残念です。

本展覧会には、私が最も敬愛する17世紀オランダの画家、レンブラントの『34歳の自画像』が出品されています。

美術展を開けないまま会期が終わってしまった場合、どのような扱いになるのでしょうか。

そのあたりも含めて、これまで「ひきこもり」の問題点ばかり突(つつ)いていたマスメディアも、そろそろ考え方を望ましい方向へ転換させ、「ひきこもり」や「世捨て人」に理解を深めることをしませんか。

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