しっくりこない清張の『山峡の章』

このところは松本清張の作品を読むことが多く、気になる作品に出会うたび、本コーナーで取り上げています。

いずれも、Amazonの電子書籍で読んでいますが、おととい、昨日でまた一冊読み終えました。これも、Kindle Unlimitedの対象の一冊で、追加料金なしで読みました。

清張はデビューが遅かった作家ですが、その割には多くの作品を残しています。名が知られるようになってからは、同時並行でいくつもの作品を連載したりしたでしょう。

片手間仕事で執筆することはなかったと思いますが、これから紹介する作品は、やや粗い作品の印象を持ちました。

その作品は『山峡の章』という長編です。月刊誌の『主婦の友』に、1960年6月号から1961年12月号まで、1年半にわたって連載されています。当時の題は『氷の燈火』であったようです。

本作を連載していた時期、清張の代表作のひとつである『砂の器』を読売新聞の夕刊に連載しています(1960年5月17日から1961年4月20日)。

どうしても力点は『砂の器』に置かれたのか、本作には無理な仕掛けが目立つように個人的には感じました。

女性向けの雑誌に連載する作品であることを意識してか、主人公の堀沢(旧姓「朝川」)昌子の目を通して描いています。昌子は大学を卒業した翌年に九州へひとり旅をし、そこで堀川英夫に出会い、結婚します。

英夫は、おそらくは東大から経済計画庁(おそらくは、かつてあった経済企画庁)に入省した男で、エリート意識の強い人物に描かれています。

昌子には怜子という大学生の妹がいます。怜子は活発な性格で、歳の離れた人とも交際を持つようになり、それが思わぬ結果につながったりします。

昌子は専業主婦で、夫を送り出したあとは、夫の帰りを待つ身です。夫は上司との付き合いだといって、週の半分以上は深夜に酒臭くなって帰ってきます。

朝はパンと牛乳で済ませ、帰宅しても家で食事をすることは少ないです。顔を合わせる時間が少なく、夫婦の会話は限られます。

ときに、英夫から性行為を求められ、昌子は応じます。愛情が籠っていないように感じられ、昌子には苦痛です。

アパートの住人と関わりを持つことを避ける昌子は、独りの時間を長く持ち、昌子の頭の中で、英夫への疑問や謎だけが大きくなっていきます。

本作が連載された1960年代初期は、専業主婦が多くいて、似たような不安や不満を持つ女性たちであれば、本作を読みながら、頷く部分もあったでしょう。

清張の作品の多くは、誰か独りの推理によって事件の謎を解き明かしていきます。本作でその役割を果たすのは昌子です。昌子は“スーパーウーマン”と呼ばざるを得ないほどの推理力と活躍を見せます。

謎を解くためとはいえ、普通の女性がそんなことまではしないでしょう、と思えるほどに。

清張作品では、また、協力者が登場します。本作では、英夫の高校時代の親友・吉木がその役目です。

九州のひとり旅で英夫に出会ったとき、吉木が一緒でした。英夫とは親友であったはずの吉木でしたが、英夫が昌子と出会ってからは、吉木を遠ざけます。昌子は、その理由を英夫に訊くことはついにできなかったのでした。

話の中段、山形県との県境に近い作並(さくなみ)温泉が舞台として登場してきます。

相前後して、それまでつながりがないように思われた人間と人間が線で結ばれるようになり、その線は太くなっていきます。

推理小説の体裁をとる以上、読みながら推理する読者には、その都度、のちのちの解決につながる手がかりを残すのがフェアです。ところが、本作ではそれが省かれています。

清張の作品の特徴は、事件を推理する人間が、自分の頭の中で推理を組み立て、最後にまとめて吐き出すことが大半です。本作もその手法で、事件は誰々がこのような方法で起こした、で終わってしまいます。

犯行の裏付けとなる目撃情報をある者が掴んでいたことをあとで聞かされます。それが途中で示されることがなく、解決する時に初めて教えられたのでは、重要なヒントを隠されたまま読まされたようなものです。推理小説としては反則技といえなくもありません。

終わりに近づくと、話は加速度的に荒唐無稽になっていきます。それまでその気配がなく、話だけが大きくなります。まるで、江戸川乱歩『怪人二十面相』でも読んでいる気分です。

昌子がある人の後姿を見ていると、その人がこちらを振り返り、それが思わぬ人物で、アッ! と驚いたりするのですから。

そんなバカな、、、と白けてしまいます(´・ω・`)

本作は過去に4度ほどテレビドラマになっているようですが、わざわざドラマにするほどの作品でもないように思わないでもありません。

本日の豆思いつき
もしもドラマ化するのであれば、昌子の役は、フリーアナウンサーの小川彩佳氏が良いのでは? とふと思いつきました。

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