私は映画を見るのが好きです。好きではありますが、映画なら何でもいいというわけではありません。誰でもそうでしょう。
結果的には旧い映画を見ることが多いです。旧い映画の中でも、よく見る映画がいくつかあります。
そんなひとつがビリー・ワイルダー監督(1906~2002)の『アパートの鍵貸します』(1960)です。先日も本作を見ました。何度見ても飽きることがありません。
見終わったあと、すぐにまた見たくなるほどです。
本作を知る人には説明の必要がないでしょう。しかし、もしも見たことがない人のために簡単に説明しておきます。
主人公は、ニューヨークのマンハッタンにある大きな生命保険会社で働くC・C・バクスター、通称バドの銀行員です。演じているのは、若かった頃のジャック・レモン(1925~2001)です。
といっても、公開された年、レモンは35歳ですから、本作から受ける印象ほど若くはありませんね。
彼は、大学生の頃から同じアパートに独り暮らししています。アパートの大家をするおばさんの話では、結構由緒正しいアパートであるようです。
バドの隣りに住んでいるのは、ドレイファスという中高年の医師と妻です。夫婦はバドを完全に勘違いしています。バドが一年中、女をひっかけて部屋に連れ込み、よろしいことをしていると。
アパートの大家さんをするおばさんも同じように勘違いしています。
ある意味純粋で、人のいいバドはそれを否定せず、女性にもてる男のふりをしています。
入れ代わり立ち代わり、バドの部屋で、よろしいことをして、隣の医師夫婦や大家さんに勘違いさせているのは、バドが働く保険会社の五人の重役たちです。
彼らは、自分の家庭を持ちながら、遊ぶための女を見つけては、バドの部屋を借りて、よろしいことをしているのです。
重役たちにバドは「功績」を認められ、入社三年目(だったかな?)にして、昇進の階段を駆け上がり、ガラスで仕切られた役員室に入れるまでになります。
こんな風に書くと、自分の出世目的に、自分のアパートの鍵を重役たちに貸す要領のいい男に思われるでしょう。実際はそうではありません。
頼みごとを断れず、やむにやまれず、そのようなことになってしまったのです。
好きな時間に自分の部屋に戻れず、帰宅時間を遅らせるため、就業時間が過ぎても、ひとり会社に残り、残業をして時間をつぶすありさまです。
要領の悪い男がバドです。
バドの心の救いは、会社のビルでエレベーターガールをするフラン・キューベリックに、エレベーターの中で一緒になれることがあることです。
フランを演じるのはシャーリー・マクレーン(1934~)です。マクレーンが演じるフランは本当にチャーミングです。チャーミングという言葉は、このときの彼女のためにあるようなものです。
公開された年、マクレーンは26歳ですから、こちらは十分若いです。
バドはフランに片想いをしています。といっても深刻ではなく、フランに会えた時は、本当に嬉しそうに話しかけます。
ふたりを演じるジャック・レモンとシャーリー・マクレーンの演技が本当に素晴らしいです。
それを引き出す、ワイルダーとI・A・L・ダイアモンド(1920~1988)の脚本と、ワイルダーの演出素晴らしいということでしょう。
原作がありませんので、ワイルダーとダイアモンドのふたりで、オリジナルの話を作ったのでしょう。
脚本には一切の無駄がなく、的確に話が進みます。舞台劇を見るようです。
フランは田舎からニューヨークに出てきて、姉夫婦の家に居候させてもらっています。もしも同じ設定で日本で映画を撮ったら、姉夫婦との生活ぶりを描いたりするでしょう。
本作ではそんなことはしません。姉夫婦と一緒に暮らしていることを見る人にわからせるだけです。義兄は後半に登場して、これまた勘違いされたバドが、義兄のパンチをもらい、左目にアザができますが。
パンチをもらっても、バドは義兄にいいわけをせず、悪い男を演じてしまいます。どこまでも優しい男です。
そんな、好きで好きで堪らないフランが、クリスマスイブの夜、やけ酒を飲んで、アパートに戻ると、ベッドの上で寝ています。
重役のひとりがバドの部屋でフランとよろしいことをして、重役が戻ったあと、部屋に残ったフランが、睡眠薬を飲んで自殺を図ったのです。
ちなみに、フランと付き合う重役を演じたフレッド・マクマレイ(1908~1991)は、ワイルダーのフィルム・ノワールとして名高い『深夜の告白』(1944)で主人公のウォルター・ネフを演じています。
そのときには、フランが重役とよろしい仲になっていることを知っていたため、ただ寝ているだけだと思ったフランに、帰ってくれといったりします。
そのすぐあと、フランが自殺を図ったことを知り、慌てに慌てて、隣に住むドレイファス医師に助けを求めます。
この緊急時にも、ドレイファス夫妻は、バドがまた行きずりの女に手を出し、その女が自殺を図ったと勘違いします。バドはそれを否定せず、ドレイファスの処置に全面的に協力します。
フランが眠りそうになると、ドレイファスは眠ったらだめだといって、医師とバドがフランの両手をふたりの肩にかけさせ、部屋の中を、一二、一二と号令をかけて歩かせ続けます。
その物音に悩まされたという大家さんのおばさんにあとで皮肉をいわれます。バドはこのときもいいわけをせず、謝ります。
最後の最後になって、フランがバドの優しさに気づき、バドに微笑みかけるのです。
直近に見たときは、バド、よかったなぁと思い、胸が熱くなりました。
こんないい映画、なかなかないです。私が好きな映画のトップにしてもいいです。これ以上の映画はなかなかないだろうなぁ。