期待されるイメージのまま生きた高倉健

世の中には「夢を売る仕事」があります。映画俳優はその代表格といえましょう。その後に登場したテレビが国民の娯楽となり、映画は衰退しました。

今は、ネットの動画共有サイトYouTubeが隆盛となり、映像表現が身近になりました。それに相対して、映画やテレビに出演する人が憧れの対象となる比率は低下しています。

これから書くことは、まだ何とか映画が、現実世界を離れた夢の空間と信じられていた半世紀ほど前の話です。

朝日新聞土曜版で映画監督の山田洋次1931~)が担当する「山田洋次 夢をつくる」というコラムがあることは本コーナーで何度となく書きました。山田はほかの執筆者と交代で、3回に1回の割合で担当します。

その27回目が今月16日にありました。その回に語られたのは、1977年に公開された『幸福の黄色いハンカチ』です。テレビで何度も放送されていますので、見たことのある人が多いでしょう。

本作では、高倉健19312014)と倍賞千恵子1941~)が主演しています。

『幸福の黄色いハンカチ』 デジタルリマスター 予告篇

あなたは高倉健という俳優にどんなイメージを持ちますか? 若い世代はこのように訊かれても、接点が少ないため、旧い映画が好きでなければ、具体的なイメージは持てないかもしれません。

高倉健は多くのヤクザ映画に出演しています。私はその種の映画を見ないため、その分野の高倉についてはわかりません。

「高倉健生誕90年/『日本侠客伝』予告編一挙」東映京都俳優部サイドメニュー特別篇

後年は一般的な作品にも出演しています。本作の高倉がそうですが、武骨で寡黙な男のイメージです。髪形はいつも同じで、贅沢とは無縁な印象です。

山田監督のコラムは、『幸福の黄色いハンカチ』に高倉に出演してもらおうと考え、おそらくは、初めて高倉に会った時のことが語られています。

高倉とようやく連絡がついた山田は、東京・赤坂にある古い旅館の畳の部屋で高倉の到着を待ちます。映画監督と映画俳優とはいえ、作品の分野が違います。高倉の到着までの間、山田監督は、いろいろに思案したでしょう。

高倉は誰も連れず、ひとりで現れます。スクリーンから受けるイメージそのままに、高倉は律儀で、畳に正座して山田と向かい合ったそうです。

山田は、すでに書いたように高倉とは活動する分野が違うため、共通の話題を持ちません。そこで、これから作る作品のストーリーを、15分から20分ほどかけ、高倉に聴いてもらったそうです。

話を聴く高倉の様子は書かれていませんが、何となくイメージできます。高倉の表情まで。

話を終えた山田が「こういう映画に出演していただけませんか」というと、高倉は、余計なことはいわず、「私はいつ身体(からだ)をあければいいのですか」と山田に尋ねます。

山田は「5月か6月というところでしょうか」とかなりいい加減に答えると、高倉は「わかりました」とだけいって一礼し、立ち上がって部屋を出て行ったそうです。

なんだか、高倉が主演する映画の一場面のようではありませんか。

狭くて暗い玄関で靴を履いた高倉は、「山田さん、今日は嬉しい日です」といって、きちんと礼をし、表に出たそうです。

山田は、高倉が自分の作品に出演することを了解してくれたのだと感じます。

高倉は、宿の表に停めてあった車に乗り込みます。車には誰もおらず、高倉がひとりで運転してきたことがわかります。

その車は、濃紺の地味な国産車です。山田は、その車に高倉が乗ってきたことを知り、内心驚いたでしょう。高倉は当時、東映の大スターです。欧州の高価な車に乗っているだろうと想像していたからです。

高倉がその車に乗っていたのはそのときだけでなく、撮影が始まってからも、撮影現場にはその車を運転してきたそうです。

そのときの印象が強かったため、つい最近まで半世紀ほど、山田は高倉が車に興味のない人だと考えていました。

実際には違うことを、俳優の小林稔侍1941~)に教えられます。

小林は高倉と兄弟のように仲良くしたそうです。その小林と山田が食事をしたとき、ふと、そのときのことを話すと、小林が笑い出します。

小林が当時のことを思い出し、次のような話を聴かせてくれます。

おい、稔侍、山田監督に会うから国産車を一台買ってきてくれ、というので知り合いのディーラーに相談して、色だけは濃紺という注文だったので、その車を届けたことがあります。

ここまでして、高倉は自分に持たれているイメージが崩れないよう配慮していたというエピソードです。

同じような努力をする人に、女優の吉永小百合1945~)がいます。昨年12月でしたか、山田監督の作品に出演する吉永と山田監督を追ったドキュメンタリーがNHKで放送されました。

その作品で、吉永が初めて老人の役を演じるということでした。

撮影の合間、山田が吉永について、吉永が老人を演じることに苦労しているというような話をしました。

吉永も自分に持たれているイメージを崩さないよう、長年努力してきました。どれだけ歳をとっても、それが顔や姿に出ないようにするため、歳相応に歳が取れないというような意味合いです。

いつでも夢を

このところは、ロサンゼルス・ドジャース大谷翔平選手(1994~)を巡る問題が世間を賑わせています。

野球選手も、芸能人ほどではないものの、今はイメージが大切です。それを創り上げるのも守るのもマスメディアです。

マスメディアによって作られたイメージがすべてと思ってはいませんか? 案外、裏で、彼は舌を出しているかもしれません。

気になる投稿はありますか?

  • 『エイジ・オブ・イノセンス』は星三つ『エイジ・オブ・イノセンス』は星三つ 『エイジ・オブ・イノセンス 汚れなき情事』(1993)という米国映画があります。ご存知ですか?  私は米国の映画をよく見るほうだと思いますが、旧い作品が好きということもあり、本作を知りませんでした。 監督はマーティン・スコセッシ(1942~)ですね。スコセッシといえば、私が好きな『タクシードライバー』(1976)の監督です。名前からわかるように、イタリア移民の家 […]
  • 伊丹十三を取り上げた番組を見たけれど伊丹十三を取り上げた番組を見たけれど 今月10日午後から14日の昼頃にかけ、私が使うインターネット回線が途切れ、使えなくなったことは本コーナーで書きました。 https://indy-muti.com/49963/ 原因は、光ファイバー回線が物理的に断線したことです。それが起きたのが三連休の初日であったことが結果的には災いし、復旧までに時間を要すことになりました。 空き時間ができれば、ネッ […]
  • 今のテレビ界を象徴する漫画家の死今のテレビ界を象徴する漫画家の死 漫画の神様といわれた手塚治虫(1928~1989)が、テレビアニメを嫌っていたことはご存知でしょうか? たしか、そういう態度であったと記憶しています。 日本のテレビアニメが手塚の「鉄腕アトム」で始まったことを思うと、逆のような気もするかもしれません。しかし、手塚はテレビアニメを嫌っていたのです。 理由は何となく理解できます。 日本のアニメの長寿番組に「サザ […]
  • 岩下志麻が娘を演じた『秋刀魚の味』岩下志麻が娘を演じた『秋刀魚の味』 今年が小津安二郎(1903~1963)の生誕120年ということで、小津の誕生月である12月に、NHK BSとBS松竹東急で、小津の後期作品が立て続けに放送され、それをすべて見て、本コーナーで取り上げることをしてきました。 https://indy-muti.com/48347/ その最後となる八作目が昨日、NHK […]
  • 人間の度量を量る映画人間の度量を量る映画 数日前、録画しておきながらなかなか見ることができなかった映画を見ました。 このところは、生誕120年を記念して放送された映画監督・小津安二郎(1903~1963)の後期作品七作品を放送された順に見て、本コーナーで取り上げることをしました。 https://indy-muti.com/48347/ それが、なかなか見られなかった理由となります。 見 […]