現状のYouTubeが嫌になってきた

本コーナーで何度も書いているように、私は昨年末、ふと思いついて、一年半ほど休止状態だったネットの動画共有サイトYouTubeの自分のチャンネルを活動させることを始めました。

こういうことを始めれば、YouTubeの運営について「アドバイス」してくれる動画に興味を持ちます。

その結果、同種の動画をいくつも見ました。しかし、そのピークが過ぎた今、今後はその種の動画を見ないようにしようと決めました。

それらの動画を作っている人は、いろいろなことを他人に教えたがる傾向を持つのでしょう。そのために、いろいろな視点から「アドバイス」する動画を作り、いずれもが、それなりの「需要」を得ています。

また、実際、それらの動画を参考にして、それぞれの人が持つYouTubeチャンネルの登録者や視聴者を増やすことに「成功」できた人もいるでしょう。

考えてみると、この考え方が、私の考え方とは違います。

私は2008年7月21日に自分のYouTubeチャンネルを持ちましたが、当時は、YouTubeチャンネルを持つ人が、それぞれの人のチャンネルの動画の再生に比例する収益というものがなかったように記憶します。

それぞれの人は、ただ単に、動画という表現に興味を持ち、その興味によって動画を作り、YouTubeに上げていただけでしょう。

私は昔から映像というものに強い興味を持っています。それは今も変わりません。ネット環境が整い、YouTubeというプラットフォームができ、そこで、個々人が勝手に作った動画を公開できるようになりました。

私が趣味で8ミリ映画を撮っていた頃は、現像から戻ってきたフィルムは、家族に見てもらうだけでした。そして、それだけで喜びが味わえました。

それが、YouTubeができたことで、不特定多数の人に自分の動画が見てもらえるようになりました。

正直いって、私はYouTubeを始める前、相当迷いしました。見知らぬYouTube配信者に混じってうまくやっていけるだろうかと。それがなければ、もっと早くチャンネルを作っています。

それ以前から、私は映像好きであったため、自分のサイトのサーバに、自分が作った動画を上げ、自分のサイトだけで動画の公開をしていました。

これだったら、何となく、自分の動画を管理できそうに感じました。しかし、YouTubeは「他流試合場」のように思え、そこで自分の動画を「闘わせる」のはどうだろう、と考えたのです。

ともあれ、そんな感じでYouTubeに自分のチャンネルを持ちました。その後、YouTuberなるものが生まれますが、収益化がそれを生みました。

ここから、YouTubeへの人々の対応が大きく変化したように感じます。

YouTubeに自分のチャンネルを持つのであれば、多くの人に動画を見てもらい、その結果として、収益を得たいと。

このことによって、YouTubeチャンネルを伸ばすためのノウハウを教えるチャンネルの需要が生まれました。

私はといえば、自分のチャンネルを開設以来、収益化の条件に達したことは一度もありません。しかし、そのことに躍起になったことも一度もありません。

収益のためにYouTubeチャンネルを開設したのではないからです。

そんな私から見ると、チャンネルの登録者や再生回数を伸ばせといっている人たちは、いい学校に入りたかったら、こんな受験テクニックをマスターしろ、といっている人たちと重なって見えます。

このような人たちにとっての「学習」は、いい学校へ入るためのものなのでしょう。

そこには、「学習」することの喜びはないように感じます。

人が何かに興味を持ち、それをもっと深く知りたいと思えば、誰に尻を叩かれなくても、自分で学ぼうとします。それは、ただ単に、自分が知らないことを知りたいという欲求からです。

それを知ったことで、何かを得したいとは考えません。

「天才」とは文脈を超える存在なので危険だから「箱」に入れておく必要がある。だが、しかし

ところが、ノウハウを授けたがる人は、損得が先にあり、その手段として学習させるように見えます。それは、学ぶことに純粋な喜びを持つ人には通用しません。

そういう人たちは、もしも、YouTubeが消滅したら稼ぎ口をなくすでしょう。

一方、ただ単に、動画を撮ったり作ったりすることが好きな人は、YouTubeがなくなっても何も困りません。ネットに適当なサーバを借りて、そこへ上げればいいだけだからです。

ここに上げた両者には大きな開きがあるように感じます。

そして、今の「YouTube界隈」は、動画作りそのものを楽しむ人よりも、それによって何かを得たい人が圧倒的に多いように感じます。

もうすでに、YouTubeは、かつてのテレビ業界のようになってしまったのかもしれません。

テレビ業界も、それが誕生した頃は、純粋に、映像作りの楽しさを味わいたい人が集まったでしょう。

それが、視聴率至上主義が力を持って以降は、常に視聴率を気にし、少しでもその数字が上がるような番組作りに変貌していきました。

そのテレビ業界が今、どのような状況にあるかは説明するまでもないでしょう。

同じ「病巣」がYouTube界隈にも表れているといいたいのです。

YouTubeの動画を見たり、YouTubeに自分の動画を上げるのが、だんだん嫌になってきました。テレビ業界の視聴率競争に自分も加わされているような気分になるからです。

動画が好きな人が、好きで作った動画を上げるだけのような、のんびりしたプラットフォームがYouTube以外にできるといいのですが、その気配はありません。

ないのであれば、また、自分の「巣」に戻り、本サイトのサーバに自分の動画を上げ、本コーナー経由だけで動画の投稿をしようかと考え始めました。

私は昔から、他者と競わされるのを何より嫌いました。

誰かと競って動画を作るのであれば、動画作りの楽しさは味わえません。動画作りは、個人的な楽しみによって生まれるものだからです。

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