今年は映画監督・小津安二郎(1903~1963)の生誕120年の年にあたります。それを記念し、小津の誕生日であり命日でもあった12月12日から、小津作品がNHK BSとBS松竹東急で放送が始まりました。
本コーナーの前々回と前回は、12日にNHK BSで放送された小津の代表作『東京物語』(1953)について書きました。
昨日は、12日にBS松竹東急で放送されたのを録画してあった『晩春』(1949)を見ました。これまで、本作は見たことがないように思います。
私が使っているレコーダーは、録画済みのファイルから、選んだ部分を消去できる機能がついています。それを使い、あらかじめコマーシャルの部分を消去してから見ました。
主演には、後期の小津作品の看板俳優である笠智衆(1904~1993)と原節子(1920~2015)を起用しています。
本作では、笠が演じる大学教授と、原が演じるひとり娘の感情を描いています。
面白いのは、ふたりの役名が『東京物語』と同じことです。笠の下の名は「周吉」で、原も『東京物語』と同じ「紀子(のりこ)」です。
小津は気に入った名前があると、それを別の自作で使用する「癖」があります。本作の紀子の学校時代の同級生として「アヤ」が登場しますが、『麦秋』(1951)の紀子の親友も「アヤ」といった具合にです。
本作と『麦秋』、『東京物語』で原が演じたヒロインの名はすべて紀子で、この三作品は「紀子三部作」とされるそうです。
『東京物語』と同じ紀子ですが、『東京物語』の紀子とはかなり印象が違います。
本作について書かれたネットの事典ウィキペディアにはオリジナルポスターの画像があります。そこには、原が演じる紀子が和服姿で大きく描かれています。
本作には、ポスターに描かれたシーンは登場しません。原が和服姿になるのは、茶会に参加した時ですが、それでも、ポスターにあるように、外でこのように佇むシーンはなかったように思います。
ポスターの紀子を見たあと本作を見ると、ギャップを感じるかもしれません。
小津は原節子に出会い、おそらくは彼女に惚れ込んで、原のために作品を作るような気持ちがどこかにあったかもしれません。結果的にはそれで成功した面が少なくありませんが、本作に関する限り、別の女優を起用した方が、自然な作品に仕上がったように個人的には感じました。
一口でいって、原の顔の造形は「バタ臭い」です。眼も口も表情豊かで、それはそれでいいのですが、内面の細やかな演技をさせるには向かない面がなくもないように感じます。
体も華奢(きゃしゃ)でありません。
紀子がひとりで銀座へ出かけた際、周吉の友人の小野寺にばったり出会うシーンがあります。小野寺は紀子に出会うなり、「紀ちゃん、少し太ったんじゃないか?」といいます。
たしかに、演じる原は、ほっそりしているようには見えません。
こんな、原が演じる紀子が、笠演じる父の周吉を愛しています。それだから、父をひとり残して自分は嫁にいけないと心に固く誓っているところがあります。
器量に恵まれ、良縁が持ち込まれますが、紀子がそれを拒否していることで、周りの人間が紀子の行く末を案じます。
中でも、周吉の妹のまさが紀子の縁談話に積極的です。紀子の伯母を演じるのは杉村春子(1906~1997)です。杉村は『東京物語』では、平山周吉の長女を演じています。
どちらも、周吉にはざっくばらんに接する役柄で、杉村が達者に演じています。
本作の周吉は、娘が良縁に結ばれるよう、紀子に「一世一代の嘘」をつきます。嘘を信じた紀子は、父に裏切られたと思い、父に反抗的になります。
紀子が周吉を睨むシーンがあります。バタ臭い顔の彼女が強い眼力で睨むと、小津が意図した以上に迫力が増してしまったように感じます。
「腕力」でも、笠の周吉は、原の紀子に敵いそうもなく見えます。
『東京物語』は見ていて胸が締め付けられる思いでしたが、本作は淡々と見ることができました。もっとも、現在、紀子と同じ思いをする女性が本作を見たら、まったく違う感情になるかもしれませんけれど。
終盤、紀子が和式の婚礼衣裳に身を包みます。その「角隠し」が、ただでさえ大きいところ、原のそれは「巨大」に見えてしまいます。部屋が狭いこともあるでしょうか。
モーニングを着た周吉が、終始にこやかに紀子に送り出します。湿っぽい素振りを見せません。成人男性のあるべき姿を見た思いです。
作品は変わっても、笠が演じる人物は、喜怒哀楽を表に出さず、淡々と生きているように演じられています。
その笠が、本作のラスト、家にひとり残った周吉として、リンゴの皮を剥く演技をします。
それを剥き終えたとき、小津から号泣するように演技の指示をされます。笠は驚き、「それはできない」と監督に答え、小津も結局はそれを認めたというエピソードが残っています。
小津の指示通り、ラストで周吉が号泣していたら、見終わった観客にどのような余韻を残したでしょうか。
父と一緒に暮らしていることが楽しい。これ以上の楽しさが結婚で得られるとは思えないという紀子に、周吉が考える結婚のありようを話して聞かせるシーンがあります。
笠の長台詞には、小津の想いが込められていたのかもしれません。そして、笠の口を使っていわせた台詞は、結婚を急ごうとしない原節子へ向けてだったと考えるのは考えすぎでしょうか。
結局のところ、原節子は生涯独身で過ごしました。そして、小津安二郎も独身を貫き、60歳の誕生日に世を去りました。
笠が本作で演じた周吉の設定と近い年齢でした。