2008/10/20 麻生太郎首相と“川筋者”

思惑が思惑を呼ぶ臨時国会が開会中ですが、始まって間もない7日の衆議院予算委員会でのことです。

その日の最後に質問に立ったのは国民新党の亀井静香代表代行でした。亀井さんが質問の冒頭で次のようなことをいいしました。

麻生太郎)総理ね、株価と一緒に、ドンドンね、(内閣)支持率が下がっていくという(今の)状況。しかしね。総理ね、そんなことで、自分よりも選挙に強い人に代わってなんて考えちゃダメですよ。あなたはきっちりと、ここで勝負をされる。それが、川筋者の気概じゃありませんか。

私はこのときの中継をPCで録画してありまして、それを再生させながら、亀井さんの発言をできるだけ忠実に書き起こしてみました。で、これを聞いたときから気になっていたのは、最後に飛び出す「川筋者(かわすじもの)」といういい方です。これはどのような者たちを指すのか知っていますか?

今の世の中ではあまり認知されていないためか、大概の単語や人名が載っているネット上の事典ウィキペディアにも、現時点では見当たりません。まあ、誰もが自由に編集できる事典ですから、誰かがそのことに気がついたなら、すぐさま載るでしょうが。ちなみに、私がネット上で自分の文章を載せるのは本サイト以外ありませんので、この事典の執筆に加わったことも、これから加わることも100%ありません。

ところで「川筋者」。私もこれまでこんないい方に出会ったことがなかったこともあり、正確な意味はわかりませんが、何となく雰囲気は感じます。あ、そうでした。まったく見聞きしたことがなかったわけでもありませんでした。

前回本コーナーを更新した際参考にした、宮崎学さんがヤクザの成り立ちなどについてお書きになった本の中にこの「川筋者」についても登場していたのでした。

ということで、その部分を本で確認しながら書いてみます。

近代ヤクザの原型とされる人物に吉田磯吉という男がいるそうです。生まれたのは1867年といいますから、今から150年ほど昔になります。同年、外国ではスエズ運河を最初の船が通過し、パリでは「パリ万国博覧会」が開かれています。また日本では、「ええじゃないか」が起こり、暮れには坂本龍馬らが暗殺される近江屋事件が起きています。

そんな年に、吉田磯吉は誕生しているわけですが、生まれたのは福岡の遠賀(おんが)群というところです。関東で生まれ育った私にはそれが福岡のどの辺りに位置するのかもまったくわかりませんが、それはともかく、吉田の家は、元々は伊予松山藩勘定奉行の家柄だったそうです。

勉強不足で、それがどんな仕事なのかよくわからなかったりしますが、「勘定」とあることから、お金にまつわる仕事なのかと思います。にわか知識によれば、これは江戸幕府の仕事のひとつで、現代の財務省総務省の役人ぐらいに考えればそう遠くないのでしょうか。

磯吉が生まれる頃には、祖父が脱藩して福岡の地に流れ、また、父親が早くに亡くなったこともあり、一家は貧困にあえぐ生活となっていたそうです。そのため、磯吉も甘えてはいられず、10歳になる前から丁稚奉公に出され、そのあとは、行商などをして一家の家計を支えたそうです。

ここまでは、「川筋者」には直接結びつかないようなことを書いてきましたが、お待たせしました、それにつながる職種に磯吉が就きました。磯吉16歳のときです。その頃までに、時代は江戸から明治へと移っていました。

遠賀郡を遠賀川(おんががわ)という川が流れているのだそうですが、磯吉はその歳、川を行き来するひとり乗りの「川ひらた」という舟の船頭になります。

【本日の豆追記】:本コーナー前回更新分の最後では、『新潮45』の特集「麻生太郎は暗殺されるのか」について触れていますが、読んでみましたところ、私が想像していたのとはまったく違うことが書かれていました。詳細は雑誌で確認してもらうことにしますが、一点だけ、その中に書かれているある事件について書いておきます。私はそういう事件があったことさえ記憶にないのですが、今から4年前の2004年の3月1日未明、麻生さんの秘書官を務める人物の自宅の玄関先が何者かによって銃撃されているそうです。犯人はまだ捕まっていません。で、上の地図をそれとなく見ていたところ、その特集に出てくるある団体が地図の中にあることに気がつきました。麻生さんの選挙区もここからそう遠くはなかったのですね。

当時の日本はといえば、今の石油や原子力がまだ使われていなかった時代で、石炭が唯一ともいえる国家のエネルギー源でした。それを採掘するための炭坑が全国各地にあり、九州の筑豊炭田はその一大生産拠点となっていました。

この炭坑で掘り出された石炭のほとんどは遠賀川を行き来する舟によって河口の港まで運ばれたそうですが、そうした舟の数は8000を超えたと宮崎さんは書いています。

舟さえ手配すれば次の日からでも仕事に就けるという点では、前回書いた解体業や港湾業で仕事をする人にも通じる話のように思われます。

磯吉は、一匹狼のようにして単独で舟を走らせ、体ひとつ川風を切って日々過ごしたことでしょう。やがて、磯吉のように、川で生きる男や流域の炭坑、港湾などで働く命知らずの男たちの気風を「川筋気質(かわすじかたぎ)」と呼ぶようになります。また、そうした男たちを「川筋者」と称するようになったということです。

吉田磯吉は、荒くれどもを束ねる度量を備えていたのでしょう。25、6歳頃には同業者数百人を子分に従える親分になっていたそうです。

麻生太郎首相はお坊ちゃま扱いされていますが、家系図を辿ると、九州の福岡にたどり着きます。首相に決まったあとに新聞に載った系図のある記事を切り抜いて取ってあり、それを確認すればいいのでしょうが、今はちと面倒ということであとに回しますが、おそらくは炭坑に関わることで麻生家は財力をつけていったのであろうということで、掘り出した石炭を運搬する「川筋者」との付き合いもあったに違いありません(家系図はウィキペディアにありましたですね→ 「麻生太郎>家系」 これを見ますと、麻生さんの先祖が遠賀郡に屋敷を築いたとありますね)。そして、そうした男どもと付き合い切れるだけの気風が麻生首相にも受け継がれ、それがあって、亀井さんが質問の冒頭で「川筋者の気概」を試したことになりそうです。

いわれてみればなるほど、麻生さんからは、お坊ちゃま育ちには似つかわしくない「べらんめい調」の雰囲気が漂わなくもありません。おそらくはそれこそが麻生さんに備わったDNA(デオキシリボ核酸)なのであり、それが今の麻生さんを形作っているともいえましょう。

ならば、とここで麻生首相に、体ひとつで事業を興した吉田磯吉の如く、持って生まれた「川筋気質」で人心を手際よく裁いて見せて欲しいところです。

とりあえずは、公明創価の思惑の裏をかいて、衆院の解散時期を来春頃に設定してみましょうか。

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