2006/01/01 ダルデンヌ兄弟監督の『ある子供』

年も押し詰まった昨日、私はかねてから見たいと思っていた映画を見てきました。現在、東京の恵比寿ガーデンシネマ(恵比寿ガーデンプレイス)ほかで先行ロードショー中の『ある子供』2005年ベルギー/フランス 95分)です。

監督は、ジャン=ピエール(兄)とリュック(弟)のダルデンヌ兄弟です。ベルギーの監督で、作品の舞台となったのもベルギーの町・セランです。なお、この町はダルデンヌ兄弟監督が育った町でもあるそうです。

映画は、女主人公のソニア(デボラ・フランソワ)が生まれたばかりの赤ん坊を抱えて、自分のアパートへ戻ってくるところから始まります。愛するダーリンであるブリュノ(ジェレミー・レニエ)が自分の帰りを待ってくれているはずです。

ところがなんと! ドアの向こうには見知らぬ男女がいるではありませんか。おまけに、ソニアを邪魔者扱いします。パニック状態のソニアは、自分を守るため、そして何より生まれたばかりの赤ん坊を守るため、必死に中に入れてくれるように頼みます。しかし、頑として拒否された彼女は、若きダーリンの行方を捜しにアパートをあとにします。

若いカップル。ブリュノは20歳、ソニアは18歳。その二人にベビーが生まれたのです。

「愛すべき赤ん坊が生まれたというのに、男は一体どこで何をしているんだ?」。そんな“世間一般の常識”はブリュノには一切通用しません。彼は、現代の日本でいえば“下流”の世界に生きています。全くのその日暮らし。

彼はワル仲間の兄貴格で、年下の仲間と引ったくりをしては、それを金に替え、生活費に充てているのですから。ソニアが出産のために空けた部屋も、その間だけ他人に貸して金儲けするというしたたかさです。

そんな彼にソニアは、もっと安定した仕事に就くよういいます。が、ブリュノはといえば、「あんなクズどもと一緒に働けるか!」と相手にしません。

作品の中には、ごくごく当たり前に働く人々が“脇役”として登場します。警察官、医師、看護師などなど。どれも立派な仕事です。そこまで望まないまでも、食っていくのに困らないような仕事は世の中にいくらでもありそうです。ましてや、ブリュノはまだ20歳です。やり直しはいくらでもできそうです。

だのに、ブリュノは“普通の仕事”には就こうとしません。彼の場合、「就けない」のではなく、自分の意思で「就かない」ように私には映ります。ベルギーでは、日本で今流行のように使われている“下流”といういい方は通用しないのかもしれませんが、社会の中心から外れて生きることに、ブリュノという若い男は何かしら誇りのようなものを持っているようにさえ私には感じられます。

いえ、感じ方は十人十色どころか“百人百色”で、同じ作品を見ても、受け取り方は私と180度違う可能性がありそうですが、、、。

そんなブリュノに、ある儲け話が持ち込まれます。その女がいうことには、「世の中には、望んでも子供のできない夫婦がいる。そんな彼らに子供を譲ればいい金になる」とのことです。さすがにワルのブリュノも、自分の子供を売ることには躊躇し、その場はその話を断ります。

しかし、「自分たちは若いんだから、これからいくらでも子供はできる。なら、最初の子供を金に替えたってバチは当たるまい。その金で楽しんじゃえ」と考えたかどうか、人身売買話に乗ってしまいます(!)。

18歳の若いママ・ソニアは、自分の分身のように愛情を注いでいた赤ん坊のジミーが金に替えられたことを知らされ、その場に卒倒してしまいます。無理もありません。彼女はそのまま病院に入院し、意識が回復したのちは、ブリュノの悪事を警察に通報します。

昨年11月21日放送の「クローズアップ現代」(NHK総合)では、ダルデンヌ兄弟監督に、新作も含め、彼らの描く作品世界について伺っています。

その回の放送を私はPC録画してあり、今それを見返したところ、番組の最後の締めとして、弟のリュック氏が次のような思いを語ってくれています。

クローズアップ現代「ダルデンヌ兄弟 若者へのまなざし」ほか 自作DVDレーベル

社会の底辺にいる人と向き合うことは、自分の良心を見つめることです。私たちの映画の見客には、(社会の規範から外れた)若者たちをクズだとか、動物園にいる動物だと見るのではなく、彼らも毎日、人間としての経験を重ねているのだと気づいてほしい。のどが渇いた人がいたら、残りわずかでも水を分ける。それが私たちの映画です。

作品中、私が印象に残ったあるシーンがあります。それは、ブリュノが自分の赤ん坊を手放したあとだったか、手持ち無沙汰から、水溜りでシューズを濡らし、走って白壁に自分の足跡をつけるシーンです。

彼は、1回目よりも2回目、2回目よりも3回目と高いところに自分自身の足跡を残そうとします。それはあたかも、足跡という目に見えるもので自分の存在を社会の中に確認し、それをより高めようとする行為であるように私には映ったのです。監督の意図するところはわかりませんがf(^_^;)

「クローズアップ現代」で知ったところでは、ジャン=ピエール、リュック兄弟は、生まれ育ったセランの町の発電所で働きながら映画を撮り始めたということです。その町は昔、鉄鋼業で栄えていたそうですが、より大きな力に飲み込まれてしまったのか、今ではすっかり活気を失ってしまっています。番組が伝えるところでは、セランの町の失業率は22%であるといいます。

そのため、学校を出ても仕事に就けない若者が増え続け、将来への希望を見出せない彼らの中には、アルコールや麻薬に走る者も少なくないようです。

一方、ベルギーの企業経営者は、労働者の20倍、30倍、40倍の高給を取り、また、そのことに対して少しも恥ずかしさを感じていない、とダルデンヌ監督はいいます。そうしていながら、仕事に就かない若者をクズ扱いするのです。

ソニアに絶交されたブリュノは寝るところにも困り、川原で段ボールの中に体を丸めて一夜を明かします。何かの拍子に、ブリュノがもぐり込んだ段ボールが川の中に転げ落ち、そのまま溺れ死んでも、“ひとつのクズ”として処理されてしまうかもしれません。

それぐらいギリギリのところで生きているのがブリュノというベルギーの若者です。

であっても、それを「どうだ!」と大げさには描くことはしません。ドキュメンタリー作品から始めたダルデンヌ兄弟監督の作風は、ドラマを撮っても、ドキュメンタリー・タッチが色濃く残っています。

仮の話、同じ話をもしも日本で制作したら、赤ん坊の表情をこれ見よがしにスクリーンに大映しにし、「赤ん坊ってこんなにかわいいのよ! なのに、、、」といった描き方をしたかもしれません。対して、ダルデンヌ監督は、ことさらそんなことはしません。赤ん坊のクローズアップ・ショットはひとつもなかったはずです。

それだからこそ、それを見る見客は日常レベルで感情移入することができ、ラストシーンで思わず胸を熱くすることができるのです。

正直に書いておきますと、私はそのラストシーンの少し前のどのシーンだったか忘れましたが、思わずこみ上げるものがありました。そしてラスト。エンドロールの最中、BGMなしの静かな館内に、どこからともなく女性のすすり泣くような声が耳に響いてきました。

私個人は、ソニアを演じたデボラ・フランソワに萌えてしまいました(^O^; 自分が産み落としたベビーをしっかりと抱きかかえる仕草が健気です。そして、不甲斐ないブリュノを真っ直ぐに見つめる眼差しもいいです。同じように演じられる日本の女優はいないでしょう、多分。

彼女だったら、一人でも息子のジミーを立派に育て上げることができるかな?

ということで、新年早々に見るには内容が少しばかり重めではありますが、正月の今の時期、騒々しいだけで中身のまったく伴わないテレビを見ている時間があるのでしたら、こんな作品を見に映画館へ足を運んでみてはいかがでしょうか?

ダルデンヌ兄弟監督が、あなたの中にあるはずの「良心」に気づかせてくれる、と思いますですよ。

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