井伏鱒二(1898~1993)に変わった題名の作品があります。
その題名は『「槌ツァ」と「九郎治ツァ」はけんかして私は用語について煩悶すること』です。お読みになったことはありますか?
私は今、その作品を含む井伏鱒二の『山椒魚・本日休診』を電子書籍版で読んでいます。表題作のほかに、今回取り上げる作品のほか、全部で九編の短編・中編の作品が収録されています。
私が使う、Amazonの電子書籍を読むために特化された端末Kindleが、2カ月ぶりぐらいに使えるようになったことを本コーナーで書きました。
その過程で、Amazon側の手違いなのかもしれないのですが、該当する電子書籍を無制限に読めるKindle Unlimitedのサービスを、3カ月間利用できるようになりました。このサービスの利用には、通常、1カ月980円が必要です。
井伏の作品は、有名な『山椒魚』(1929)を学校の教科書で読んだだけでした。その作品の内容を忘れていたので、もう一度読んでみようと、『山椒魚・本日休診』のサンプル版をダウンロードして読んでみたのでした。
その作品集がKindle Unlimitedに該当しているため、今回、サンプル版で読んだ続きを読んでいます。
その中に、今回取り上げる短編が含まれています。
本作は、何に分類するのか、私にはよくわかりません。作品の長さは短編です。書かれていることは、純粋な小説というわけでもありません。
不確かなまま書いておけば、井伏が育った土地で体験したことを、そのまま書いたように感じます。
井伏は、早稲田大学に入学するのに上京するまで、故郷で過ごしたでしょう。井伏が生まれ育ったのは、広島県安那郡加茂村粟根というところです。
ネットの事典ウィキペディアによれば、井伏の生家は室町時代までさかのぼれるような旧家で、代々地主だったようです。
父が5歳のときに亡くなっていますが、同じことが、今回取り上げる作品にも書かれており、井伏自身の環境がそのまま書かれているように思われます。
井伏は、父を「ととさん」(本作では、親の呼び方や人の名の呼び方をカタカナで書いていますが、私は平仮名に換えて書きます)、母を「かかさん」と呼んだそうです。
井伏が子供の頃、井伏のように両親を呼ぶ者はほかにいなかったようで、この呼び方は、井伏の生家特有のものであったかもしれません。
井伏が育ったところは田舎ですが、家の地位によって、子供が親を呼ぶいい方が異なったそうです。それぞれの呼び方を井伏が書いていますので、そのまま、紹介します。
- 地主の家:おっとさん おっかさん
- 村会議員や顔役の家:おとっつぁん おかかん
- 自作農の家:おとうやん おかあやん
- 小作人の家:おとっつぁ おかか
人の名前を呼ぶときも、階層を上から順に次のように呼んだそうです。
- 〇〇さん
- 〇〇つぁん
- 〇〇やん
- 〇〇つぁ
- 〇〇さ
その次に出てくる話は、井伏が子供時代を過ごした土地に実在した人の実話かどうかはわかりません。
村で村会議員をする人に「槌五郎(つちごろう)」という人がいます。その人は、子供の頃から「槌つぁ」と呼ばれ、成人して、議員になってからも同じように呼ばれたそうです。
当人は、もっと尊敬をもって呼ばれることを望み、不満に感じていたでしょう。
村長は「九郎治」という人で、村長をする彼は「九郎治さん」と呼ばれるそうです。
この九郎治村長から槌五郎が「槌つぁ」と声を掛けられ、馬鹿にされたように感じた槌五郎が、村長に反抗心を燃やし、村長を「九郎治つぁ」と呼ぶ様子などが描かれています。
これが本当に起きたことであれば、そのエピソードを紹介しながら、村で育った井伏が、用語について考える様子が綴られているといえましょう。
私は、ある程度の歳になってからは、父を「おやじ」母を「おふくろ」と呼び、父母を考える時も、頭の中でそのように呼ぶようになりました。
おふくろは1992年、親父は2000年に亡くなり、今は、両親を思い出すとき、頭の中で、おやじ、おふくろと呼んでいます。
いつの頃からか、日本では両親を「パパ」「ママ」と呼ぶようになりました。育った時代が違うため、私は両親をそのように呼んだことは一度もありません。
両親をパパ、ママと呼んで育った人は、自分が50歳、60歳になっても、両親がまだ健在であれば、依然としてパパ、ママと呼んだりするものでしょうか。
それとも歳相応に、「ジジ」「ババ」かな?
井伏は、父が6歳の時に亡くなったため、「ととさん」と呼ぶことはなくなりますが、母は、本作を書いた頃まで健在で、田舎で暮らしていると書いています。
ほかの家と違った呼び方をするのを恥ずかしく感じ、人前では使わなかったようです。
井伏は生家に戻った時、母には「ただ今、帰りました」と挨拶する、と書いています。
親は、我が子に呼ばれるのなら、なんと呼ばれても嬉しいものでしょうか。
井伏の母は、自分を「かかさん」と呼ぶのを息子が恥ずかしがっていることをわかり、家に戻った息子には「おお、鱒二、よう帰ってきたな」とかいったりしたでしょう。