世に小説は数限りなくあります。その中で、一人称でなく、三人称でもない小説は少数派ではなかろうかと思います。残るのは二人称で書かれた小説だからです。
「僕」や「私」でなく、「彼」や「彼女」、あるいは誰かの名前でもなく、「あなた」と書かれた人の眼で見る話が綴られることになります。つまり、読んでいる当人の眼で見る話になります。
読んだばかりの阿刀田高(1935~)の短編集『消えた男』(1995)に二人称で書かれた作品があります。『自殺ホテル』というのがそれです。
書き出しは一人称で、「私」が旅先のベッドで目が覚めたところから始まります。誰でもそうですが、夢を見ているときは、それが夢だと知らずに見ています。目覚めてから、それが夢だったことに気がつきます。