Amazonの電子書籍版でポイントが多く還元されたキャンペーンのときにまとめ買いした村上春樹の12作品と、それとは別に買い求めた彼の作品3作品、あわせて15作品を出版順に読んできました。その15冊目となる『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(2011)を読み終わりましたので、これもまた、自分なりの感想めいたことを書いておきます。
本のタイトルそのままの内容で、日本を代表する世界的な指揮者の小澤征爾(1935)と村上がクラシック音楽を中心にじっくり対談しています。
この手の本は、第三者が企画を立て、その企画にのって対談の場が設けられることが多いですが、本作の場合は、個人の付き合いの延長で本にまとめられています。
小澤が「あとがきです」に書いていますが、小澤の長女の小澤征良氏(1971)が、村上の妻、陽子氏と大の友達なのだそうです。その縁で、クラシック音楽とジャズを専門的に聴く村上と出会い、初めて会ったとき、京都・先斗町(ぽんとちょう)の横丁にある小さな飲み屋(食いもの屋)で話が弾み、それではということで、本にまとめることを前提に、何度かに分けて小澤が村上に話をしています。
その時期、小澤は大病をし、仕事から離れていたことが幸いした形です。
私はどんなジャンルの音楽も、自分が気に入れば聴き、楽しむことを昔からしています。ですからクラシック音楽も聴きますが、素人が思い出したように聴くだけで、本書で語られているようなことは、初めて聴くようなことばかりでした。
小説家というのは個人事業者のようなものです。すべてを自分の責任においてしているため、我の強い人が多い印象です。村上も我は強いでしょうが、小説家らしからぬほど(?)、その場の空気を読むことも厭いません。長い時間、小澤の話に耳を傾け、自身でも知る限りのことを話していますが、一度もふたりの話がギクシャクする場面がありません。
個人的な要望をいわてもらえば、多少はふたりの考えが対立するようなことがあったほうが、読み物としては面白いのに、と考えることもないではありませんでした。
考えてみれば、村上が書く本業の小説にしても、登場人物たちが対立し、激しく口論するような場面はほとんどなかったと記憶します。
一人称の表現を好む村上が、自身を投影させたような主人公の「僕」もその傾向が強く、それが自分より力を持つような相手に対しては、どんな求めに応じます。たとえば、村上の代表作である『ノルウェイの森』(1987)では、「僕」が大学に入学して入った男子学生の寮に、ボス的存在の永沢という男がいました。
その永沢は我の強い男で、自分を唯一絶対と考え、周りの学生を馬鹿にしています。そんな永沢に、寮内で唯一認められた「僕」は、永沢に声を掛けられると、一緒に夜の街に繰り出し、女漁りにも付き合います。
主従関係の従に「僕」が徹しているようで、読んでいて個人的には歯がゆさを感じました。
同じ図式が、本作でも読み取れます。日本のクラシック界で押しも押されもしない偉大な指揮者とされている小澤に、村上は最初から最後まで、徹底して服従するようです。
逆らって小澤にへそを曲げられたら大変、という考えが村上にあったかどうかはわかりませんが、細心の注意を払って対談をする印象がどうしてもあります。
私は小澤征爾のことはこれまでほとんど知りませんでした。もちろん、世界的な指揮者であることは知っていますが、これまでに一度も、小澤が指揮した曲をレコードやCDで聴いたり、映像で見ることはありませんでした。
ある意味、レコードマニアの村上は、海外へ行く機会があると必ず中古レコードを扱う店へ行き、そこで何時間でも時間をかけ、めぼしいレコードを見つけることをしているようです。そのようにして収集したレコードが、村上の自宅にはあるのでしょう。
レコードに関しては、村上があからさまに権を感を見せる場面があります。「レコード・マニアについて」という章でその話が出てきます。
世の中にはマニアと呼ばれるレコードの蒐集家がいます。昔、そんな人の家に行った小澤は、その実態を知ります。その人がたまたまそうだったのかもしれませんが、評判の良いレコードをたくさん集めていながら、忙しさにかまけて、熱心に聴くことをしていなかったようです。
別のところで話していますが、小澤はこれまで長くクラシック界で活躍してきましたが、自分の演奏を録音したレコードさえ、じっくりと聴くことはなかったそうです。
その一方で、熱心にコレクションする村上は、自宅や仕事場で対談しながら、その対談のためのレコードやCDを再生し、ふたりで聴きながら、話を進めます。
同じ曲目のレコードを年代ごとに聴き分け、その違いを確認したりします。
おそらくは、そんな聴き方を小澤がしたのは生まれて初めてのことで、大きく変化した自分の指揮による演奏に、心から驚いています。
以前、村上が音楽について自分の考えを書いた『意味がなければスイングはない』(2005)を読みました。その中で、ピアニストの内田光子(1948)について書いています。
村上が書く音楽についての随筆を読んでいても感じますが、村上は思い込みの強いところがあるように思います。自分が一度でも認めたものは、誰が何といってもいい。それとは逆に、自分が認めないものは、どこまでいっても認めたがらない、といったところです。
村上は音楽のジャンルにも自分なりの序列をつけ、クラシック音楽とジャズを一番に考えるところがあります。そのジャンルでも、他の人があまり接しないような曲に良さを見つけ、自分だけのものとして、誰かに披露するのが好きなようです。
個人の趣味ですから、好きなようにすればいいですが、ときには、そんな決めつけを知って、面白くないと感じる人もいるでしょう。
『意味がなければ_』の中で、多くのクラシックファンにはあまり評価されていない(?)シューベルト(1797~1828)の『ピアノソナタ第17番ニ長調』の良さに自分は気がついた、というようなことを書いています。
それについて書いた音楽評論家の吉田秀和(1913~2012)の文章を引用しています。吉田はその曲が「苦手だった」と書き、続けて、CDで出たので聴き直すと、それまで気がつかなかったことに気がついたというようなことを書いています。
吉田が書く文章を評価する村上は、吉田の考えにも影響されているのでしょう。その曲に吉田は「心の中からほとあばしり出る『精神的な力』がそのままおんがくになったような曲」の考えに村上は大いに頷いた、と書いています。
その曲がさまざまなピアニストが演奏したレコード15枚を村上は手に入れ、これまで聴いて来たようです。その一枚に内田光子の一枚がありました。
内田の演奏を聴き、次のような感想を書いています。
彼女のシューベルトは、ほかのどのようなピアニストの演奏するシューベルトとも違っている。その解釈はきわめて精緻であり、理知的であり、冷徹であり、説得的であり、自己完結的であり、そういう意味では彼女の演奏は、 どこを切っても金太郎飴のように、内田光子という人間がそのまま出てくる。それは演奏家として、基本的に正しいひとつの姿勢であると僕は思う。だから結局のところ、彼女の演奏を取るか取らないかは、100パーセント個人の好みの問題になってくる。そして僕個人の好みを言わせてもらえるなら、僕は内田光子のニ長調の演奏を、最終 的には取らない。
村上春樹. 意味がなければスイングはない (文春文庫) (Kindle の位置No.780-785). . Kindle 版.
このあとに、村上が内田の演奏に納得できない理由を書いています。その上で、次のように書きます。
もちろん僕が書いてきたこれらの批判は、裏返しにすれば、そのまま称賛になりうるものだ。だから「内田のニ長調の演奏はまことに素晴らしい」と主張する方がいても、僕はその人を相手に論争するつもりはまったくない。繰り返すようだが、彼女のこの演奏は「取るか取らないか」のどちらかなのだ。
村上春樹. 意味がなければスイングはない (文春文庫) (Kindle の位置No.793-795). . Kindle 版.
こうしたところに、村上の思い込みの強さを私は感じます。
その内田光子が演奏するベートーヴェン(1770~1827)の『ピアノ協奏曲第三番』を第二楽章から聴いています。そのレコードをかける前、村上は「この第二楽章の演奏が何より好き」と話します。これは曲そのものが好きという意味でしょうか。それとも、内田光子が演奏する曲が好きなのでしょうか。
小澤はといえば、内田光子を非常に評価し、気に入っています。ようやく日本にも、こんな素晴らしいピアニストが誕生したか、と。手放しの絶賛で、病み上がりの小澤は、サイトウ・キネン・オーケストラと内田光子を協演させ、指揮する予定でした。残念ながら、体調が悪く、別の識者に委ねることになりましたが。
ピアノの独奏で始めるレコードの演奏が始まると、待ちきれないように、小澤は「音が実にきれいだ。この人って、ほんとに耳がいいんですね」と言葉を口にします。小澤は内田を「光子」とファーストネームで呼びます。
内田を絶賛する小澤に村上がどう対応するのかと思っていると、次のように応じます。
小澤(深く感心したように)「しかし日本からも、ほんとに素晴らしいピアニストが出てきましたね」
村上「この人のタッチはクリアですね。強い音も弱い音も、どちらもはっきり聞こえる。ちゃんと弾ききっている。曖昧なところがない」
小澤「思い切りがいいんです」
小澤征爾; 村上春樹. 小澤征爾さんと、音楽について話をする(新潮文庫) (Kindle の位置No.1086-1089). 新潮社. Kindle 版.
ここで、村上が内田で不満に思うことを率直に述べれば、最大限に評価する小澤との間で、興味深いやり取りが聴けたはずです。しかし、その場の空気を何より重んじる村上がそんなことをするわけがなく、つつがなく内田光子の演奏を聴くパートは終わります。
指揮のスタイルは、指揮者によって大きく異なります。小澤は、師匠の齋藤秀雄(1902~1974)にみっちり仕込まれたのか、体全体を使って指揮をします。それだから、肩や腰を傷めたりしたことがあるそうです。そして、ちょっと信じられませんが、一度は指揮中に小指を骨折した話をしています。
どうすれば、指揮中に指が骨折できるか、不思議に思われるでしょう。
それは昔の話で、マーラー(1860~1911)の『大地の歌』(1908)の指揮をしたときです。カナダ人のベン・ヘップナー(1956~)というテノール歌手が、指揮台の右側に立って歌ったそうです。
本番前の2日間の練習では、テノール歌手は譜面を手に持って歌ったそうです。それが本番のときは、両手を自由に使いたいからと、譜面台を使いたいといったそうです。
その歌手は体が大きく、譜面台も高くなります。しかも、それが客席に倒れたりしたら大変だということで、牧師が説教するときに使うような大きな演台にしたそうです。
ここまで書くと予想がつくかもしれません。指揮に夢中になっていた小澤は、ある場面で強く振った時、小指が譜面台の下にひっかかり、骨折してしまったのです。
途中で演奏を放り出すわけにもいかず、我慢して30分以上指揮棒を振り続けたところ、終わった時には大きく腫れ上がっていました。演奏が済むと病院へ直行し、すぐに手術を受けたそうです。
小澤は世界的な指揮者であるにも拘らず、ざっくばらんに話されている印象です。それだから、海外へいったとき、小澤が「カラヤン先生」と呼ぶヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~1989)や、小澤が「レニー」と呼ぶレナード・バーンスタイン(1918~1990)にも可愛がられたのでしょう。
村上に、本業のクラシック以外ではどんな音楽を聴くかと訊かれ、小澤は話の途中で、意外なことを話しています。
森進一(1947~)の『港町ブルース』(1969)とか、藤圭子(1951~2013)の『夢は夜ひらく』(『圭子の夢は夜ひらく』〔1970〕)とかね、カセットで持っていて、ボストンとタングルウッドのあいだを運転するときによくそれを聴いていました。ちょうどベラ(妻 入江美樹〔1944~〕)と子供たちが日本に帰ってしまった頃で、一人暮らしで、日本がめちゃ恋しくて。落語なんかも暇があれば聴いていました。志ん生(古今亭志ん生 5代目〔1890~1973〕)とかね。
小澤征爾; 村上春樹. 小澤征爾さんと、音楽について話をする(新潮文庫) (Kindle の位置No.3554-3556). 新潮社. Kindle 版.
こういうざっくばらんさが村上には欠けています。小澤がこのようにオープンに話せるのは、自分がやっていることに自信がある現れです。そういうことでいえば、村上はまだ自分に自信が持てていないことになりましょうか。
個人的な話をしますと、私は今、ネット音楽配信のSpotify(スポティファイ)で3カ月間限定の有料会員になっています。それが切れるのは12月はじめですが、通常は1カ月980円かかるところ、3カ月で300円(だったかな?)で利用できるキャンペーンがあったからです。
それを毎日利用していますが、数日前、お勧めにあった1枚のアルバムを聴き、とても気に入りました。アーティストを確認すると、ニーナ・シモン(1933~ 2003)という黒人のシンガーです。私はこのアーティストは知りませんでした。
私が聞いたのは”Little Girl Blue”というアルバムで、今、私のお気に入りで、毎日聴いています。
本書が文庫本化されるとき、季刊『考える人』2013年秋号に掲載された村上が書いた「厚木からの長い道のり」が収録されています。
日本にいた小澤に、村上が大西順子(1967~)というジャズ・ピアニストのラストコンサートがあることを話すと、好奇心の旺盛な小澤が「おれ、それを聴きたい」といい、小澤の娘の征良に付き添いを頼み、聴きに行ったそうです。
村上は長い間大西順子の熱烈なファンだったそうですが、その大西が演奏活動から引退を表明し、最後の演奏をしたのが小田急線本厚木駅近くの商業ビルの5階にある小さなジャズクラブだったそうです。
狭い空間にすし詰め状態になって2時間ほどの演奏を聴き、大西が現役生活に別れを告げると、小澤が立ち上がり、「おれは反対だ!」と叫んだそうです。
そのあとの顛末も含めて村上が文章にしていますが、それを読むと、こちらが恥ずかしくなるくらい小澤を持ち上げています。ああいうことは、さらりと書いた方が粋ではないでしょうか。
ともあれこれで、村上の15作品を読み終えました。
作品名 | 出版社 | 出版年月日 |
---|---|---|
風の歌を聴け | 講談社 | 1979年7月23日 |
1973年のピンボール | 講談社 | 1980年6月17日 |
羊をめぐる冒険 | 講談社 | 1982年10月13日 |
カンガルー日和 | 平凡社 | 1983年9月9日 |
ノルウェイの森 | 講談社 | 1987年9月4日 |
ダンス・ダンス・ダンス | 講談社 | 1988年10月13日 |
遠い太鼓 | 講談社 | 1990年6月25日 |
国境の南、太陽の西 | 講談社 | 1992年10月5日 |
やがて哀しき外国語 | 講談社 | 1994年2月18日 |
アンダーグラウンド | 講談社 | 1997年3月20日 |
辺境・近境 | 新潮社 | 1998年4月23日 |
スプートニクの恋人 | 講談社 | 1999年4月20日 |
アフターダーク | 講談社 | 2004年9月7日 |
東京奇譚集 | 新潮社 | 2005年9月18日 |
小澤征爾さんと、音楽について話をする | 新潮社 | 2011年11月30日 |
昨夜眠るまでの時間は、久しぶりに、岡本綺堂(1872~1939)の『半七捕物帳』の続きを読みました。こちらの『半七』も残りは、69話中7話です。