「和布刈」の読み方はわかりますが。読めて当たり前のいる人がいる一方、どう読むか分からない人がいるでしょう。私はなんとなく読めそうな気がしますが、自信はありません。
こんな質問から始めたことで、これから私が何について書こうとしているかわかった人もいるかもしれません。
「和布刈」は「めかり」と読みます。九州の玄関口、福岡県の門司(もじ)には、「和布刈神社」があります。この神社では、毎年、旧暦の元日未明に、「和布刈神事」が行われます。
福岡県に住む人はもちろんのこと、神事に関心を持つ人には、「和布刈」が身近に感じられるでしょう。また、これは俳句の季語にもなっているそうですから、俳句をたしなむ人も知っていると思います。
松本清張(1909~1992)が書いた長編作品に『時間の習俗』(1962)があり、これにこの神事が出てくることは知っていましたが、まだ読んだことがなかったため、読んでみました。
本作は、『旅』という雑誌に、1961年5月号から翌年の11号まで連載されています。前回の東京五輪の2、3年前に書かれた作品で、その時代の様子がわかります。
当時はまだOLといういい方はなかったのでしょう。その代わりに清張は、BGと書いています。ビジネス・カールの略ですが、結果的に定着しなかったようで、その後、OLで落ち着いています。
電話の「受話器」といういい方もまだ定着していなかったようです。といいますのも、本作に限りませんが、この当時清張は、その代わりに「送受器」と書いています。
また、当時の旅客機はプロペラ機で、搭乗できる乗客の数も少ないです。東京の羽田空港と福岡の板付(いたづけ)空港(現在は福岡空港)を結ぶ路線は、64人乗りでした。
しかも、途中、大阪の伊丹空港(現在は大阪国際空港)に一度着陸します。そこで降りる乗客を降ろし、そこから乗る乗客を乗せます。今はない飛行ルートですが、これは犯罪のトリックには使えそうです。
ほかにも、電報がまだ使われています。この頃は既に、東京と福岡の間に電話が開通していますが、料金が高いため、電報の需要はまだあったようです。
舞台は福岡県内と、事件が起きる神奈川県の相模湖周辺、そして、事件を捜査する合同本部が置かれる東京です。
事件を解き明かしていくのは、清張の出世作『点と線』(1958)で事件を解決に導いた二人の刑事です。東京の三原紀一と福岡の鳥飼重太郎です。『点と線』を読んだことがある人には懐かしく感じられるかもしれません。
アリバイのポイントとなるのが、相模湖畔で事件が起きた数時間後、和布刈神社で行われる和布刈神事です。
和布刈神事というのは、神社の神官3人が、神社の目の前にある関門海峡の潮が引いたとき、海へ入ってワカメを刈り取り、神前に供える行事です。真っ暗闇の中で行われる行事はおそらく神秘的で、毎年大勢の見物客が訪れるそうです。
見物客の中には神事の様子を写真を撮る人もいます。暗い中で行われるのですから、ストロボは必須です。
清張は写真を趣味にしており、機材にも通じていたでしょう。それだから、フィルムのトリックも仕掛けます。
清張は広島生まれですが、福岡の小倉で過ごしています。それだから、福岡の地理や伝承はお手の物でしょう。本作では、鐘崎も登場させています。
豊臣秀吉(1537~1598)が、朝鮮から鐘を持ち帰る際、鐘崎の沖の海に鐘が沈んだという話があるそうです。
刑事が訪ね歩く場所を、地図で辿るのも、清張作品の楽しみ方のひとつです。
犯行の動機やトリックに多少無理があるように感じられなくもありません。それでも、久しぶりに清張の作品に接し、それなりに楽しめました。