渡しに毎日現れる座頭の話

人それぞれに日々の習慣があるでしょう。私は、眠る前に本を読むのが習慣です。

このことは本コーナーで何度も書いていますが、私の生活時間は普通の人より、基本的には三時間ほどずれています。午前6時に起き、午後9時に眠る人を普通の人とした場合の時間感覚です。

つまり、毎日午前3時頃に起き、午後6時頃に眠る。これも日々の習慣になりますね。

そんなわけで、毎日午後5時台になると眠るための準備に入ります。午後5時半頃には布団に入り、読書を始めます。私は寝つきがいいので、30分持たずに眠ってしまうため、読書の時間が30分程度しか得られません。

最近は、岡本綺堂18721939)の短編集を読みました。

私は時代劇を見ないたちです。ですので、時代物も読んだことがありませんでした。ですので、テレビドラマになった「半七捕り物長」も見たことがなかったのです。

それだから、岡本綺堂のことも知りませんでした。

そんな私が、著作権が切れたことで、Amazonの電子書籍版で、綺堂の作品と意識することなく、ある短編集を無料で読みました。それが『三浦老人昔話』という短編集で、これが非常に面白く感じ、以来、綺堂の作品を好んで読むようになりました。

最近読んだのは、綺堂の『青蛙堂奇談』という短編集です。私はAmazonの電子版で綺堂の全集を読んだため、本短編集も読んでいるはずですが、それを忘れ、本短編集を再び読みました。

ちなみに、タイトルにある「青蛙堂」ですが、何と読むのかわかりますか?

本短編集の巻頭にあたる一話目に、「青蛙」について書いています。

「井の中の蛙(かわず)」はご存知でしょう。それを「井蛙」として号する人がいる、と書いています。「井蛙」は「せいあ」と読むそうです。

その「井蛙」を「青蛙」に換え、こちらも「せいあ」と読ませるそうです。

綺堂が本短編集を書いた頃、今の中国を「支那(しな)」といっていたようです。今はこれを使うのを禁じている(?)のか、「しな」と入力して変換しようとしても、「支那」は変換候補に出てきませんね。

ともあれ、今は青蛙堂を名乗る梅沢君が、4、5年前、支那から戻った人に土産としてある物をもらいます。それが、日本にはないような巨大な竹の根をくり抜いて作った大きな蝦蟇(がま)の置物です。

この蝦蟇は変わっており、脚が三本しかありません。失敗して三本になったのではなく、はじめから三本の脚に作られているのです

梅沢君はそれを気に入り、床の間に飾ると、それを見た別の支那通に、それが「青蛙」であることを教えられます。また、その蝦蟇は「金華将軍」とも呼ばれると教えられます。

梅沢君は一遍でその蝦蟇の置物が気に入ります。彼の俳号が「金華」であったからです。こんなことから、梅沢君は青蛙堂を名乗るようになります。

梅沢君はもとは弁護士をしていましたが、十年ほど前に看板を外し、今は、日本橋にある大店の顧問や、いくつかの会社で、相談役や監査役をして過ごしています。

この青蛙堂が、怪談好きに声を掛けて自分の家に呼び、ひとりずつ、怪談を披露してもらう催しを持つ仕掛けで、本短編集の怪談話が語られるというわけです。

トップバッターは、青蛙の由来を知る人の話で始まり、そのあと、11人ぐらいの話し手が話を披露します。つまり、11話ぐらいが本短編集に収められているということです。

話し手の名前は書かず、二番目の話し手は「第二話の男」といったように紹介するだけです。

その第二話の男の話は「利根の渡」です。

時代は享保の初年(1716)。関東平野を流れる利根川に、「房川の渡し」と呼ばれた舟の渡しがありました。

奥州街道日光街道の要所である栗橋の宿には関所がありました。

そこを過ぎて、舟で利根川を渡った先は古河の町です。その古河の岸に、ひとりの座頭が現れ、来る日も来る日も岸で佇むようになります。

座頭は三十前後で、顔は青黒く、口が少し歪んでいます。草鞋(わらじ)履きの旅姿をしており、岸に一日立ったまま過ごします。舟で向こう岸に渡ることをしません。

座頭は誰とも口をきかないため、毎日、どこから来て、どこへ戻るのか誰も知りません。それが、何日も続き、三年にもなります。

やがて、その座頭には目的があることがわかります。「野村彦右衛門」が渡しに現れるのを執念深く待ち続けていたのです。

座頭は誰にも心を許しませんでしたが、渡し小屋にひとりで暮らす平助という船頭をする老人が、大きな握り飯をふたつ、座頭にこしらえたことで、少しは心が通い合うようになります。

以来、平助は毎日握り飯を作り、座頭に渡すようになります。

そして、渡しの一日が終わると、座頭は平助が暮らす小屋で過ごすようになります。

平助は毎日一合の酒を飲み、そのまま眠ってしまう習慣です。そんな平助がある晩、夜半に目が覚めると、起きていた座頭が、消えかかった炉の灯かりを頼りに、あるものを一心に研いでいるのを目撃してしまいます。

それが、太い針のようなものです。それを見てしまって以来、平助は座頭に恐れのようなものを抱くようになるという話です。

座頭は何者で、その太い針を何に使うつもりなのか、先が気になるでしょう。気になった人は、本短編集は無料で読めますので、ご自分で読んで、顛末を知ってください。

文字で書かれた小説はいいです。自分の眼で文字を追うことで、物語世界が自分の頭の中に大きく広がります。この愉しみは、映画化やドラマ化された映像では得られません。

綺堂の本短編集にはほかにも面白い話がいくつもあります。ですので、本コーナーで別の話を取り上げるかもしれません。

今は、エドガー・アラン・ポー18091849)の『盗まれた手紙』1845)を半分まで読んだところです。

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