誰にも得手不得手があります。
私は昨年3月まで、時代物の小説や映画を不得手としていました。映画もテレビドラマも時代物は敬遠したため、人気ドラマの『水戸黄門』さえ、見たことがない有様です
外国物でも同じで、西部劇や歴史物は今も進んで見ることはありません。
この傾向が昨年変わりました。きっかけは、Amazonの電子書籍を介して、時代物を得意とする作家の作品に接したことです。
岡本綺堂の一連の作品です。私は昨年、綺堂の作品を読むまで、読んだことがありませんでした。それが一度読んだだけで綺堂の虜となり、今再び、綺堂作品に熱心に接しています。
綺堂は明治5(1872)年、東京・高輪にある泉岳寺近くで生まれ、昭和14(1939)年に66歳で没するまで、東京で過ごしています。
私は綺堂の作品に接したあと、『半七捕物帳』の作者であったことを知った有様です。
昨年3月10日、Amazonの電子書籍にある綺堂の『三浦老人昔話』を何気なく気になり、読み始めました。青空文庫で電子書籍化されたものが、Kindleの無料版で読めるようになっていたからです。
このあたりのことは、本コーナーで昨年3月に投稿しました。しかしその後、本サイトの独自ドメイン“indy-muti.com”取得後の移行時に作業にミスがあり、2016年2月途中から、今のドメインを使い始める今年6月途中までにWordPressのサービスを使って投稿した投稿を全て失う失態がありました。
綺堂についても何度か取り上げた記憶がありますが、今は投稿した自分でも読み返すことができません。
それはともあれ、ずいぶん昔に書かれた作品であるのに、読みやすい上に語り口も旨く、私は一遍で綺堂の世界に魅了されました。
綺堂好きの仲間入りをした私は、綺堂のほかの作品も読みたいと思い、242作品が収録された『岡本綺堂全集』の Kindle版を購入しました。
大量の作品が収録されているため、いちどきによむことはせず、気が向いたときに少しずつ読んでいます。
そんな綺堂の別の短編集を読みました。『狐武者 (光文社文庫)』です。
今月の下旬までの2カ月間、通常は月額980円かかるKindle Unlimitedを、2カ月99円で利用できるサービスがあり、それを利用し、追加料金なしで読みました。
短編集『狐武者』には、次の7作品が収録されています。
- うす雪
- 最後の舞台
- 姉妹
- 眼科病院の話
- 勇士伝
- 明智佐馬助
- 狐武者
後半の3作品が時代物です。
今回はこの中の『勇士伝』に触れておきます。
描かれているのは天正10(1582)年4月です。と聞いても、時代物に接するようになってまだ間もなく、歴史そのものの知識が圧倒的に不足する私にはぴんときません。
舞台は、備中にある高松城です。これも、高松と聞いて、私は四国の高松を思い浮かべてしまったほどですから、手こずりそうな展開です。ネットで情報を探り、今の岡山県が昔備中といわれ、そこに高松城があったことを今の今認識した次第です。
主人公は、矢坂次郎兵衛光近という20代の武士です。
今も昔も権力の座に就くものは似たようなもので、名門の家に生まれた者でなければ出世は難しかったようです。次郎兵衛も名家の生まれでなかったため、戦場で成果を出すかするしか、出世の道はない状況にありました。
そんな次郎兵衛が、出世を果たしていきます。
きっかけは、妖怪変化(ようかいへんげ)を懲らしめて名を得たことです。
昔の話には、当たり前のように、河童や化け狸、化け狐(妖狐)といった類いの妖怪がたびたび登場します。当時の人々は、現代に生きる人間からは考えられないほど、これらの妖怪変化を身近なことに感じ、恐れたりしていたのでしょうか。
次郎兵衛が20歳の頃、城下を流れる川端に妖怪が棲み、人々を悩ましているという噂が広がります。それを聞きつけた次郎兵衛が、五月雨(さみだれ)が降るある夜、川端へ行き、怪しい少年に出会います。
どうやらそれは川に棲む河童で、何度目かに会ったときに取っ組み合いとなり、次郎兵衛が、自分の手柄欲しさに相手を仕留めようとすると、相手は必死に命請いに出ました。
次郎兵衛は、相手の「もう悪戯はしません。助けてくれたら、あなたの身を守ります」の言葉を信じ、相手を逃がしてやります。
その一件があったあと、川端に妖怪変化が現れることがなくなり、次郎兵衛が懲らしめてくれたと人々に知れ渡ります。
そんなことがあって以来、治郎兵衛は水中での戦いに無類の強さを見せるようになります。それは自分でも驚くほどで、河童が彼に加勢しているのだろうという噂を、自分でも自覚するようになっていきます。やがて、”河童の治郎兵衛”の綽名(あだな)まで頂戴する次郎兵衛でした。
次郎兵衛が22歳の年、今度は古寺に棲みついていた化け狸を懲らしめ、手柄を立てます。このときも狸の命は奪わず、いざというときは、自分の力になってくれるという約束を狸と交わします。
彼には”狸の治郎兵衛”の綽名も頂き、怖いものなしとなっていきます。
そんな若侍がいた松山城が、豊臣秀吉を名乗る前の羽柴秀吉の軍勢によって、水攻めを受けます。城下を流れる川を堰き止め、城下を水浸しにするという計画です。
これは歴史上本当にあった戦です。
岡山で水害と聞きますと、どうしても2年前の豪雨被害を重ね合わせてしまいます。
この時は、高梁川が降り続く豪雨によって増水し、そこに流れ込めずに支流の小田川が氾濫し、被害を大きくしてしまったのでした。
一方、秀吉によって水攻めを受けた高松城の周囲は一面の水浸しとなり、城下に暮らす庶民は、人の手による大水害に逃げまどい、多くが命を落とします。
現代であれば、政府や自治体が懸命の救助活動を展開するところです。当時はそんなことはせず、庶民の判断に任せるのみです。城に籠った殿様や家来は、最後は切腹して命を果てます。
その時、悶着を起こしていた次郎兵衛は城の地下牢に閉じ込められていました。そこも水の脅威が迫る状況です。
そんな次郎兵衛を助けに、妻がやって来ます。次郎兵衛を牢の外へ逃がしてくれるのです。
あとになって、それは、妻に化けた化け狸であったことに思い当ります。律儀に、次郎兵衛へ恩返しをしたのです。
牢から出てみたものの、城の周囲まで水が迫っています。逃げのびる手立てがありません。治郎兵衛は覚悟を決めて、湖のような水の塊へ飛び込みます。
普通の人間であれば、泳ぎ渡れるはずのない水の壁を次郎兵衛は泳ぎ切り、敵の陣地へ達してしまいます。
この並外れた強運は、河童が自分に力を貸してくれたものに違いない、と考えた次郎兵衛でした。
河童や化け狸が登場して主人公に助太刀するなど、あり得ないような話です。しかしそれを、違和感なく、わくわくさせるように読ませてしまう綺堂の筆力に感心するばかりです。
敵の捕虜になった次郎兵衛のその後などにつきましては、本作を読んで確認なさってください。
河童に助力を得られる人が現代にもいたなら、水害のときに大きな力を発揮してくれるだろう。西日本を中心に甚大な水害が続く今、河童の力にも縋(すが)りたくなる、綺堂の『勇士伝』であります。
綺堂の面白さに夢中となり、Kindle Unlimitedで読める次の3冊を追加し、今は短編集『女魔術師』の最初の短編小説『海賊船』を読み始めたところです。
・女魔術師
・蜘蛛の夢
・白髪鬼
今月下旬までにこれらを全て読み終えるのは難儀です。有料で期限を延長することになりそうな気配です。
『海賊船』はとても面白い話ですので、次回の投稿で取り上げることになるかもしれません。