「とんかち作業」が嫌いでない私と村上の”復活作”?

最近、村上春樹1949~)の『職業としての小説家』2015)をAmazonの電子書籍版で読み、それについて本コーナーで三度取り上げました。

その二回目では、村上が「とんかち作業」を気の済むまですることを書きました。

結局のところ、私も同じような「とんかち作業」をして、それが嫌いではないことを再確認しました。

これまで、それを自分で「とんかち作業」とは認識していませんでしたが、村上の本でそれを「とんかち作業」と村上で呼んでいることを教えられ、私がやっているのもそれと同じようなものだ、と認識することができました。

私の場合は、文章を仕事として書くわけではありません。私は、それと同じような意味合いで、絵を描くことをします。

私の場合も、ササッと描いて終わることができず、いつまでも、とんかちを使って手直しするように、あっちを描き足したり、こっちを削ったり、というようなことを、それを他人が見ていたら「いつまでやっているのだ」と呆れられるぐらい、いつまでも、いつまでもする習慣があります。

絵画と小説の制作過程を比較することもしました。

その中で、村上がする「とんかち作業」は、細密な描法をするヤン・ファン・エイク13951441)に通じるものだ、と書きましたが、自分で書いたことが違っているように感じ、この更新をしています。

村上の「とんかち作業」というのは、作品の質を向上させるために行うのでしょう。であれば、細密な作品でなくても、質を向上させることはできます。

本コーナーの更新を始めるまで、私は、自分の顔を鏡に映し、油絵具と筆を使い、加筆をしていました。その作業が私には愉しみです。

その作業をしながら、「そうか、村上は文章で同じことをして、それを自分の愉しみとしているのかもしれない」と思い当たりました。

村上といえば、来月13日に、『街とその不確かな壁』という書下ろしの長編小説が刊行されることが報じられています。『騎士団長殺し』2017)から6年ぶりの新作になります。

本日の豆深読み
村上の封印された(?)作品の題名は『街と、その不確かな壁』で、来月刊行される新作は、朝日新聞の記事のとおりだとすれば『街とその不確かな壁』で、新作の題名は、「街と」のあとに読点(とうてん)がありません。そこに、村上は「暗示」を込めた、というのは深読みが過ぎるでしょうか。

これを報じる昨日の朝日新聞によれば、同名の『街と、その不確かな壁』1980)という中編小説があるそうです。その中編を、1980年に文芸雑誌の『文学界』で発表したものの、どんな理由によるのか、書籍化はされなかったそうです。

そのため、村上のファンには、「封印された幻の作品」とされてきたのだそうです。

村上春樹新作『街とその不確かな壁』

それが発表されたのは、村上の長編小説二作目の『1973年のピンボール』(1980)のあとになります。村上のエッセイ集『職業としての小説家』には、初期の作品の出来を村上自身が納得できないことを匂わせる文章があります。

幻となった中編がそのすぐあとぐらいに発表になったということは、その作品にも、村上自身は満足できなかった可能性がないこともありません。

もしかしたら、その中編を一度は抽斗の奥にしまい込み、自分でも、その作品を書いたことを忘れようとした(?)かもしれません。

長い時を経て、忘れようとした作品を思い出し、「とんかち作業」をする気になり、それが長編小説で「昇華」させたと見るのはファンタジー過ぎるでしょうか。

ともあれ、あとひと月半ほどで、その作品が世に出ます。

その作品への「とんかち作業」は終了し、あとは、どのように受け入れられるか、村上としては、まな板に載った鯉のような心境でいる(?)でしょう。

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