江戸川乱歩(1894~1965)が残した膨大な随筆を素人朗読し、それをZOOMのフィールドレコーダーのF2とF2に付属するラベリアマイク(ピンマイク)で録音し、iZotopeのオーディオ編集ソフトのRX 9 Standardで整えることが私の日課になっています。
関心がない人に同じことをしてもらったら苦行でしかない(?)かもしれません。私は今、音に関して強い関心を持ち、以前から自分の声を録音することも嫌っておらず、また、F2で使える32bit float録音に魅了されていることが重なり、いくら繰り返しても、興味が尽きない状態となっております。
また、乱歩の作品を離れ、素の乱歩が書き残した随筆は、当時の乱歩のことがわかり、これはこれで、読んでいて面白いです。
私が乱歩に興味を持つのは今に始まったことではありません。30年以上前になると思いますが、その当時、記録魔の乱歩を象徴する貼雑年譜(はりまぜねんぷ)を再現する本が発売され、私は買い求めました。
新聞の切抜きなどを、スクラップブックに張り付け、空間に乱歩が書き足し、自分の記録にしたのが貼雑年譜というものです。それは、大判だったのか、再現して出版された本も、絵画の画集ぐらいの大きなものでした。
部屋を整理した時にどこかへ片付け、見当たらないのですが、処分していませんので、どこかにあるはずです。それを見つけて、新たな気分で目を通したいと考えているところです。
乱歩のことを知らない人には説明が必要かもしれません。
『屋根裏の散歩者』(1925)や『人間椅子』(1925)が乱歩作品の代表のように考えられますが、これらは、まだ乱歩が作家になる決心をつけるまえに書いた作品です。これらを書いた頃、乱歩は自分の作品を自分でそれほど評価していなかったのでした。
そのような作品を書いた乱歩は、人間嫌いの傾向が強く、独りで各地を放浪した時代は、知った人に会うことを避けていました。あるときは、地方のある駅で、有名な作家の一群に遭遇し、慌てて、トイレに逃げ込み、彼らから自分の身を隠したりもした、自分で書き残しています。
私は、自分でも同じような傾向を持つため、そんな乱歩の打ち明け話を楽しく読んだりしています。
昔に乱歩の貼雑年譜を再現した本を読んだときにも感じたことがあります。それは、先の大戦の最中から、乱歩が世間と交渉を持つようになり、その結果、他者と交わることを好むように変った乱歩に、私が興味を持てなくなったことです。
今、貼雑年譜を基に書かれた昭和30年頃の文章を読んでいても、世慣れていく乱歩に、興味を失いつつあります。
それ以前の乱歩は、自分で「自分は正月が嫌いだ」と書き残しています。それは、他人と会う機会が多い季節だからですが、変わったあとの乱歩は、宴会をむしろ好むようになり、テレビ番組やラジオ番組にも、お呼びがかかれば嫌がらずに出演するようになってしまいました。
戦後は、付き合いが深かった探偵作家仲間と、夫人を伴って旅行をするようになっています。その旅行記も随筆にして残していますが、そういうのは、読んでいても面白く感じられないので、飛ばすようにしています。
本日読んだのも、探偵作家仲間で旅館に泊まったときのことが書き残されていますが、面白かったので、素人朗読をし、F2とF2付属のピンマイクで録音した音声ファイルを下に埋め込んでおきます。
「恐怖の『トヤ部屋』の一夜」と題し、昭和31年9月19日に東京新聞に載せた文章の後半です。前半部分を入れると、この倍ぐらいの分量があります。
怖い話を書く乱歩ですが、乱歩自身はめったに怖がることがなったようです。現に、気味の悪い旅館の部屋を好んで利用しているぐらいですから。
しかし、寒いある夜、ゾーッとするようなことが起こり、実際に、ゾーッという音が聴こえた、と乱歩は書いています。しかし、聴こえた音の正体をすぐに明かし、それを読んだ私は、笑いがこみ上げました。
私は『江戸川乱歩 電子全集』を5冊持っています。いずれも、貼雑年譜を基に、乱歩が書き残した随筆や回顧録をまとめたもので、ボリュームたっぷりにできています。その4冊目をまもなく読み終わるところまできました。
年代順で行けば、5冊目は世慣れた乱歩に付き合うことになり、すでに書いた理由で、最後まで興味を持って読むことができるか、不安です。
しかし、読んでいると、知らなかったことを知ることもできます。
たとえば、乱歩が書いた長編小説で、出版されなかった作品があると書いてあります。その作品は、先の大戦中の昭和18年11月号から、新潮社が発行していた大衆雑誌『日の出』(1932~1945)に連載を始め、翌19年12月号まで、14回連載した『偉大なる夢』です。米国を敵として描いたため、終戦から11年目の昭和31年まで、本にすることを遠慮している、と書いています。
ほかにも、小松竜之介の変名で少年科学読み物の連載をしたことなどは、乱歩をよく知っている人でなければ知らないことでしょう。
気が向けば読み、気が向けば素人朗読をし、F2でそれを残すことを楽しみにしている私ですから、おそらくは、乱歩全集の残りの一冊も、それなりに楽しく読むことができるかもしれません。