阿刀田高(1935~)の短編集を読みました。私はこれまで、阿刀田作品にそれほど接してきたわけではありません。意識的に読むようになったのは、ここ数年です。きっかけは、Amazonの電子書籍を利用するようになったことです。
Amazonの電子書籍サービスにKindle Unlimitedがあります。これは、月額980円支払うことで、対象の作品を追加料金なしに読むことができます。そう聞けば、随分と得なサービスに感じるでしょう。私もはじめはそうでした。しかし、実際に使ってみると、対象の作品は限られており、自分が読みたい作品が対象外の場合は、そのサービスがあっても、読むことはできません。
ともあれ、そのサービスを使ったとき、これで読める作品がないかと探し、その過程で阿刀田作品の面白さに、遅ればせながら気がついたというわけです。
個人的なことを書いておきますと、私は今年の10月半ばから来年の4月半ばまで、このKindle Unlimitedを利用できる環境にあります。半分の3カ月は、格安で利用できるキャンペーンのときに利用を始めました。また、残りの3カ月は、Amazonの電子書籍端末のKindle ParerWhiteの最新版に乗り換えたとき、特典として得ました。
このサービスを利用して、今また、阿刀田作品に接しているということになります。前回利用した時は、阿刀田の作品の多くがこれに該当し、次々に数冊まとめ読みました。今回は該当作品がだいぶ削られ、残念に思っています。
とはいいながら、ここまでに2冊を読み、今は3冊目を読んでいます。で、今回は、2冊目に読んだ阿刀田の短編集『こころ残り』(2005)について書いておきます。
本短編集は2005年に出版されています。今から16年前で、阿刀田70のときに執筆された短編集になります。阿刀田といいますと、短編よりも短いショートショートと呼ばれる作品群で知られ、その題材の多くは、ミステリーであったり、ブラックユーモアだったりし、そこにエロスが加えられています。
そんな阿刀田作品からみますと、本短編集は趣が違うように感じました。阿刀田も70になり、人生の機微といったようなものに、心の重心が移って来たことの表れ(?)かもしれません。
本短編集には、次の12作品がラインナップされています。
輝く声 | レモンバーベナ | 街の蛍 |
未来志向の男 | 雪解け | 含み笑い |
スモーカー・エレジー | 故里まで | 魚に染みる海の色 |
足引山異聞 | バランス感覚 | 時間がない |
題名だけ見て、話が思い出せるものもあれば、思い出せないものもあります。全体に共通するのは、市井の人々の何気ない、あるいは、珍しい日常が綴られています。阿刀田の特徴とする、ミステリーやブラックユーモア、エロスは登場しません。それだから、ほかの阿刀田作品とは違う境地に達したのか、と思ってしまったわけです。
どの作品も魅力があり、紹介したいのですが、すべてを取り上げるわけにはいきません。ですので、思いついた作品を手短かに書くことにします。
第1話の『輝く声』ですが、その声の持ち主は、主人公の芳彦(28)が、あることを通じて付き合いを持つことになった佐伯淑郎(30代半ば)という大学で専任講師をする男の妻です。佐伯夫妻はまだ結婚して2年目です。
佐伯の亡き父は名のある学者で、帝大の教授をしていました。佐伯は母も早くに亡くしており、弟妹もいないため、家族と住んだ東京郊外の家に新妻とふたりで暮らしています。
語り部の芳彦は東京の大学を出たあと、都内の歴史を持つ図書館勤めをしています。その芳彦に、郷里の恩師から電話がかかってきます。学者の佐伯は恩師の遠縁になるそうです。その佐伯が、今度研究論文のリスト作りのため、大量の本を借りなければならないことになり、図書館務めをする芳彦に、それに協力してくれるよういってきたのです。
教えられた家を訪ねると、佐伯は威張ったところが少しもなく、ぶっきらぼうそうではあるものの、第一印象で好感を持ちます。また、妻は、佐伯にふさわしい女性で、軽やかで、心地よいコロコロとした声が耳に残ります。それもそのはずで、学校を出たあとは、アナウンサーをしていたということです。
歳は妻の方が上で、姉さん女房です。
何度か佐伯家を訪問し、独身の芳彦は、結婚への憧れを抱くようになります。
芳彦が佐伯家を二度目に訪ねたとき、玄関の鍵がかかっていたので、裏庭の方へ回りました。佐伯は庭に出て、本の虫干しの最中でした。すると、家の中から妻の次のような声が、コロコロと弾んで聞こえてきます。
「あなたァ、裸ですよォー」
阿刀田 高. こころ残り (角川文庫) . 角川書店. Kindle 版.
どうしてこんな声が聞こえてきたのか気になる人は、本短編集で本作を読んでみてください。
第3話の『街の蛍』は男と男の亡き妻の話ですが、読んでいるとせつなくなるので、眠る前に読むのはお勧めできないです。
第10話の『足引山異聞』も、名もない夫婦の話です。夫が子供の頃の一時期過ごした家の部屋からは、足引山(あしびきやま)が見えたと妻に話します。夫は妻に、野口英世(1876~1928)が磐梯山を眺めながら、その山のように立派な人間になりたいと思ったように、夫は足引山を眺め、将来の自分を思い描いたものだ、というような話を、事あるごとに妻にします。
これを読みながら、本当にそんな山があるのかと思い、ネットで調べてみましたが、ないようですね。
ちょっと前に戻って、第7話も夫婦の話ですが、この夫婦もいい感じです。
妻になる修子(のぶこ)には結婚前から卵巣に疾患をもち、子供が産めない体でした。これは、将来、自分の子供を持ちたいと考える男との結婚には障害となりかねません。それだから、結婚相手を選ぶときは慎重になり、結婚を望んだ男に本当のことを打ち明け、それでもいいかと確かめます。
その部分は次のように書かれています。
「私、子どもの産めない体なの」
話が結婚にさしかかる前に修子は告白した。誠実らしい人には誠意で対応しなければなるまい。
「あ、そうなの。べつにいいじゃないか。夫婦はいろいろだからな」
義信は少しもこだわりを見せなかった。ちょっとした趣味のちがいを笑いあうほどの屈託のなさだった。(後略)
阿刀田 高. こころ残り (角川文庫) . 角川書店. Kindle 版.
夫になる義信はそこそこの幸せで満足し、日々を屈託なく生きている印象です。妻の修子も義信をちゃかしながら、この先も、この夫婦はふたりで仲良く生きていくのだろうな、と思わせられます。
こういう作品は、読んでいても気持ちが良くなりますよね。
最後の第12話は『時間がない』です。
本作は、夫婦の話ではありません。語り部の礼子は茨城の水戸の生まれで、父は早くに他界しています。また、礼子が地元の短大を卒業したあと、母が体調を崩し、礼子が看病したものの亡くなって、礼子ひとりが残されてしまいます。
母の葬儀に、東京で独り暮らしをする父の兄(若い頃に一度結婚するもすぐに離婚したらしい)、つまり伯父から、次のように声を掛けられ、その誘いに甘え、礼子は伯父の家で暮らすようになります。伯父は長年大学で教授を務め、定年後も国語学の研究に打ち込んでいます。
「東京へ来なさい。私の家で暮らせばいい」
阿刀田 高. こころ残り (角川文庫) . 角川書店. Kindle 版.
礼子はその伯父を子供の頃から知っており、とっつきにくそうには見えたものの、話をしてみて優しい人だとわかり、嫌いではありませんでした。
礼子は、伯父の家に住まわせてもらいながら、ファッションデザインの学校へ通い、その道に進むことを夢見ます。食費は自分持ちのため、アルバイトで週3日、先輩に紹介された銀座のバーで働き出します。
礼子が住まわせてもらうことになった伯父の家は、伯父が自分で手に入れたものです。場所は地下鉄の茗荷谷(みょうがだに)駅近くで、敷地は広くないものの、堅牢な造りになっています。地下は書庫で、1階も大半が書庫になっており、その一隅が伯父の書斎です。
2階はリビングキッチンと居間があるものの、人生の黄昏(たそがれ)が近い伯父は一日のほとんどを書斎で過ごしています。
礼子は2階の上の屋根裏部屋のような洋間を自分の部屋にさせてもらいますが、伯父はほとんどを書斎と書庫で過ごすため、2階がほとんど自由に使える環境です。
礼子が自分の家に暮らすようになったとき、伯父は礼子に次のように話します。
「私は勝手に暮らすからね。ずーっとそれをやって来たから今さら変えようがない。礼子ちゃんはなんにも気にすることないよ。変に気を遣われると、かえって私は迷惑だから」
阿刀田 高. こころ残り (角川文庫) . 角川書店. Kindle 版.
礼子は伯父と同じ家で暮らすようになり、元々変わっている人だとは思ってはいたものの、伯父の生き方に興味を募らせます。どうしてそんなに一途になれるのか、と。
伯父は、たまに礼子とコーヒーを飲んだりすることがあっても、すぐに、「ああ、時間がない。無駄なことはしていられない」と席を立ち、書斎へ向かってしまいます。
そんな伯父が礼子に、次のような話をします。
「三十年、四十年、五十年かけて自分が本当にやりたいことがなにか、探すんだな、人は。見つけられない人も多い。ようやく見つけるのが五十代、六十代。もう時間はそう多く残ってやしない。でも、見つけた以上、それに邁進すること、それが本当の生き甲斐なんだな。はたから見れば、伯父さんはおいしいものも食べ歩かないし、温泉旅行にも行かないし、馬鹿みたいかもしれんけど、これが好きなんだから仕方がない」
阿刀田 高. こころ残り (角川文庫) . 角川書店. Kindle 版.
どれもが短編作品ですから、すぐに読めます。このあとも、気になったとき、気になった作品を読み、何かしらを得ることにします。気になったら、本短編集を手に取ってみてください。