Amazonの電子書籍版で、ショートショート集を読みました。ショートショートの定義を私は知りませんが、短編小説より短い小説というのは確かです。
これについて書かれたネットの事典ウィキペディアにある記述で確認しますと、作品の長さは、400字詰め原稿用紙にして20枚以下、短いものであれば5枚から7枚とするコンテストの規定があるそうです。
この分野の日本の先駆けは星新一のようです。星の亡きあと、この分野で日本の第一人者となった阿刀田高の作品集『箱の中』を読みました。この作品集は数カ月前、村上春樹の作品と一緒に購入し、今まで読まずにあったものです。
江戸川乱歩と村上の作品を交互に読むようなことをし、いずれも読み終わり、ようやく読む順番が回ってきたといったところです。
『箱の中』は1994年に出版されています。今から26年前です。その頃のことを思い出しますと、個人的な話では、母が亡くなって2年後です。社会的なことでは、オウム真理教による松本サリン事件が6月27日に発生しています。
阿刀田は1935年生まれですので、59歳の年に出版されたことになります。阿刀田の執筆スタイルは知りませんが、書かれるのがショートショートですから、その時々に書き溜めたものをまとめてその年に出版したことも考えられます。であれば、収録された作品には、それよりずいぶん前に書かれたものもあるかもしれません。
収録作品は、収録順に以下の10篇です。
モロッコ幻想 | 箱の中 | 暗い頭 | 知らないクラスメート | 死んだ女 |
陽の当たる家 | 青と赤の二人 | 強清水 | 汚れたガラス窓 | 帰り道 |
並んだタイトルを眺め、どんな話が展開されているか想像してみるのも楽しいかもしれません。タイトルだけを頼りに、自分なりに面白い話が書ければ、自分だけのショートショートになります。
ある話では、短大を卒業して17年後、同級生が都内のレストランで同級会を催します。17年の歳月が過ぎ、彼女たちはそれぞに年輪を容姿に刻んでいます。
そんな彼女らの中に、ひとりだけ見慣れない人が混じっています。その人は灰色のワンピースを着て、黒い帽子をかぶっています。彼女は元同級生たちと話をするわけではなく、輪から離れています。
その人が何者なのか、阿刀田は読者をその謎に誘う趣向です。
阿刀田の書く作品は、乱歩のような禍々(まがまが)しさはなく、村上の斜に構えたようなところもありません。執筆のときは格闘していたとしても、読者はさらりと味わうことができます。
身の周りに起こるちょっとした不思議が阿刀田の持ち味で、自分の子供時代や、過去に見た夢、生と死に結びついたりします。
別の話では、家の改築のため、数カ月だけ移り住んだアパートでの出来事が書かれます。
主人公の男はラジオの深夜放送でパーソナリティをしており、夜に出かけて朝に帰る生活です。アパートのキッチンの窓から庭越しに向かいの家が見えます。
向かいの家に暮らすのは、20代の兄妹ふたりだけです。両親は亡くなっています。そのふたりが勤めに出るのを待つように、家の石塀沿いに、青と赤の自転車2台が並んで停まるようになります。
ふたりが帰宅する前には自転車がなくなり、翌日、ふたりが勤めに出ると、また自転車が現れることが起こるという不思議です。
また別の話の主人公は、54歳の男です。妻と都内に暮らしています。その男がタクシーに乗って落合(落合駅)のあたりに差し掛かった時、家並の間にある看板に偶然目が留まります。
その看板には「消防器具・唐辺商会」とありました。
看板にある「唐辺」を「からのべ」と読める人は多くないでしょうか。男は読めたばかりでなく、自分の若かりし頃が思い出されます。同姓の女性と4年間付き合ったことをです。
彼女の家は、大塚駅の近くにあり、特殊な部類に入るであろう、消防器具を扱う商売をしていたのでした。ただ、彼女と付き合っているときも、家の近くで別れたため、店の中へ入ったことはないままでした。
彼女に兄がいることは知っており、代が変わり、別の場所で同じ商売をしているのかも、と咄嗟に想像します。
タクシーの窓から彼女と同じ姓のついた看板を見かけたことで、男は昔を鮮やかに思い出します。
二人が出会ったのは、男が大学へ通っていた頃で、目白にあった英会話学校で席がたまたま隣り合ったのがきっかけです。やがて言葉を交わすようになり、相性が良かったのか、親密になっていきます。ただ、4年間付き合いながら、肉体関係を持つことなく終わります。
ふたりは同い年で、彼女は高校を卒業後、事務機器のメーカーに勤めています。男は大学生の身で、結婚はまだ先のこととぼんやり考えていました。一方の彼女は自分の行く末をその頃から考え、男だけに限らず、結婚を早く実現したい考えがあったのでしょう。
ふたりは月に一、二度デート目的で会い、映画を見たり、食事をして過ごします。それはパターン化し、それだけで満足する雰囲気があったかもしれません。それ以上の進展がなく、口づけを交わすことさえなかったのでした。
彼女には別に好きな男性ができ、その男性との比重が強まります。そうなっても男は彼女を責めることはせず、ふたりの関係は自然消滅します。
男はサラリーマンになり、別の女性と所帯を持ちます。昔に付き合いながら、肉体関係もなしに終わった彼女のことは記憶から消えたと思っていました。それが、同姓の看板を見かけたことで甦り、予期せぬ展開が男の身に訪れる、といった具合です。
阿刀田の話には、死んだ人との再会がよく描かれます。現実と空想の境目があやふやで、目覚める前に見ていた夢を、目が覚めたあとに引きずる感覚です。
本ショートショート集の最後に収録されている話では、時間が逆戻りするのを感じ取った主人公が、自分の子供時代へ戻り、病弱だった亡き母の若かりし頃へ帰っていくさまが描かれます。
阿刀田のショートショート集はすぐに読み終わってしまいました。もう少し阿刀田の作品に接したいと思い、『待っている男』という作品集を昨日、新たに手に入れました。
これが出版されたのが1984年ですから、今日紹介した作品集の10年前になります。
私にとってのその年は、母が亡くなる8年前です。2000年に亡くなる父と姉は、16年後に命が尽きることも知らず、元気でした。
ついでまでに、私は父と姉が亡くなった4年後、2004年8月末、急坂を自転車で走っているときに転倒し、死にかけました。あのときで私の命が終わっていたら、今年で16年になる計算です。
3番目に紹介した作品の男は、自分の父が49で亡くなったことを妻に話すことから始まります。男は父よりも長生きできたことに安堵しますが、54の年にはどんな運命が待っているでしょう。
何気ない日常も、未来になって振り返ればすべて過去です。今は何でもないことが、未来の自分には、かけがえのない人や物、事に思えたりします。だからといって、今それを意識しながら生きるのは、誰にとってもできない相談ですけれど。