自分の時間で生きる

どんなことにも、標準的な物差しが用意されているように思います。私はといえば、多くが、この物差しから外れています。

成人になったら結婚をし、子供を持つのが当たり前とされ、それが実現できない人は社会で低く見られがちです(?)。私も途中まではそれに近い考えを持ち、歳をとれば、自然にそうなるだろう、と根拠もなく考えていました。

実際に歳をとりましたが、この歳までそれが実現されていません。だからといって、それを苦に感じてはいませんが。できることなら、これからでも、子供は無理としても、連れ合いができれば、とこれまた根拠なく、夢想することもありますが。

日常生活の細部にも標準的な物差しが存在します。

起きて活動する時間や、食事をする時間も、平均的な時間があります。

私はこの点も、標準からはズレています。

私が毎日起きるのは午前3時頃です。そして、午後6時半から午後7時までの間に就寝します。

このように、起床と就寝の時刻が普通の人とずれているため、食事の時刻がずれます。ちなみに、私は朝食と夕食だけで、昼食は摂らない習慣です。

その前に、入浴の時刻の話です。私はほぼ毎日、午後3時半頃に入浴する習慣です。週に一度は午後3時頃に入ります。

風呂から上がったあと、暑い時期であれば、汗が引いたあとに夕食を摂ります。

まず朝食ですが、午前3時頃に起きるため、午前4時過ぎになります。

そして、昼食を抜かして、夕食を摂りますが、その時刻が、入浴のあとの午後4時頃になります。

この夕食の時刻だけをとっても、一般的な時刻とはずいぶんズレているように感じていました。それだから、本コーナーで特別書くこともなかったのですが、数日前、Yahoo!である人が、午後3時頃に夕食を摂ると話すインタビュー記事をたまたま見かけ、それなら、と書いたまでです。

私はアイドルの芸能人のことはよく知りませんが、”キムタク”こと木村拓哉氏(1972~)が、新作映画の宣伝の一環と思われるインタビューで私生活に触れ、そのように語っています。

映画『マスカレード・ナイト』予告【9月17日(金)公開】

ただ、これだけのきっかけで、何の足しにもならないことを書いてしまいました。

誰がどんな生き方をしても、その人の生き方であり、他人がどうこういえるものではありません。

その前提があっても、とかく世間というものは、ある一定の物差しで、その人を判断したがります。そして、あまりにも基準から外れる人がいれば、恐れるか、馬鹿にしがちです。

私は先週の水曜日、手続きの必要があって、自転車で役所へ行きました。手続きに時間がかかり、そのあと、別のところへも回らければならなくなったため、帰りが午後6時頃になりました。いつもであれば、入浴も夕食もとうに終え、午後5時から缶ビールを1缶飲み終え(私は1時間ほどかけて1缶のビールを飲みます。これも普通とは違う飲み方〔?〕かもしれません)、音楽でも聴きながら本でも読んでいる時刻です。

いつもとは違う行動をすることで発見をすることがあります。その日の帰り道、ちょうど日の入り時刻の西の空に雲が浮かんでいるのが見えました。その空を少し高台から見ましたが、とても美しく感じました。そんな空の存在にも気づかずに毎日を送る自分が、もったいなく感じました。

ちなみに、その日(22日)の東京の日の入りは午後5時38分です。本日は午後5時31分です。

私と生活時間が違い、その時刻頃に毎日その道を通る人は、毎日、移り変わる空を見上げていることでしょう。それはそれで、羨ましい生活時間のように私には思われます。

時間を自由に組み替えられる私は、時間の軸をずらし、その時刻に毎日その道を自転車で走ることもできます。しかし、用事もなく走るわけにもいかないので、次は、何かのついでに、通った時の楽しみにしましょう。

考えてみれば、どんな人も、一生のうちに、それを見たら人生が変わるようなことに、出会えるチャンスをいつも持ちながら、そのチャンスを手放したまま、生きているように思わないでもありません。

自分のチャンスを全部掴もうと生きたら、それはそれで忙しく、ゆっくりと生きられそうにありませんね。

こんなことを書いていたら、ふと、熊谷守一18801977)というひとりの画家が頭に浮かびました。

写真家の藤森武氏が撮影した熊谷守一の写真

熊谷も、世間一般の規範からはズレた生き方をしたといえましょう。今とは時代が違いますが、彼には逸話がいくつも残っています。軽い脳卒中を起こした76歳からの晩年は、ほとんど家から外に出ず、それだから「仙人」といわれたそうです。

94歳 画家

家族に貧しい暮らしをさせても、食べるための絵は描けず、今に残る熊谷の”画風”というものを確立したのは、彼が「仙人」と呼ばれるようになってからではなかろうか(?)と思います。享年は97歳で、その頃まで絵を描く意欲と体力があったのであれば、晩年といわれる年代が20年ぐらいもあったことになりますが。

どんな人も、一日の時間は24時間と決まっています。生きられる年は、人それぞれで大きな開きがあり、生まれた年に死ななければならない人もいれば、百歳を超えて生きる人もいます。

生きる年限はひとそれぞれですが、一日の24時間は、生まれたばかりの赤ん坊も長老も同じです。

好きなように時間を使い、納得して毎日を暮らしたいものです。

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