本日は、希有な歌い手について書くことにします。
本来であれば、「歌手」と書くべきところを、敢えて「歌い手」という書き方にしてみました。「歌手」も「歌い手」も意味に違いはなく、どちらでもいいようなものですが、彼女について書こうと思ったとき、この表現が私の中でひらめいたのでした。
「彼女」というからには、その歌い手は女でなければなりません。芸名をちあきなおみというその歌い手に、私は心底驚かされました。
これまで長いこと、ちあきなおみといいますと、タレントのコロッケさんの物まねによって染められた“色”に邪魔をされ、特別注目に値する歌い手ではない、ように私は誤解してきました。
これは明らかな誤解、とんでもない誤解であったことを思い知りました。
きっかけは、何の気なしに見た娯楽番組です。2月16日に放送になった「たけしの誰でもピカソ」(テレビ東京)。私は胸騒ぎを感じ、念のためにとPC録画しておきました。それを、放送の翌日に見た私は、その内容の濃さに衝撃を受けました。
その日の録画は、すぐさまDVD-Rに焼き、永久保存としました。

番組は、「たけしの」と冠がつくビートたけしこと北野武をメインに、渡辺満里奈、篠原勝之 、今田耕司らがレギュラーで出演しています。そこへ、ゲストとして招かれたのは作曲家の船村徹さんです。
その日のスタジオの雰囲気を、私がここで拙い文章で書くよりも、と番組の一部を音声ファイルに変換してみました。それを聴いていただいたあと、話を続けたいと思います。
ゲストの船村さんを囲んで話をふくらませているわけですが、切り口がいくつもあるといいますか、どの角度からも語れるいうのが、ちあきなおみという歌い手なのかもしれないです。
ここでの話の最初に出てくるのが『夜へ急ぐ人』で、この曲が今回、私がNHK-FMのリクエスト番組「サンセットパーク」宛てへカードを出し、昨日の番組で採用してもらった曲です。
作詞・作曲は、番組のレギュラー“クマさん”こと篠原勝之さんの友人友川かずきさんだそうです。そのクマさんいわく、作曲者の友川さんをして「こんなになるとは思わなかった」といわしめるほど、ちあきさんはその曲を自分のものにしてしまっています。
番組では、NHKの「第28回・紅白歌合戦」(1977年)でその曲を熱唱する映像が流されました。
「紅白」の舞台でこの歌を歌い終わると、司会の山川静夫アナウンサーの口から、「何とも気持ち悪い歌ですね」という感想が漏れたという曰く付きの曲であります。
歌詞に目を通しましょう。
あたしの心の深い闇の中から
おいで おいで
おいでをする人 あんた誰
人間の奥深いところに手を突っ込んで、それを白日の下に晒すような、禍々しさを身にまとう仕上りになっています。
そして、それを我が歌とできたちあきなおみという女には、その禍々しさが似合うだけの力があります。
同じような禍々しさを持つ歌が『朝日のあたる家』です。これはアニマルズが歌ってヒットしたアメリカ民謡に、浅川マキが日本語の詞をつけたものでした。
こちらも詞を見ておきます。
私が着いたのは ニューオリンズの
朝日楼という名の 女郎屋だった
…
誰か言っとくれ 妹に
こんなになったら おしまいだって
ちあきと浅川マキの経歴を見ると、ふたりの間に、奇妙なほど重なる部分があることに気がつきます。浅川マキが1942年生まれで、ちあきは1947年。浅川マキが米軍キャンプやキャバレーなどで歌手の活動を始めれば、ちあきは米軍キャンプやジャズ喫茶で歌を歌います。
番組のゲストで、細川たかしの歌でヒットした『矢切の渡し』を作曲した船村徹さんは、「ちあきクンも若い頃、アメリカ軍のキャンプなどで、そういう仕事をしていた人なんですよ。だから、この人もそういう経験のある人なんですね。ですから、こういうものは、小さいときからどこかで慕っていたんですよね」と述べています。
「そういう仕事」…「そういう経験」…「こういうもの」…。
歌に出てくる「朝日楼」という名の女郎屋。女郎とは、まあ、遊女、あるいは娼婦のことです。
ちあきは「妹に言っとくれ。あたしみたいになったらおしまいだって」と歌います。同じ歌を、ただ上手いというだけで、その“匂い”も感じさせない歌手が歌っても、歌が持つ凄味を聴く者に感じさせることは難しいでしょう。
ここには、「心の深い闇の中から、おいで、おいで」をするかのような、底なし沼の如き、深い人生経験に裏打ちされた何かが表現者には求められます。誰が歌ってもいい、というものでもないということです。
日本歌謡界には、美空ひばりという女王がいます。その女王に肩を並べられる歌い手がいるとしたら、ちあきなおみをその候補として挙げてもいいのではないか、と私は考えました。船村徹さんは、美空ひばりとちあきなおみの決定的な違いは、裏声の出る、出ないだといいました。
裏声を綺麗に出せる美空と、出せないちあき。しかし、違いがあるからこそ、双璧のもう一方になれるような気がしますが、どうでしょう?
ただ、今のところ、ちあきに対する世の評価は高くありません。私自身、この番組を見るまで、そんなことを考えもしませんでした。それでも、一部では彼女の評価は高く、ご主人に他界されて以来、芸能活動を止めているにも拘わらず、復活を望む声は根強く、過去に出したアルバムのセールスも順調であると聞きます。
私はといえば、ここへきてようやくちあきなおみを再認識したばかりで、彼女の理解はこれから、となりましょうか。