どんな物や事でもそうですが、視点を変えただけで、同じ物や事に別の楽しみ方をすることができます。
私は、レコーダーに録画して保存してあるアルフレッド・ヒッチコック監督(1899~1980)の作品、『白い恐怖』(1945)を楽しみました。
本作は、本コーナーで昨年8月3日に一度取り上げています。
そのときは、イングリッド・バーグマン(1915~1982)が演じるコンスタンスという女性分析医(精神分析家)の恩師であるブルコフを演じたマイケル・チェーホフ(1891~1955)の演技に興味を持って楽しんだことを書いています。
今回、久しぶりに本作を見てみようと思ったのは、このところ何度か本コーナーで取り上げている俳優、レオ・G・キャロル(1892~1972)が本作に出演していることからです。
キャロルが主要な役を演じていながらそれがキャロルと気がつかなかったヒッチコックの『北北西に進路を取れ』が公開されたのは1959年で、本作はその14年前になります。
本作の舞台は、米国北東部のカナダとの国境にあたるバーモント州にある精神科医院です。キャロルはこの医院で20年間院長を務めるマーチソンを演じています。
『見知らぬ乗客』(1951)では米上院議員を、そして、『北北西に_』では諜報機関のボスを演じるなど、キャロルは重要な職業に就く者を演じることが多いです。
彼の風貌がその役にふさわしいからといえましょう。本作でも、20年のキャリアを持つ院長が彼の役です。
この医院も院長の交代時期になり、グレゴリー・ペック(1916~2003)が新しい院長としてやって来るところから話が始めります。
この医院で医師をするひとりにバーグマンが演じるコンスタンスがいるという設定です。
コンスタンスは、仕事一筋で、これまで恋愛をしたことも、しようとしたこともない女性とされています。
それが、新院長としてやって来たエドワーズ博士と名乗る男性に一目惚れし、到着した昼には、ふたりで近くの自然の中を散策するというのですから、あまりにも調子が良すぎる(?)といえましょう。
本作を見ていても感じるのは、見た目の良さが人生を大きく左右することです。仮に、エドワーズ博士がハンサムでも若くもなければ、コンスタンスは新院長に興味も持たなかったでしょうし、あれほど、自分の危険を顧みず、献身的に協力することも考えられません。
「新院長として赴任した彼がエドワーズ博士本人でない? 私には関係ありませんね。それよりも、自分の受け持ちの患者の精神を分析し、治療してあげることが大事です」とばかりに。
エドワーズにしても、コンスタンスがバーグマンほどの美貌を持たない女性であったなら、相手に親切にされても、面倒くさく感じただけであったでしょう。
エドワーズ博士として医院に赴任したものの、彼には自分でもわからない強い悩みと不安に苛(さいな)まれ、自分でどうしていいかわからずにいたからです。
本作の原題は”Spellbound”で、「魔法にかかった」「魅了された」「うっとりした」などの意味がある、とネットの事典ウィキペディアには書かれています。
それを邦題は『白い恐怖』としています。この邦題は直接的過ぎる気がします。もう少し別の邦題を考えられなかったのでしょうか。
『院長に魅了され』では、映画の題としてはヘンですかね? これは、本更新の題に使っておくだけにしましょう。
本作が米国で公開された年は、日本が先の大戦で敗戦した昭和20年です。
とても映画を楽しむ余裕がなかったからでしょう。本作が日本で公開されたのは、終戦から6年あとの昭和26年です。
新院長に院長の座を渡す院長、マーチソンを演じたキャロルは、院長を辞めたあとは医院を去るだけですから、出番はそうないように感じられるかもしれません。
しかし、新院長として赴任してきたエドワーズが、実はエドワーズ本人ではなく、本当のエドワーズと連絡が取れない状態にあることがわかり、マーチソンは院長を辞めるに辞められないことになり、それをキャロルが演じ続けることになります。
本作の粗筋を知っている人には、回りくどい書き方をしていると思われるでしょう。本作について書かれたウィキペディアには、種明かしがされています。結末がわかった上で本作を見たのでは、回答を見ながら問題を解くようなもので、見る意味が失われるように思います。
グレゴリー・ペックが演じた男を苦しめるのが何であるのか、バーグマンが演じる女医と一緒に推理するように見るのが本作の本来の楽しみ方といえましょう。
最後にはそれが解け、男は子供の頃から続く精神の圧迫から解放されます。その反応が極端すぎるため、やや興醒めしてしまいます。
コンスタンスと男がスキー場へ行き、誰も滑っていないゲレンデをふたりで滑り降りるシーンがあります。ここでも、ヒッチコックがよく使うスクリーン・プロセスの技法が使われています。
考えてみると、キャロルが演じる役は、朗らかに笑ったりすることがないように思います。本作のマーチソン院長も、表情を崩すことがありません。
キャロルはほかに、ヒッチコックの『レベッカ』(1940)にも出演しています。ただ、ウィキペディアで確認すると、キャロルの名は出演者の一番下のほうにありますので、それほど重要な役ではないのかもしれません。
今後、NHK BSプレミアムで『レベッカ』が放送されることがあれば、録画して確かめることにします。
映画の場合、出演する俳優の誰かに注目することで、同じ作品を別の角度から何度でも楽しむことができます。