また、録りためたままになっていた映画を見ました。
今回見たのは、『白い_』『_恋人たち』ではなく、『白い恐怖』(1945)です。
監督がアルフレッド・ヒッチコック(1899~1980)ですから、ラブロマンスではありません。といっても、主演がイングリッド・バーグマン(1915~1982)とグレゴリー・ペック(1916~2003)という美男美女ですから、ラブロマンスの変形といえなくもありません(?)。
精神科医が主役の作品で、記憶喪失がメインテーマとなっています。
バーグマン扮する女性分析医(精神分析家)のコンスタンスは、ある州にある精神病院で働き始めて半年になります。その病院で20年院長をした男に替わり、新院長が赴任してきます。
新院長のエドワード博士を演じるのがグレゴリー・ペックです。
着任した当日、エドワードに異変が起きます。昼食のとき(だったかな?)、白いテーブルクロスに、誰かが空のフォークで線をつけたのを見て、意識を正常に保てなくなります。
そのほかにも、白い色に強い反応を示すことが続きます。それだから、邦題は直接的に「白い恐怖」としています。
原題は”Spellbound”で、「魔法にかけられた」というような意味になるそうです。
新院長として赴任してきたのはエドワード博士本人ではなく、別の男がエドワードに成りすましていることがわかります。当のエドワードの秘書をしていた女性により、当人と連絡がつかないことがわかり、警察が捜査に乗り出します。
エドワードに成りすましていた男は、記憶喪失で、自分が何者かわからず、とりあえずの名前として、ジョン・ブラウンでホテルに泊まったりします。
ということで、名無しでは書きにくいので、グレゴリー・ペックが演じた男はジョンということにします。
ジョンは、自分がエドワードを殺したと信じており、彼を追う警察から逃れようとします。バーグマンが演じる分析医のコンスタンスは、ジョンの無実を信じ、彼に同行して、何が彼を記憶喪失にさせているのか必死に探ります。
興醒めさせるようなことを書きます。もしもジョンが、見てくれの悪い男であっても、コンスタンスがそれほど献身的になったのか、と。
きっと、ならなかったでしょう。グレゴリー・ペックが演じるジョンであったからこそ、彼女は自分の危険も顧みずに協力したのです。
ジョンにしても、自分に協力してくれるコンスタンスが、バーグマンのような美女でなかったら、自分のことは放っておいてくれ、と協力を拒絶したに違いありません。
話の筋を書くのはこの程度にして、私が見ていて印象に残ったシーンを書きます。
そのひとつは、ジョンが身を隠したホテルへ、彼を捜してコンスタンスが行った場面です。
ホテルのロビーのソファに座り、どうやってジョンが宿泊している部屋を見つけたらいいものかなどと考えていると、隣に田舎から出てきた中年男が座り、コンスタンスにモーションをかけます。
コンスタンスが困っていることに気がついた男性が現れ、中年男を追い払ってくれます。男性はホテル専属の探偵で、コンスタンスが困っていることに気がつき、助けてくれたのです。
探偵は、コンスタンスが夫との間に問題が起きるなどしてホテルに来たのだろうと見当をつけ、コンスタンスから事情を訊き出します。そのやり取りがスマートで、いかにも米国的に感じました。
探偵が機転を利かし、ジョンが偽名で泊まっている部屋を見つけることに成功します。
もうひとり印象的なのは、コンスタンスが助手として仕えたブルロフという老年の精神科医です。その世界では権威を持つ者のひとりという設定です。
といっても、堅苦しいところはまったくなく、コンスタンスを自分の娘のように考え、親身に協力してくれます。
コンスタンスは恩師のブルロフを思い出し、彼の家にジョンとふたりで行き、しばらく匿ってくれるよう頼みます。
ブルロフはひとりで暮らし、気持ちよくふたりを受け入れます。
コンスタンスは恩師に、ジョンと結婚したと嘘をつきますが、ブルロフはそれを聴いてもまったく疑いません。
ふたりきりになったとき、ジョンはブルロフがあまりにも簡単に騙されたため、「がっかりした」と感想をもらします。
ふたりには騙されたように振る舞ったブルロフですが、実は、正確にふたりの関係を見抜いていたことがあとで明らかになります。
ブルロフの演技が巧みです。それで、気になった演じているのが誰か確認しました。マイケル・チェーホフ(1891~1955)という俳優です。
名前から連想できるかもしれませんが、ロシアを代表する作家、アントン・チェーホフ(1860~1904)の甥だそうです。
うかつにも知りませんでしたが、マイケル・チェーホフはロシアで最も偉大な俳優のひとりで、演出家と演技教師でもあった人だそうです。
本作で共演したイングリッド・バーグマンとグレゴリー・ペックも彼の演技指導を受けた、ネットの事典ウィキペディアの記述にあります。
それを知って、本作で彼が演じた演技が巧みに感じられたことに納得しました。
本作で鍵を握る記憶喪失と、その原因は、多少疑問に思わなくもないです。また、原因がわかったあと、あんなにもそれまでのことが払しょくされ、明るく快活になれるものかと思いましたが、所詮は作り物の映画なのですから、まじめに考えても仕方がないですね。
ハッピーエンドで終わるあたり、やはり、バーグマンとグレゴリー・ペックを主演に起用して、見る人の心を宙づりにする、ヒッチコックのラブ・サスペンス映画といったところでしょう。