前回に続き、今回も広瀬隆氏の『億万長者はハリウッドを殺す』(上下2巻)に書かれていることを取り上げて紹介します。
前回は、米国に映画が誕生し、続々とメジャーの映画会社ができた時代について書きました。
ちょうどその時期、米国では赤狩りが行われました。よく知られるのは、第二次世界大戦後に行われたものですが、広瀬氏の本書では、「1919年の赤狩り」も取り上げています。
その時代、米国へ主にヨーロッパからの移民が押し寄せ、たとえば映画界にユダヤ人移民が大勢集まり、米国を支配する巨大財閥のモルガン家(J・P・モルガン)とロックフェラー家による、いわゆるモルガン=ロックフェラー連合が手を焼いたことは、前回の投稿でも取り上げました。
J・P・モルガン商会は「ユダヤをパートナーにするな」という鉄の掟があるほど、ユダヤ人を排除する志向を持ちました。
その結果、米国を支配するモルガン=ロックフェラー連合は、移民を厳しく取り締まる行動に出ます。そのあたりについて、広瀬氏は次のように書いています。
身の毛もよだつような出来事が市民のあいだに起こりはじめた。何の理由もなく、貧しい移民というだけで牢獄にブチ込まれる人間があとを絶たなかっ た。
広瀬隆. 億万長者はハリウッドを殺す(上) (講談社文庫) (Kindle の位置No.1440-1442). 講談社. Kindle 版.
そんなさなか、ある冤罪事件が起きます。「サッコ・ヴァンゼッティ事件」です。
ネットの事典「ウィキペディア」でこの事件を引いて確認したところ、肝心なことが書かれていないことを知りました。
私も本事件の詳細は知らず、広瀬氏の本書を読んでいなかったら、ウィキペディアの記述を信じてしまったでしょう。
ウィキペディアでは、1919年のクリスマス・イヴに起きた強盗未遂事件と翌20年4月15日に起きた強盗事件(この事件では、襲われた製靴工場の会計部長と守衛が射殺され、16000ドルが強奪されます)の嫌疑をかけられた移民男性2人が、裁判の結果、死刑になった、と記述されています。
2人は共にイタリアからの移民です。ニコラ・サッコは製靴工で、バルトロメオ・ヴァンゼッティは魚の行商人をしていた普通の市民です。
ウィキペディアの記述を見ますと、この2人がいきなり容疑者になったように書いていますが、広瀬氏の本書を読む限り、2人は事件とは限りなく無関係に思われます。
2人の仲間のひとりが、4月15日の事件から18日後、司法省の14階の窓から飛び降りたとして死亡しています。男の名はアンドレア・サルセードといい、イタリア移民の印刷工でした。
「すでに二カ月間も『総合情報部』で拷問を受け続けた」と書かれていますので、前年のクリスマス・イヴに起きた未遂事件の嫌疑をかけられ、厳しい尋問を受けたことになりましょうか。
サッコとヴァンゼッティの2人は、仲間のサルセードが拷問の末に殺されたことを直感し、独自に調査を始めます。
すると、その2日後に2人は逮捕されてしまい、以後、広瀬氏が書く「不気味な裁判」の末、強盗事件とはなんの関係もなかったであろうのに、死刑が執行されてしまった、ということらしいです。
2人の死刑執行には電気椅子が使用されていますが、この開発には発明王のトーマス・アルバ・エジソンが関わったことが知られています。
この冤罪と思われる事件を題材とす映画『死刑台のメロディ』(1971)がイタリアとフランスの合作で製作されています。
主題歌の『勝利への讃歌』をジョーン・バエズが歌っていますが、私はそのシングル盤を持っていたりします。