画面の縦横の比率と表現の幅

油彩画を描くのに最も用いられる支持体カンヴァスです。昔は板に描かれることが多かったようです。

今でも絵画作品を「タブロー」といったりします。これはおそらく「テーブル」から派生した言葉(?)で、板に描かれた油彩画を昔はタブローといったりしたのかもしれません。

ルーベンス15771640)の作品は板を貼り合わせたパネルに描かれています。

ルーベンスは大きな工房を持っており、多くの弟子を使っていました。ルーベンスには外交官の一面もあり、注文を受けた作品さばくため、ルーベンスが下絵だけを描き、あとの工程を弟子たちに任せることが多くありました。

はじめから終わりまでルーベンスがひとりで描いた油彩画は、ルーベンスの油彩技法の特徴がよく表れています。

ルーベンスがパネルを好んだのは、平滑な画面を求めたからです。パネルには、今のジェッソのような下地材を塗り重ね、それを平滑に磨きます。

その上に油絵具をつけていきます。その際、暗部は溶剤で薄く溶き、透明性を持たせます。一方、明部はシルバーホワイトなどで不透明に塗ります。

不透明に塗られた明部は、塗られた絵具自体が光を反射します。一方、透明に塗られた暗部は、透明な絵具を透過して、支持体まで届きます。

平滑な支持体で光が跳ね返り、透明な絵具の層を再び透過し、深みを持った暗部を感じさせる仕組みです。

このような効果を得るため、ルーベンスはパネルを使った平滑な支持体を必要としたのでしょう。

英国で産業革命が起こり、工場で生産された製品が供給されるようになります。絵画制作の分野でもその恩恵を受けます。それ以前は、工房や画家自身が自分で練り上げていた油絵具が、工場で作られ、チューブに入った状態で店頭に並ぶようになりました。

油彩画を描くためのカンヴァスも、それぞれのサイズに裁断されて画材店が扱うようになりました。

昔の画家は注文を受けて作品を仕上げたため、注文に応じて、作品のアスペクト比やサイズは変わったでしょう。

今も、注文を受けて描く場合は、用途に応じてアスペクト比とサイズは決まるのだと思います。しかし、それ以外の多くの作品は、あらかじめ用意されたアスペクト比やサイズを絵を描く人が選び、描きます。

円形の絵を描くことは稀だと思います。ということで、四角形のアスペクト比について考えます。

四角形のアスペクト比には、以下の四種類があります。

S(Square)正方形を活かす表現に用いると良い
F(Figure)人物型縦型にすると人物のおさまりが良い
P(Paysage)風景型横長で使うと風景画を描きやすい
M(Marine)海景型さらに横長になり広い海景に適する

それぞれの規格に合う表現がありますが、それに囚われず、自分が描きたいものを、自分が選んだ規格のアスペクト比で描いて構いません。

それぞれのサイズで裁断されただけや、裁断されたのち、木枠に貼られたカンヴァスが販売されています。それとは別に、長いまま、ロールに巻かれたカンヴァスもあります。

後者の場合は、ロール状のカンヴァスから、自分が描きたいサイズに裁断し、そのサイズのために作られた木枠に貼って使います。

今回、このようなことで書き出したのは、ネットの動画共有サイトYouTubeで次の動画を見たことによります。

今のテレビ放送しか知らない若い世代は、今のテレビ受像機の画面がそうであるように、16:9の横長の画面の放送が当たり前と考えるでしょう。

しかし、古い時代のテレビ放送を知る人は、縦横の比率が4:3の画面で放送されていた時代を憶えています。

それは、映画作品も同じです。映画でアスペクト比を表示する場合は、縦が1に対していくつになるかで表します。

これに則ると、4:3は、1.375:1となります。16:1になる前のテレビ画面は1.333:1です。

これは、映画が音のついたトーキーになる前のサイレント映画で使われたフィルムのアスペクト比です。これが原型で、この場合が正確に4:3の比率となるそうです。

その後、1.375:1の比率になったそうです。これは正確には4:3ではなく、4.135:3だそうです。

旧い名作の多くがいわゆる4:3の比率で作られますが、そのあと、今の16:1に近い横に長い比率の表現が生まれます。

スクリーンで見ると横に長い映像に見えますが、撮影の仕方には、基本的には何種類かあるようです。

画質の点で理想的なのは「ビスタサイズ」と呼ばれる方式です。これは米国のパラマウント映画が最初に開発したもので、「ビスタビジョン」と呼ばれます。

35ミリ幅のムービーフィルムは、スチルの撮影に使うフィルムをムービーで使うように改良したもの(?)です。

フィルムのカメラを使った人なら、自分でフィルムをカメラに装填するので、フィルムをカメラの中でどのように動かして撮影するかわかります。

フィルムは、一枚撮影するたびに、右に巻いて、次のコマを撮影します。

それが、ムービーフィルムの場合は、同じ35ミリのフィルムを縦に移動させて撮影します。ということで、同じフィルムを使いながら、スチルの1コマの約半分の面積がムービーの1コマの面積になります。

それが、パラマウント映画が開発したビスタビジョンは、スチルのカメラと同じように、フィルムを横に移動させて撮影したそうです。

こうすることで、1コマのサイズがスタンダードサイズの2倍近くになり、鮮明な画質を得ることができます。それを、映画館で上映するため、縦移動のポジフィルムに焼き付けたということです。

ただ、フィルムを横方向へ移動して撮影する特別なカメラを必要とするなどしたため、数年で使われなくなったということです。

縦移動でスタンダードサイズで撮影しながら横長の比率を得るためには、二通りほどの方式があります。簡単(?)なのは、4:3の比率で撮影した画像の上下に黒いマスクで覆って横長に見せる方式です。

デジタルで撮影した動画でも、同じような方法で、疑似的に、シネマスコープのような比率にできます。

これは、原画の部分を切り抜いて拡大するため、画質が低下せざるを得ません。

もうひとつの方式は、特殊なレンズを使って横長の画面にします。使用するのは「アナモルフィックレンズ」です。

私は昔、その当時、普通の個人が唯一扱えた8ミリ映画を趣味としていました。趣味ですから、いろいろな情報を得ては、自分でも試してみたりしました。

8ミリ映画のアスペクト比は、ほぼ4:3の比率です。その縦横比が、アナモルフィックレンズを使えば横長の画面にできると知り、必要もないのに、それを購入し、自分で撮影し、映写したりして遊びました。

米国の8ミリ映画のフィルムには、ネガフィルムもあったとあとになって知りましたが、日本で私が知っている限りでは、ポジフィルム(リバーサルフィルム)しかありませんでした。

撮影したフィルムの現像が終わると、それがそのまま、映写機で映写するフィルムになります。

アナモルフィックレンズをカメラのレンズの前につけて撮影した映像は、スタンダードサイズの画面に、横に長くあるはずの画面が、縦に圧縮されたようにフィルムに定着されます。

そのため、映写機で映写するときも、映写機のレンズの前にアナモルフィックレンズを置き、撮影した時とは違い、レンズを45度回転させ、縦に圧縮されている映像を、本来の横長に戻して映写します。

文章で書いただけではわかりにくいでしょうか? そのうちに、そのアナモルフィックレンズを手にして、動画にしてみましょうか。

アナモルフィックレンズといえば、YouTubeで、桜風涼(はるかぜ・すずし)が、ここ二回ほど、アナモルフィックレンズを勧める動画を作り、公開しています。

#CP+ で公開されたV-AFシリーズ20mm T1.9とアナモフィックアダプター、来場したプロがどう評価したか? 来場者の忖度ない評価を公開します

桜風氏が紹介するレンズは、通常のレンズの前に、アナモルフィック効果を得るレンズをアダプターとして使う方式のようです。

これを通常のレンズの前に取り付けることで、シネマスコープのように、より横長の映像が撮れるということです。

レンズの前にアナモルフィックレンズをアダプターとしてつけなければならず、レンズが二本になり、その分、大きくなってしまうのが玉に瑕といえなくもありません。

というわけで、趣味で使うには難儀しそうですが、仕事で使うのであれば、どうということはないでしょう。

桜風氏は本動画の中で、今後、より横長の画面が流行るのではと述べています。

その一方で、本ページで最初に紹介した動画の配信者は、今、4:3に近い、スタンダードサイズで敢えて撮る流れが出来つつあると伝えています。

横長の画面を見慣れた世代には、真四角に近い比率の映像が、逆に新鮮に見えたりするでしょう。目新しさだけでなく、スタンダードサイズでこそ描ける表現もあるのではと語っています。

本更新のはじめに、カンヴァスの規格について書きました。それぞれの規格には、それに合った表現があります。

仮に海景型とされるM型を横長に使い、人物をひとりだけ描いたらどうでしょう。それも表現のひとつではあるでしょうが、人物の両サイドに空間ができすぎてしまいます。

ひとりの人物を描くのであれば、人物型のF型を使い、それを縦長にして描く方が、おさまりは俄然よくなります。

スマートフォンで動画を撮る人が増えたことで、YouTubeのショート動画は、縦型動画が基本となっています。それは、人を動画で撮る時は、縦長の画面にした方がおさまりがいいことを、感覚的にわかってのことだと思います。

縦長のスクリーンやテレビ受像機がないため、映画やテレビの作品は横長の画面です。その縦横の比率が、時代の推移とともに、横に広がる傾向が続きました。

映画『アラビアのロレンス』1962)のように、横に長く広がる砂漠のような場面であれば、画面の中にロレンス18881935)がひとりで立つようなカットであっても、その左右には砂漠が広がり、それはそれで魅力でしょう。

Lawrence of Arabia (1962) Trailer #1 | Movieclips Classic Trailers

しかし、人物ドラマで、カットの場面が、主人公の部屋の中というような場合はどうでしょう。横に長い画面が、人物以外は無駄な空間に見えることはありませんか?

もっとも、私が好きなビリー・ワイルダー監督(19062002)の『アパートの鍵貸します』1960)は、主人公のC・C・バクスターのアパートの部屋が登場しますが、それを、テレビ受像機の16:1よりも横長の画面にして作品にしています。

THE APARTMENT (1960) | The Elevator Operator With Shirley MacLaine | MGM

それでも、登場人物の左右にできる「空き」が気になりません。要は、どのように撮影するか、監督やカメラマンにセンスがあれば、どうにでもなるということでしょう。

アスペクト比は、私が考えるほど、大きな問題ではないのかもしれません。

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