特異なキャラクターを持つだけでなく、一期は最高峰のA級順位戦に所属する十人の一人に名を連ねた将棋の元プロ棋士が起こした事件が起訴されたことを報じる記事がYahoo!にあります。
普段、将棋に関心がない人には馴染のない人かもしれません。将棋が好きな人で、「NHK杯テレビ将棋トーナメント」を毎週見るような人であれば、橋本崇載容疑者(1983~)を知らない人はいないでしょう。
私も昔から、NHK杯はほとんど欠かさず見る習慣があります。それでいて、私は長いこと、将棋のルールをまったく知らずに見ていました。ルールを覚えたのはここ十年ほどです。
そんなわけで、橋本のことは知っています。
最近の棋士は「優等生」が多くなりました。身だしなみも作法も必要以上に洗練され、NHK杯に解説役で出演する若手棋士は、受け答えも落ち度が少なく、私にはそれが物足りなく感じることが多いです。
そんな中にあり、橋本は、逆の意味で目立つ存在でした。髪の毛を金髪にしていた時期もあります。
根はまじめだったようで、将棋の普及を考え、将棋バーを経営する時期もありました。
そんな橋本が、数年前、棋士を突然のように引退したことには驚かされました。実生活で、妻との関係に問題が生じ、妻が子供を連れて家を出ていくことが起き、そのことで、将棋に専念できる精神状態ではなくなったのでしょうか。
橋本は、今年の7月20日午前頃、滋賀県大津にある元妻の実家に侵入し、元妻と元妻の父親を鍬(くわ)で襲い、二人に軽症を負わせたとされています。
本事件を担当する大津地方検察庁は、橋本容疑者の精神状態を鑑定したのち、刑事責任能力を問えるとの判断に達し、8日、殺人未遂と住居侵入の罪で、橋本を起訴したということになります。
私が橋本と聞いて思い出すことがあります。
あのときも、ほぼすべての新聞が一斉に一面に大きく報じたので、将棋を知らない人も、そのことを憶えている人がいるかもしれません。
7年前の2016年、プロ棋士の三浦弘行九段(1974~)が、対局中に将棋ソフトを不正使用した疑いを持たれた事件がありました。私は、三浦九段を信じる立場で、その一部始終を本コーナーで数多く更新しました。
しかし、今それを読むことは、私でもできません。2016年2月頃から2019年7月10日以前の期間の更新分が、本サイトの独自ドメイン取得手続きの際、私の手違いで消してしまったからです。
三浦九段が不正を疑われたとき、三浦九段は、渡辺明九段(1984~)がタイトルを保持していた竜王戦の挑戦権をかけたトーナメントを戦い、それに勝ち抜いて、当時の渡辺明竜王への挑戦権を得ました。
ところが、その最終版で、久保利明九段(1975~)と対局した時、三浦九段が頻繁に席を立つなどしたことが怪しまれました。それを聴き知った渡辺九段らが、それを勝手に問題視し、三浦九段への疑いを勝手に深めていきました。
渡辺九段は、『週刊文春』の取材を受け、そこで三浦九段への一方的な疑いを吐露し、それが特集として組まれることが起きました。
騒ぎが大きくなり、当時の谷川浩司日本将棋連盟会長(1962~)が三浦九段の扱いの判断を任され、三浦氏が容疑を完全に否定していたのにも拘わらず、出場停止処分を下しました。
マスメディアも三浦九段を黒と見る報道でした。不正行為をしていなかった三浦氏が、危うく、棋士の廃業を迫られる状況にありました。
この事件の際、橋本は三浦九段を黒と決めつける考えをネットで展開していたことを憶えています。
その後、将棋連盟から委嘱された第三者委員会が調査をし、三浦九段に疑われたような不正行為が一切ないことが明らかになり、谷川会長が、正式に謝罪しています。
逆に窮地に追い込まれた谷川会長は、会長職を辞職しています。精神が不安定になったのか、事件を起こした政治家がするように、病気を理由に病院へ入院することをしています。
この事件のあと、藤井聡太八冠(2002~)が彗星のように出現したのは、窮地の将棋界を救う天の配剤のように思えます。もしも藤井八冠の出現がなければ、三浦九段の騒動が長く尾を引いたでしょう。
橋本容疑者が起訴されたことを報じる共同通信の記事に寄せられたコメントに、心に残るものがひとつありました。コメントを書いた人の了解は得ていませんが、その全文を紹介させてもらいます。
離婚後に子供と永らく会えなくなっている親として橋本氏に同情する所もあるけど、相手に危害を加えては絶対にいけないですね。
相手は子供にとっての大切な親や祖父なんだから、彼の行ったことは自分本位の行動であって子供第一の行動とは決して言えないです。
そういうわけで彼を擁護することは決してできませんが、離婚後に親子が断絶してしまうことが当たり前の社会というものが、彼をここまでの凶行に追い込んだ側面もあると思います。
子供と金輪際会えなくなってしまうかもしれないという恐怖心は人をおかしくしてしまっても全く不思議ではない。
片親の意思だけでもう片親との関係性を断つことができるというのは世界の人権の基準から見ても明らかに逸脱した残酷な慣習です。
誰が良い悪いという善悪論ではなくなぜこのような悲劇が起こったのかをよく考えてほしいです。
残酷な慣習は改めていかなければいけないと強く思います。
私は独身ですから、もちろん自分の子供はいません。しかし、もしも子供がいて、何かの理由で、一生、自分の子供に金輪際会えない状況に置かれたら、精神的におかしくなりかねない、という指摘を理解することができました。
自分が同じ立場でも、精神的に追い込まれてしまいそうです。
人々が活動する昼の時間は何とか耐えられるでしょう。しかし、陽が沈み、夜の時間に独りで過ごすと、どうしても、自分の子供のことが頭を占めるようになるでしょう。
それを、残りの人生で、毎晩耐えて行かなければならなくなったら、精神的にどんなに強い人であっても、持ちこたえるのは容易なことではないでしょう。
橋本容疑者は、そうならないように、妻や子と関係を良好にすべきでした。
そのことは理解しつつ、橋本容疑者の心境に想いを馳せると、事の善悪を超えたところで、考えてしまうこともあります。
親と子の関係は、第三者には想像できないほど深いものなのだろう、と深く考えさせられました。