縁と恩を重んじる山下達郎

人はそれぞれに個性を持ちます。そして、それを形作る一部には、性的なものが含まれます。

性的な個性も、おそらく、千差万別といえるでしょう。

それぞれの個性を認めつつ、他者の個性をどうしても受け入れられないことが起こります。

たとえ話をすれば、好きになって結婚した一組の男女があったとします。結婚を実現できた当初は、自分たちほど幸せな人はほかにいないと思ったりするでしょう。

しかし、結婚してから、相手の隠された個性に気づくことがないでもありません。そしてそれがどうしても受け入れらない場合は、同じ空間で過ごすことが苦しくなったりします。

許せない個性のひとつに、相手の性的な個性の場合もありましょう。それが自分の個性と相いれない場合は、離婚話に発展しかねません。

黒澤明19101998)の作品で撮影監督を務めたカメラマンに中井朝一19011988)がいます。

黒澤明監督は完全主義者だったのか?『七人の侍』『天国と地獄』『乱』他黒澤明監督作品12本を撮影した中井朝一カメラマンが証言する!

この中井の「奇癖」については本コーナーで取り上げたことがありますが、ここでもう一度、それについてネットの事典ウィキペディアに書かれた部分を引用します。

黒澤明監督の「黒澤組」では、黒澤監督の屋敷でスタッフキャスト全員が集まってよく乱痴気騒ぎの宴会が開かれた。この宴会で決まって出るのが中井の裸踊りだった。中井は普段は非常におとなしいが、酒が入っていって時間がたつと、いきなり「アラエッサッサー」と叫んで全裸になる奇癖があった。それぞれ同行した夫人たちは面白がるが、中井夫人だけは黙って下を向いていたという。

私は組織やグループに属して生きてきませんでした。その理由のひとつが、こうした「なれ合い」を嫌う性格だからです。

中井は、シネマのカメラマンとしての腕は優秀だったのでしょう。それだから、宴会で全裸になって裸踊りをしても、黒澤をはじめ、参加者から総スカンを食うこともなかったのでしょう。

しかし、私が仮にその場にいたとしたら、中井の裸踊りに付き合って、馬鹿笑いするつもりはありません。それが始まりそうになったら、その場からいなくなるでしょう。

そうした行為を世間では「付き合いが悪い」といいます。「裸踊りにぐらいに付き合えなくてどうするんだ」という人もいるかもしれません。

しかし、私にはどうしても付き合うことができません。それを平然と眺めることができないからです。

これでは、組織やグループの中で生きていくのが難しくなります。

こんなことを書き出したのは、本日、Yahoo!ニュースで、ある記事を読んだからです。その記事へのリンクを下に張ります。

そんな出来事が起きていたことをこの記事で知りました。

シンガーソングライターとして長く活動する山下達郎1953~)が、自身に降りかかった疑惑や不満を、ご自身がパーソナリティを務めるFM番組で語った内容を全文報じる記事です。

騒動の発端は、山下が所属する音楽プロダクション「スマイルカンパニー」が、業務提携していた音楽プロデューサーの松尾潔氏(1968~)との契約を一方的に(?)打ち切ったことです。

それより前、松尾氏は、ジャニーズ事務所に対して批判的な発言をし、その中で、山下について言及することがあったそうです。

いわゆる「ジャニーズ問題」が世に出たことで、創業者のジャニー喜多川氏(19312019)が、ほぼ半世紀にわたり、事務所に所属する若い男性タレントに、一方的な性的行為をしていたことが、多くの人に知られるようになりました。

それ以前から、ジャニー氏の行いは、散発的に週刊誌などで取り上げられていました。ネットを使うようになってからは、私もたびたびその噂は聞いて知っていました。

しかし、ジャニーズ事務所に所属する超売れっ子のタレントを日本のテレビ局は必要不可欠と考えるため、マスメディアが表立ってジャニーズ事務所を批判的に扱うことはありませんでした。

その長く封印されていた悪事が、今春、英国放送協会(BBC)という外圧によって、あからさまにされたことになります。

マスメディアは、社会に起こる性的な問題は追究しながら、自分たちと利害関係を持つジャニーズ事務所には、批判の矛先を向けずにこの半世紀ほど、悪事をむしろ擁護さえしていました。

今回、山下が自身のラジオ番組で述べたコメントに目を通すと、これまでさんざん使い古された、ジャニーズ事務所を擁護するための「言い訳」のあれこれが見え隠れします。

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たとえば、山下は次のように述べています。

私が-個人-ミュージシャンとしてジャニーさんへのご恩を忘れないことや、それからジャニーさんのプロデューサーとしての才能を認めることと、社会的・倫理的な意味での性加害を容認することとは全く別問題だと考えております。

この発言をどう受け取るかはそれぞれで異なるでしょう。もっともらしいいい方だと思いますが、人間の気持ちは、こんなに綺麗に割り切れるものだろうか、と私は思います。

愛し合って結婚した夫婦であっても、相手の個性をどうしても受け入れることができず、別れる場合があります。

仮に、夫が特異な性的趣味を持っていたとします。それをいつもせがまれる妻は、結婚当初は嫌と思いながらも、いわれるままに従います。

しかし、それが何度も繰り返されて年月を重ねたら、拒むようになることもあるでしょう。

愛し合って結婚したのですから、夫になった男性を好ましく思っていることは間違いありません。しかし、そうであっても、どうしても受け入れないところがあり、それが特異な性的趣味であれば、ふたりの関係が破局することもあります。

山下のいうように、相手が放つ魅力によって、汚いところは気にならなくなる、と割り切るほど、人間の感情は単純ではないだろうということです。

山下がこのようにいえるのは、ビジネスパートナーとしてジャニー氏と接していたからではありませんか。

ただ、仕事で接する人であっても、時には相手の個性がどうしても受け入れない場合があります。

ひとつの例として、黒澤組で撮影監督をした中井朝一の裸踊りを上げました。

これをひとつの余興として楽しめることを、山下のジャニー氏に対する態度に置き換えることができます。優れた仕事をするのだから、憂さ晴らしの性加害は、自分の知ったことではない、と。

ジャニー氏と仕事をした人は、だいたいこのような態度を採り、自分の仕事を優先して、ジャニー氏と接していたのではないか、と想像します。

日本のマスメディアのジャニー氏への対応も、ほぼこれと同じでしょう。

ということは、ジャニー氏と関った人が採る「大人の対応」を山下が代弁していると受け取ることができます。

大人と認め合う者同士が仕事を前提に付き合うのだから、性加害とか面倒なことをいわず、彼の才能を優先していこうじゃないか。ごちゃごちゃうるさいことをいうな、と。

山下の考え方で鍵となるのが次にある心持の表明でしょう。

私の人生にとって一番大切なことはご縁とご恩です。

山下の人生で、どちらも強く持っていたのがジャニー氏で、自分が泥をかぶるようなことになっても、これだけは決して譲れない、ということでしょう。

何やら、任侠ものを見せられている気分になります。

この態度の表明は、ジャニーズ事務所側に聞かせるために述べている、と私は想像します。今後のビジネスのしやすさも計算の上で。

アーティスティックな仕事をされていますが、なかなかにしたたかな商売人としての処世術もお持ちのようですね。もっとも、そうでなかったら、ショービジネスの世界で長く生き残るのは難しいのでしょう。

コメントの最後では、次のような思い切ったことも述べています。

このような私の姿勢を忖度、あるいは長いものに巻かれているとそのように解釈されるのであれば、それでも構いません。きっとそういう方々には私の音楽は不要でしょう。

この物言いは、山下が自分で述べたことと矛盾しているように思います。

山下は、ジャニー氏が噂されるような性加害者であっても、彼の場合は才能がそれを上回っていると山下は考えるから、ジャニー氏との縁と恩を大切にする、と述べているわけですよね。

であれば、「私のことを忖度に塗(まみ)れた人間であると見限った人であっても、私の音楽を愛してくれているのなら、これからも私の音楽を末永く楽しんでください」と述べるのが「大人の対応」なのではありませんか?

山下に子供がいるかどうか知りませんが、もしいたとして、それが息子で、ジャニー氏に性のおもちゃにされたとしたら、どんなふうに感じるでしょう。

それでも、それはそれと割り切り、ジャニー氏とビジネスの関係を続けたでしょうかね。

自分と直接関係ないことであれば、大人の対応とやらで見て見ぬふりをしていられるでしょう。しかし、自分や自分に近い人が被害に遭うことがあったりすれば、大人の対応で乗り切れないこともあります。

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