物事には、正しいやり方や順序のあるものがあります。
デジタル機器は、融通が利かないため、説明書のとおりでなければ反応しないこともあります。
その点、昔から生活の中で行うことは、決まりはあってないようなこともあります。これはアナログならではの良さといえましょう。
ただ、そんなアナログなことであっても、正しい順序というものがあるとすれば、自分がやっている順序は正しいのか、間違っているのか、気になることが起こります。
たとえば、風呂に入る時、あなたに身についた順序というものがあるでしょう。
私の場合は、まず、シャワーでお湯を出し、床のタイルを湿らせ、座る腰掛をシャワーのお湯で温めます。そのあと、腰掛に座り、体全体にシャワーのお湯をひと通り浴びせます。
そのあとは頭にシャワーのお湯をかけ、髪全体を湿らせたあと、シャンプーをつけて泡立て、髪全体を洗い、シャワーのお湯で洗い流します。
それが済むと、ナイロンタオルに液体のボディシャンプーをたらし、よく泡立てたあと、体をタオルで軽くこすります。洗う順番は、煩雑になりますので、割愛します。
体を洗い終わったらシャワーのお湯で洗い流し、湯船に入ります。
ここまで書いた私の順番を読んで、「間違っている」と感じた人もいるでしょう。
私は、今年の前半途中から、山口瞳(1926~1995)の『男性自身』をまとめて収録した全集を読み始めました。これは、山口が『週刊新潮』に31年間連載したコラムで、連載中は一度も穴を開けることなく書き続けています。
足掛け32年分のコラムが電子書籍版の全集全8巻にまとめられ、発売されています。私は全集の第1巻と第2巻、それから、『山口瞳 電子全集19 1978~1979年「血族」 Kindle版』の3巻を買い、今は第1巻を読んでいるところです。
週に一度掲載されたコラムを読むのであれば、一遍に読み通ししてしまったのでは味気ないと考え、隙間の時間に少しずつ読むようにしており、まだ、半分も読んでいません。
その87回目のコラムは、「手順前後」(1965年『週刊新潮』7月31日号 初出)の題で書かれています。
山口が小学生の頃、先生と風呂に入った時のことが書かれています。山口は、おそらくはいつものように、湯船に入る前に体を洗い出したところ、先生に次のように叱られ、驚きます。
湯につかって脂を浮かせてから洗うのでなくては意味がない。
これを読んで、自分が習慣にしている入浴の順序が、果たして正しいのかどうか(風呂に入るのに、正しいも正しくないもないとは思いますが)、考えてしまったというわけです。
湯に浸かって体の脂を浮かせ、そのあとに洗った方が、汚れがよく落ちるように思います。今晩から試してみてもいいですが、汚れの落ち具合は、どのように確かめましょうか。
同じ回のコラムに、昼休みに起きたことが書かれています。
それは山口の周りで本当に起きたこと(?)でしょう。
「ずいぶん昔のこと」とその話を書き出していますが、当時、山口は会社勤めをしており、昼休みにコーヒーを飲もうと思って会社を出ると、同じ会社の営業部で働くS子がすぐ前を歩いているのに気がつきます。
山口はS子に声を掛け、どこに行くか尋ねると、「丸ビル(丸の内ビルディング)に勤めている姉と一緒に食事するの」と嬉しそうに答えます。S子は二十歳ぐらいと書いてありますね。
山口はたしか二十歳ぐらいで結婚していますから、その当時は家庭を持っていたでしょうが、会社の同僚のS子のことは憎からく思っていたでしょう。
その後、山口は会社から十分ぐらいの喫茶店にひとりで入り、帰ろうとしたとき、店の奥の席に、さっき会ったS子が座っていることに気がつきます。
ただ、S子と同じ席についているのはS子の姉らしい女性ではなく、山口の友人のKでした。
そのあと、友人のKが、目当ての女性と付き合うための「手口」のようなことが少し書かれています。
実際にあったことをコラムで書く場合、イニシアルは本当の名前を基にするものでしょうか。もしそうであれば、山口の友人のKは、あの開高健(1930~1989)ではないか、と想像を膨らませたりしました。
山口は、大学を出たあと務めた出版社が倒産し、開高に頼って壽屋(「ことぶきや」今のサントリー)に入社しています。開高とどのようにして知り合ったかは忘れましたが、友人であったのはたしかです。
Kが山口に「きのう、君んところに泊まったことにしてあるねん。頼むわ」と関西弁を使っていることからも、関西弁でしゃべる開高が友人のKでありそうな線が臭います(?)。
私の想像通りであれば、開高は、豪放磊落(ごうほうらいらく)な性格もあって、女性に接近するのが上手だったといえましょうか。
山口は女房一筋の人であったようです。『男性自身』の連載を始めて間もない頃、次のように書いたこともあります。
私は女遊びというものをしたことがない。あやまちを冒したことがない。
山口瞳. 山口瞳 電子全集1 『男性自身I 1963~1967年』 (pp.52-53). 株式会社小学館. Kindle 版.
山口は、妻を『男性自身』では「夏子」と書きます。本名が「治子」だった山口の妻は、夫の山口に女性問題で悩まされたことは生涯で一度もなかったでしょう。
何しろ、妻以外を知らないというようなことを晩年にも書いています。これ以上の女房孝行はないのではありませんか?
口の悪い人にかかれば、「つまらない男」といわれかねませんが。