太っちょヤスミンは幸せ配達人

『バグダッド・カフェ』198)という西ドイツの映画があります。ご存知でしょうか。それがいつだったか、どこで見たのか思い出せませんが、一度、リバイバル上映された本作を映画館で見た記憶があります。

見たあとに本コーナーで書いたはずですが、残っていません。ということは、本サイトの更新をWordPressに変更した2013年から2016年の間になるでしょう。

この3年間分の更新が、本サイトを独自ドメイン(indy-muti.com)に変更する過程で失ってしまったからです。

それはともかく、本作が先月の16日、NHK BSプレミアム「プレミアムシネマ」で放送され、録画して見ました。録画したのは一カ月ほど前になりますが、なかなか見る気が起きず、今になってしまいました。

本作を監督したパーシー・アドロンは、1994年に一度目の再編集をしています。初回の公開でカットされた17分のフィルムを加えた作品は『バグダッド・カフェ 完全版』として公開しています。

アドロン監督は本作に思いれが強かった(?)のか、その「完全版」をさらに、画面の比率をビスタサイズ(ビスタビジョン)からワイドスクリーンサイズに換え、なおかつ、色調などを調整し、『バグダッド・カフェ 完全版 デジタル・ニューマスター』としています。

これだけでは終わらず、2008年には、すべてのカットを見直し、色と構図の再調整を行い、これは『バグダッド・カフェ ニュー・ディレクターズ・カット版』となっています。

今回、BSで放送された本作は、最終形(?)の「ニュー・ディレクターズ・カット版」です。それだからか、映画館で以前見たはずなのに、見ていてもその時の記憶がよみがえらず、初めて見るような感覚でした。

本作を知らなかったり、見たことがない人であっても、『コーリング・ユー』という曲なら聴いたことがあるかもしれません。この曲は、本作のために作られたテーマ曲です。

BAGDAD CAFE – I’m Calling You

本作の舞台は、バグダッドの地名がついていても中東ではなく、米国の砂漠地帯にあるバグダッドという何もない土地です。

本作を見たことがない人に、本作の雰囲気を語るのは難しいです。全編が一種独特で、見てもらわなければわからない雰囲気が漂うからです。

スタートからして独特です。見渡す限り何もない砂漠地帯で、ひとりの頭の禿げた中年男が、廃屋の陰で立小便を終えたところです。男は不機嫌です。

その近くに埃だらけの車が停まっており、車の向こう側でしゃがんで小便をする中年女性がいます。この女性が本作の主人公のジャスミン(当地で出会った人には自分を「ヤスミン」と呼ぶようにいいます)という女性です。

ヤスミンは見るからに太っています。演じるのは、マリアンネ・ゼーゲブレヒト1945~)というドイツ人女優です。

MARIANNE SÄGEBRECHT – Interview mit Peter Fässlacher

ヤスミンは夫とふたりで米国をレンタカーで旅をするドイツ人夫婦です。

ヤスミンの夫はヤスミンに腹を立てていますが、その原因は明かされません。そのあげくに、ヤスミンのボストンバッグを車の外へ放り出し、ヤスミンを砂漠の中にひとりで残したまま、土煙をもうもうに上げてどこかへ走り去ってしまいます。

砂漠地帯にたったひとり残されたヤスミンを見て、アルフレッド・ヒッチコック監督(18991980)の『北北西に進路を取れ』1959)の有名な一場面が重なりました。

ケーリー・グラント19041986)が演じる男は、敵の諜報機関が架空の人物とは知らずに追う「カプラン」という人物に間違われ、命を狙われ続けます。

その主人公が、何もない砂漠を通る道路脇で待つようにいわれ、待っていると、どこかから現れた軽飛行機に空から襲われ、農薬をまかれたりするのです。

North by Northwest (1959) – The Crop Duster Scene (4/10) | Movieclips

その有名なシーンと同じような何もない砂漠地帯に、ヤスミンはたったひとり取り残されています。

ヤスミンはひとり、羽のついた帽子をあたまにちょこんとのせ、底に車輪のついた大きなボストンバッグを引きずりながら、車がほとんど通らない道を歩いていきます。

そのシーンにタイトルが重なり、『コーリング・ユー』が流れるのです。

Bagdad Cafe – Calling you

いい意味でラフな作り方をしているように思います。上に埋め込んだタイトルバックの映像にしても、道路にできる影がヤスミンのばかりではなく、撮影するカメラマンの影も映り込んでいます。

編集段階でもそれをそのまま使い、監督がOKを出しています。いいたいことが表現できていれば、細かいことにはこだわらない(?)のでしょう。

ヤスミンがようやく人に出会うのは、砂漠の中にポツンとある「バグダッド・カフェ」という安普請のカフェです。庭にはタンクだけが立っているようなガソリンスタンドがあります。

風が吹くと、土埃で何も見えなくなるようなカフェです。

このカフェにはモーテルとして数室が用意されており、ヤスミンはそこへ寝泊まりしようとしてここを訪れるのです。

このカフェは荒れ放題で、店を切り盛りするブレンダという黒人の女は、目玉をギョロギョロさせ、常に誰かを怒鳴り散らしています。

ブレンダには「サル」という名の黒人の夫がいますが、ブレンダはサルに思いつく限りの不平不満をいい、ヤスミンと入れ替わるように、カフェから追い出してしまいます。

ブレンダには子供がふたり(だったかな?)おり、息子はいつもカフェの片隅でピアノを弾き、ブレンダに弾くのを止めるよう怒鳴られています。

この息子は結婚していなかったと思いますが、小さな赤ん坊がいます。ブレンダには孫になります。

息子の妹の娘は、遊び盛りで、家の手伝いもせず、オートバイの後部座席や、長距離トラックの助手席に乗っては、どこかへ行ってしまいます。

カフェの中は埃が積もり、道具や紙類で雑然としています。

ブレンダは着るものに全くこだわらず、同じような服を毎日着古して、辺りにいる人間に喚き散らしています。

カフェについたばかりのヤスミンは事情がわからず、ブレンダに「センターまではどのくらいか?」と訊きます。ブレンダは「ショッピングセンター」と勘違いしますが、ヤスミンは街の中心部を訪ねたのです。

ブレンダはここにあるのがすべてで、他には何もないと答えます。それぐらい、何もないところなのです。あるのは見渡す限りの砂漠と、そこを唯一通る埃だらけの道路が一本だけです。

本作を見ていて、まったく関係のない作品を思い出しました。ジュリー・アンドリュース1935~)が主演したミュージカル仕立ての映画『メリー・ポピンズ』1964)です。

まだ小さな子供がふたりいる銀行家の家は、家政婦が長続きせず、新しい家政婦を募集します。それに応じたのがメリー・ポピンズで、彼女は開いた傘で雲上から地上へ降りてきます。

メリー・ポピンズは子供たちに優しく接し、家族を幸せに導くのです。

Let’s Go Fly A Kite – Mary Poppins (David Tomlinson)

ヤスミンは、荒れ放題だったカフェに現れ、彼女の力で、カフェをよみがえらせ、そこに暮らす人々を幸せにしていきます。しかも、ヤスミンは手品を憶え、それを使って人々を楽しませるのは、メリー・ポピンズと同じといっていいでしょう。帽子をかぶって現れるのも一緒ですね。

Bagdad Cafe Official Trailer #1 – Jack Palance Movie (1987) HD

カフェの経営者のブレンダは、突如現れたヤスミンにもきつくあたりますが、それが次第にほぐれ、ふたりは強い絆で結ばれるようになります。

私が本作を作るなら、終盤で、カフェに起きたことはすべて幻だったことにし、それでも、幸せになる方法を得た人々が、ヤスミンがいなくても幸せに暮らせるようなエンディングにしたいです。

私がこういう風に書くということは、本作はそのようには描かれていないということです。

ヤスミンを演じたマリアンネ・ゼーゲブレヒトは、私が気がついただけで三度ほど、垂れ下がったおっぱいをスクリーンに晒しています。

彼女の入魂の演技といえましょう。

BAGDAD CAFE (1987) Directed by Percy Adon – CINEMIN review

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