私は、平日の午後1時からNHK BSプレミアムで放送される「プレミアムシネマ」の時間枠で、気になる映画が放送されると、録画して見る習慣を持ちます。
この時間帯では、曜日によって、映画の分野にある程度傾向があります。金曜日は米国の西部劇が放送されることが多いです。私は西部劇を見る習慣がないため、金曜日に放送される映画を録画することはほぼないです。
水曜日は2週続けてアルフレッド・ヒッチコック監督(1899~1980)の作品が放送され、次週(15日)も『めまい』(1958)の放送が予定されています。
古い映画ファンであれば、ヒッチコックの『鳥』を知っている人が多いでしょう。私も知っていました。しかし、これまで、はじめから終わりまで見たことがないように思います。
そこで、今回の放送を録画し、すべて見ました。
主人公のメラニーという女性を演じるのはティッピ・ヘドレン(1930~)という若手の女優です。
監督のヒッチコックとしては、ヘドレンが演じた役にグレース・ケリー(1929~1982)、その相手役の弁護士ミッチにはヒッチコック作品の常連であるケーリー・グラント(1904~1986)を想定していたようです。それは実現できず、ヘドレンと相手役にはロッド・テイラー(1930~2015)を起用しています。
ヒッチコックは、テレビのコマーシャルでヘドレンを見て、当時はモデルをしていた彼女を本作の主演に決めたようです。
物語の展開が早いです。メラニーとミッチが米国サンフランシスコのペットショップで出会い、たしかその日のうちに、ミッチの実家がある海辺の小さな町ボデガ・ベイへ車を飛ばしています。
ボデガ・ベイはサンフランシスコの北100キロにある町で、高速道路を飛ばせば1時間半、海沿いの道を行けば2時間ぐらいで着く町です。
ミッチの実家には、母親と11歳の娘キャシーが住んでおり、普段はサンフランシスコで仕事をするミッチが、週末になると母と娘がいる実家へ行くのです。
キャシーが通う学校で教師をするアニーという女性が、学校の隣りに住んでいます。アニーは、かつてミッチと付き合いがありました。
アニーはミッチと別れたあと、ミッチの実家の近くに移住し、ひとりで暮らしています。
アニーを演じたのはスザンヌ・プレシェット(1937~2008)という女優ですが、彼女を見て、以前何かで見たことがあると思いました。
見ているうちに思い出しました。米国ドラマ『刑事コロンボ』シリーズの第5話『ホリスター将軍のコレクション』(米国の初回放送:1971年10月27日|日本の初回放送:1973年7月14日)で、元将軍のホリスターが部下を自分の部屋で射殺するところを、母と乗っていたボートの上から偶然目撃するヘレンという役でした。
独身のホリスターはヘレンに近づき、恋心を匂わせて、同じく独身のヘレンを自分の味方につけます。ヘレンは目撃証言を翻し、ホリスターを庇うようになるのでした。
彼女が『刑事コロンボ』に出演したのは1971年、そして、本作が公開されたのは1963年です。
彼女について書かれたネットの事典ウィキペディアで確認すると、本作の前年に『恋愛専科』(1962)に出演し、共演したトロイ・ドナヒュー(1936~2001)と本作が公開された翌年の1964年に結婚しています。
ということは、彼女がドナヒューとの愛を育んでいた時期に撮影ことになりましょうか。ただ、その結婚生活は数カ月で終わってしまったようですね。
今後、「プレミアムシネマ」で『恋愛専科』が放送されることがあれば、そのあたりも想像しながら、見ることにしましょうか。
本作でメラニーを演じたヘドレンは、次作の『マーニー』(1964)でも主演していますが、このふたつの作品を撮影中、彼女が監督のヒッチコックにセクシャルハラスメント(セクハラ)被害に遭っていたことは、本コーナーで以前書きました。
本作中のセクハラについては、ウィキペディアに次のような記述があります。
主演にはヒッチコックがテレビCMで見かけた元モデルの新人ティッピ・ヘドレンを起用したが[244]、後年にヘドレンは撮影中にヒッチコックからセクハラを受けていたことを明らかにした[245][246]。ヘドレンの自伝またはスポトーの伝記によると、ヒッチコックはヘドレンが男性俳優と交流したり触れたりすることを禁じたり、彼女だけに聞こえるように卑猥なことを言ったり、スタッフに彼女の行動を見張らせたりしたという[246][247]。
ウィキペディア「アルフレッド・ヒッチコック」生涯:『サイコ』と『鳥』
次作の『マーニー』ではそれがエスカレートしたことが、ウィキペディアの記述から窺えます。
その撮影中、ヒッチコックのヘドレンに対するセクハラはエスカレートした[246][253]。ヘドレンによると、ヒッチコックはメイク部に自分のためにヘドレンの顔をかたどったマスクを作らせるよう要求したり、ヒッチコックの部屋と隣のヘドレンの控え室の間に扉を作って直接行き来できるようにしたりしたという[246][245]。スポトーによると、1964年2月末のある日には、ヒッチコックは控え室でヘドレンに性的関係を求め、やがてヘドレンのキャリアを台無しにすると脅迫めいたことを言ったという。
ウィキペディア「アルフレッド・ヒッチコック」生涯:キャリア後期:1965年 – 1980年『マーニー』
撮影の裏でこうしたことが起きていたからか、メラニーを演じるヘドレンの表情が終始硬い印象があります。もちろん、鳥に襲われる場面では表情が硬くて当たり前ですが、そうでない場面でも、芯からの笑顔を見せていないように感じます。
なぜ鳥が人間を襲うのかは、最後までわからないままです。ただ、見方を変えれば、人間以外の生き物には、人間ほど怖い生き物はいないでしょう。
今週火曜日(7日)の本コーナーでは、1986年に放送された「NHK特集」について書きました。
現地でスケトウ漁をする漁師は、それが仕事ですからあたりまえのことですが、産卵のために知床岬周辺に回遊してくるスケトウダラの大群を根こそぎ捕獲してしまいます。魚にしてみれば、わけがわからないまま、網にからまり、死んでしまうのです。
こんなことをして平気な人間は、魚には憎んでも憎みきれない存在にはなりませんか?
鳥の大群が人間を襲うシーンには特殊撮影が使われています。60年も前に制作された作品ですが、今見ても、どのように撮影したのかわかりません。
同じシーンを、今の日本のテレビ局に再現してもらったら、60年経った今も、日本のテレビ局は、本作の映像を上回る映像を作ることはできない(?)でしょう。
鳥の大群が町を襲い、メラニーとミッチがレストランに逃げ込むと、そこにいた町の人間たちがメラニーを忌み嫌うように見るシーンがあります。
その中のひとりの女性は、メラニーが町に来てから鳥の襲撃が始まったといい、メラニーに近づきながら、「何者なの?! どこから来たの!(鳥が人間を襲うのは)あなたのせいよ! 魔女だわ!」と喚(わめ)きます。
ミッチの娘のキャシーはメラニーにすぐに慕うようになりますが、母親は彼女には冷たい態度です。
ヒッチコックの『鳥』は、鳥が人間を襲う印象ばかりが強いですが、心を開かない人間の姿も描かれています。
救われない気分のまま本作は幕となります。
主演したヘドレンには、救われない役を演じ、本作を振り返ったときも、ヒッチコック監督とのことが蘇り、救われない気分になる(?)でしょう。