今年の年後半、私は災難続きとなっています。といっても、大災難ではなく小災難程度であるのは不幸中の幸いといえましょう。
私の小災難はここまで三つあります。
ひとつ目は、7月中旬に始まりました。
その頃に、私は右足のアキレス腱のあたりが痛くなりました。その時のことは本コーナーで書きました。
私は医院で治療を受けていませんので、痛くなった原因は自分で推測しただけです。それが正しいかどうかはわかりません。
痛みが一番強かったときは、立ち上がるのも困難なほどでした。中でも、夜中に布団から立ち上がるのに苦労しました。
今は完治し、毎日30分程度の運動をしています。まだ暑さが去らず、運動をすると汗びっしょりになります。ともあれ、汗をかけるほど回復したのは何よりです。
ふたつ目と三つ目の小災難は8月30日と9月2日に始まりました。
三つ目の小災難から先に書きますが、これについては、本コーナーで二度ほど取り上げた体調不良です。
体が熱っぽくなり、そのあとに咳の出ることが何日か続きました。体が熱ぽいときは何をするのも億劫になり、本サイト内の「クロッキー」コーナーの更新を数日休みました。
日本では新コロ茶番騒動がまだ収束していませんので、発熱したら、多くの人は新コロウイルスに感染したのでは、とドキリとするでしょう。
新コロとされるウイルスは未だに存在が証明されていません。ですので、ないものに感染することはあり得ません。そう考える私ですから、自分が新コロになったとは考えもしませんでした。
もちろん、PCR検査などするはずもなく、医療機関を訪問することも考えず、実際、しませんでした。ただ、体を休めていただけです。
そうそう。咳が出るようになる前に喉が痛くなり、2時間おきに3回と、翌日の朝に1回、市販ののど飴を3錠ずつ舐めました。用法を読むと、15歳以上は1回に3錠舐めるよう書いてあり、次に舐める時は2時間の間を開ける、と書いてあったからです。
結果的には、必要以上に舐めたことになりそうです。のど飴を舐め過ぎたことが原因してか、食欲が落ちました。もしかしたら、のど飴に含まれる刺激物によって、胃壁が荒れた(?)のかもしれません。
それに加えて、喉の奥の方が荒れてでもいたのか、何を食べても味がいつもの何倍もの濃さに感じました。私は朝食で梅干を食べる習慣ですが、酸っぱさを数倍にも感じ、とても食べる気になりませんでした。
ご飯を茶碗に半分程度よそっても、食べきれずに残しました。
また、咳が不定期に出るようになり、そのときは、喉のあたりが熱っぽくなりました。そこで、素人考えで、氷をビニール袋に入れて、それで喉のあたりを冷やしました。
これも素人判断でしかありませんが、喉がスッキリしないときはビールを飲むと良いように感じます。治りかけに飲み始めたら、その後は喉がスッキリしないことがなくなりました。
この三つ目の小災難に遭った原因は、もしかしたら、新コロウイルスのために作られたことにされているワクチン(以下「似非ワクチン」)を接種した人から、何らかの異物を移されたせいではないか、と考えています。
私の義兄が8月末に似非ワクチンを接種する予定でした。その後、その似非ワクチンを接種したのかどうか尋ねていませんが、接種したのであれば、時期的にも合いそうな気がします。
義兄は発熱などしていませんが、時折咳をしています。また、声が籠っているように聴こえます。当人に訊くと、至って元気だといい張っています。
似非ワクチンを接種した当人より、私の方がその影響を受けてしまったのでは、割が合わない気がします。
思わしくなかった体調は、10日程度で元に戻りました。数日前までは鼻水が出ましたが、今はそれも収まりました。鼻水というのは、どこから出てくるのだろう、と素朴な疑問を持ちました。
順番があとになりますが、ふたつ目の小災難は8月30日の早朝に起こりました。それは損傷ですが、外からは見ることができない損傷です。
損傷したのは耳の奥です。
私は庭で燃えるゴミを燃すのですが、時にはそのゴミの中に、家の周りに生えている竹を切って入れることがあります。
その日の早朝も、ゴミの中に切った竹がありました。そのときの竹は青竹です。太さは直径が10センチぐらいでしたでしょうか。
御承知のように、竹には節があります。短く切った竹であっても、節と節の間には竹筒の中に空洞があり、空洞の中の空気が火にあぶられて膨張すると、節を突き破って破裂します。
その時に、竹はポンッ! と大きな音を立てます。空洞がいくつもあれば、破裂音が何度もします。
これまでに何度も竹は燃やしていますが、これまで、その破裂音を聴いたことで何か障害が起きたことは一度もありません。
ところが、8月30日の早朝に起きた破裂音が、私の耳の奥を損傷させました。
その音がしたとき、私の耳はキーン! として、音が聴こえにくくなりました。一瞬のことだと思ったのですが、それ以来、聴こえにくい状態が続きました。
音は聴こえるのですが、甲高い音だけになってしまいます。
人と話をしていても、話し声がキンキンと聴こえ、聴いているのがつらくなります。また、自分の話す声も、自分の頭の中で反響しているように聴こえ、不快です。
救急車が時折通過していきますが、サイレンの音がいつもの音と違って聴こえます。
私の耳の症状をネットで調べてみました。その結果、どうやら次のような損傷を受けたのではなかろうか、と考えました。
私にとっては初めて聞く損傷名です。
何らかの理由により、強い音波が耳に入ることで、耳の奥の蝸牛(かぎゅう)を損傷し、音が聴こえにくくなることが起きるようです。
損傷には、慢性のものと急性のものがあり、慢性の場合は、ヘッドホンやイヤホンで大きな音を長い時間聴いたり、大きな音響で楽しむ音楽イベントなどが原因となるようです。
急性のものは、私の場合がそうであるように、突発的に大きな音が耳の近くで起き、それが損傷の原因となるようです。
困ったことに、この損傷に対する有効な治療法は確立されていないようです。
私は家の近くの耳鼻科で治療を受けることも考えましたが、しばらく様子を見ようと考え、未だに耳鼻科へは行っていません。
私の場合は幸いなことに、初めの期間はなかなか改善が見られませんでしたが、3週間ほど経った今は、ほぼ元通りに聴こえるようになりました。
ただ、テレビの音やPC内の音が、それまでより聴き取りにくく感じることがあります。
ネットの動画共有サイトで動画を配信されている桜風涼(はるかぜ・すずし)氏(1965~)は、音声の専門家でもあるので、聴き取りやすく収録して配信しています。
その桜風氏の話す声が、損傷を受ける前よりも聴き取りにくく感じます。
ともあれ、今後、同じような損傷を受けないようにするため、Amazonで耳栓を購入しました。一番安いものを選んだら、ふたつセットで40円でした。
しかも、ポイントが1ポイントつくので、39円相当になります。ちょっと細かい話になってしまいましたね。
人は生きている限り、思いがけない災難に遭遇します。私の場合は、小さ目な災難ですが、それでも遭遇すれば、それなりの影響を受けます。
今後も生きて行く中で、大きな災難や小さな災難に遭遇するでしょう。そのときにそれをどうやり過ごすかは、気持ちの持ち方次第です。
できることなら、大きな災難も小さな災難のように受け止められればいいのですが、そのときにならないとわからないですね。
大きな災難には、肉親との別れがあります。私の場合は、私以外の肉親の父と母と姉がすでにこの世にいません。
母が亡くなったのは1992年で、父と姉は2000年です。それぞれ亡くなって、30年と22年が経ちます。その間も何とか生きてきましたので、残りの人生も何とかなるだろう、と楽観的に考えています。