アリアンヌの背伸びした恋

レコーダーに録画したものの見ていなかった米国の古い映画を本コーナーで紹介することをしてきました。まだ残っている作品はいくつかありますが、今回は、すでに何度か見ている古い作品を取り上げます。

こちらも、オードリー・ヘプバーン19291993)が主演した『昼下がりの情事』1957)です。

原題は”Love in the Afternoon“で、Ariane, jeune fille russeという小説を原作としています。

原作の題名を訳すと『アリアン、ロシアの少女』となり、ドン・ファンと恋に落ちるのはロシアの少女になるようです。本作でも、私が好きなビリー・ワイルダー19062002)が監督をしています。

邦題は『昼下がりの情事』としていますが、日本で公開されたのは、米国と同じ1957年です。今だったら、”love”を「情事」とするでしょうかね。

内容を知らない人が題名だけ見たら、どんなイメージを持つでしょう。暇を持て余した有閑(ゆうかん)マダムをヘプバーンが演じている、と思ってしまう(?)かもしれません。

Love in the Afternoon (1957) Official Trailer – Gary Cooper, Audrey Hepburn Movie HD

映画作品の骨格となる脚本は、監督のビリー・ワイルダーとI・A・L・ダイアモンド19201988)が共同で担当しています。ダイアモンドは、ほかのワイルダー作品でも共同で脚本を担当しています。あの名作の『アパートの鍵貸します』1960)でも、ワイルダーとのコンビで脚本を書き、アカデミー賞脚本賞を受賞しています。

The Apartment (1960) | Official Trailer | MGM Studios

ダイアモンドの経歴が変わっています。彼はルーマニアの生まれで、9歳の頃に、家族に連れられて米国に移住しています。

もともとは、数学に才能を持っていたようで、通った男子校で州の数学オリンピックに出場し、2年連続で金メダルをいくつか獲得した、とネットの事典ウィキペディアに書かれています。

そのままその方面に進めば、数学者として名が知られる人になった(?)かもしれません。

彼はコロンビア大学に進み、大学時代に学生新聞の編集に関るようになり、そのあと、ユーモアマガジンにペンネームで連作劇を書くようになり、それが評判となり、それがのちに、映画の脚本家の道につながっていったようです。

大学時代に使い始めたペンネームがそのまま、映画の作品でクレジットされるI・A・L・ダイアモンドとなります。

ダイアモンドの持ち味は、ユーモアコミカル的なものにあるのでしょう。それが活かされた本作も、コメディ映画です。

脚本をひとりでなく、ふたりやそれ以上で書くときは、どんな風に作業が進むのでしょうね。互いにアイデアを出して書くのか、それとも、主導権を握るひとりがだいたいの部分を書き、他の誰かが、手を入れたりするのでしょうか。

それとも、本作のようにふたりであれば、初めからふたりで互いに台詞を考え、掛け合い漫才のように、ボケとツッコミで展開が膨らんでいくのでしょうか。

本作で思い出すのは、東日本大震災が起きた2011年3月末で長い歴史に幕を閉じたNHK FMのリクエスト番組『サンセットパーク』1998~2011)に本作のテーマ音楽のような『魅惑のワルツ』1904)をリクエストし、番組でかけてもらったことです。

Fascination, piano solo José M. Armenta
本日の豆知識
「サンセットパーク」は東京のスタジオから放送していた番組の名で、これに替わる以前、関東各局が独自に「夕べの広場」や「夕べのひととき」という番組名でリクエスト番組を放送していました。私はこの時間帯の放送を1983年から聴き、リクエストもしていました。

番組は、曜日ごとに音楽のジャンルが分かれていました。その中に、映画音楽とイージーリスニングの曲がかかる曜日があり、その曜日宛てに、「オードリー・ヘプバーン特集」をしてはどうかと要望を出し、それが採用され、本作の音楽をリクエストしたのです。

本日の豆データ
このリクエストが採用されたのは、2009年6月11日の放送です。

自分で特集を提案した手前、どの作品にするか、それなりに時間をかけて決めました。NHK BSプレミアムで放送されたヘプバーンの作品は、ほぼすべて録画し、DVDに保存していました。

それらからいくつかを見て、最終的に本作を選びました。『魅惑のワルツ』がコミカルに、効果的に使われていたからです。本作をまだ見たことがない人が見ますと、この音楽が登場する場面に、笑いがこみ上げるだろうと思います。

それくらい念入りに、ビリー・ワイルダーはこの曲を作品で使っています。

この曲を演奏するのは、4人の演奏者です。いつもお揃いのスーツで正装しており、お揃いの黒い帽子まで被っています。部屋の中では帽子はとります。

楽器は、第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリン、アコーディオン、それからもうひとつは、正しくは何というのでしょう。首から下げて、腹の位置あたりで演奏する鉄琴です。

本作の舞台はフランスのパリですが、米国映画ですから、出演者は全員英語で話します。

4人の演奏者は、ある人物がフランスへやって来ると雇われることになっているようです。彼らを雇うのがドン・ファンのフラナガンという世界有数の実業家です。

世界をまたにかけているため、米国人のフラナガンは、海外の主要都市に頻繁に出かけ、目下独身であることもあり、行き先々で、短期間の恋のバカンスを愉しんでいます。

そのフラナガンがパリに滞在するときの定宿はホテル・リッツ・パリの14号室と決めているようで、バカンスの相手を決めると、4人の演奏者を自分の部屋に出張させ、バカンスを盛り上げる演奏をさせます。

フラナガンは気まぐれで、屋外に恋人を連れ出すこともしますが、そのときも、4人の演奏者はそこへ出張し、そこでいつも通りの演奏をします。

恋が盛り上がったところで演奏するのは『魅惑のワルツ』と決まっています。

あるとき、フラナガンはサウナへ行きますが、そこでも4人の演奏者は、蒸し暑いサウナの中でもきちんと正装し、湯気の中で汗だくになりながら演奏をします。

第一ヴァイオリンの空洞部分に水が溜まり、それを排出して演奏を続ける場面があります。そのアイデアは、共同で脚本を担当したダイアモンドが出したもの(?)でしょうか。

フラナガンを演じたのはゲイリー・クーパー19011961)です。本コーナーでビリー・ワイルダー作品の『麗しのサブリナ』1954)を取り上げました。

そのときも、ヘプバーンの相手役としてケーリー・グラント19041986)を起用したかったものの、実現していません。本作でも彼の出演がならず、ワイルダーを悔しがらせたそうです。

本作は、歳の離れたドン・ファンに少女が恋心を寄せることを描きますが、撮影が公開の1年前ぐらいとすれば、クーパーは55歳だったことになります。

クーパーは1961年に60歳で亡くなっており、その5年前の出演作になります。

本作が公開前年の1956年に撮影されたとすれば、22歳ぐらいのパリ娘、アリアンヌを演じたヘプバーンは27歳だったことになります。

『麗しのサブリナ』は1954年の公開で、撮影が1年ぐらい前とすれば、24歳の年に演じたことになり、より、アリアンヌの設定年齢に近いです。

しかし、女優の年齢はあってないようなもの(?)で、3年あとに演じた本作のヘプバーンのほうが幼く見えます。

ヘプバーンが実は、自分の容姿にコンプレックスを持っていた、と書かれたものを以前読んだ記憶があります。詳細は忘れました。今度、それをどこかで見つけたら、本コーナーで取り上げることにします。

本作の中でも、アリアンヌがフラナガンに出会ったあと、自分を、痩せているし、歯並びも悪いし、首も長いし、魅力的でないでしょ? と卑下していう場面があります。

フラナガンはアリアンヌに、「君は完璧だ」と答えますが。

たしかに、画面に映るヘプバーンは、着ている服との兼ね合いもあるのか、背は低く、体ががりがりで、肉付きが悪く、シーンによっては、貧弱に見えます。

歯並びは矯正できても、体格だけは変えることは難しいです。

彼女はアリアンヌの台詞をいいつつ、自分がいつも感じている本音がそれに含まれていることに気づき、どきりとしたかもしれません。

アリアンヌに名前を教えてもらえないフラナガンは、彼女を「おヤセさん」と呼びます。

名前を教えてもらえないフラナガンは、彼女の頭文字がAを手掛かりに、思いつくまま、Aで始まる名前をいい、そのたびに「違う」といわれます。

その中で、字幕では「アドルフ」と表示される名前をいいますが、映画の音声を聴くと、「エイドルフ」と発音しているように聴こえます。日本で「アドルフ」という名は、向こうでは「エイドルフ」と発音するようですね。

ということは、「アドルフ・ヒトラー」18891945)ではなく、「エイドルフ・ヒトラー」が発音的にはより正確となりそうです。

発音といえば、日本ではいつからか、「シャンパン」というようになりました。私は今でも、一般的には「シャンパン」といわれているものを「シャンペン」ということにしています。

どちらの発音が、より原音に近いのかGoogle翻訳で確認していました。

“Champagne”はフランス語で、フランス語の発音は「シャンパーニュ」と私には聴こえます。

フランス語による”Champagne”の発音例(Google翻訳音声データ)

一方、英語は「シャンペーン」と発音しているように聴こえます。

英語による”Champagne”の発音例(Google翻訳音声データ)

どちらにしても、日本語で表示や発音する「シャンパン」とはニュアンスが違いますね。

アリアンヌは、パリの下町(?)に私立探偵をする父のクロードとふたりで住んでいます。クロードを演じるモーリス・シュヴァリエ18881972)は、フランス生まれで、フランスと米国を股にかけて活躍したエンターテイナーだそうですね。

Maurice Chevalier chante “Valentine” sur scène – 1935

クロードが娘のアリアンヌに『魅惑のワルツ』の一節を口ずさむシーンがありますが、歌手であったこともある彼ですから、お手のものだったわけですね。

それにしても、彼の芸歴を知らなければ、本作のクロードの紳士然とした演技からは、彼が若い頃に、ステージで歌を交えた軽妙な芸を披露したことは連想するのは難しいですね。

クロードは、個人で行う私立探偵で、つかむ情報が確かであるため、浮気の調査などの依頼が絶えないようです。

好奇心が育つ年齢のアリアンヌは、自宅が探偵の事務所も兼ねるため、父の目を盗んで、調査によって得られた資料を見るのを楽しみとするところがあります。

クロードが今担当するのがドン・ファンとして世界的に知られるフラナガンがパリに来ており、そのフラナガンと逢引きをする女性の夫がクロードに調査を依頼します。

音楽学校でチェロの演奏を学ぶアリアンヌは、まだ恋を知らず、こっそり見たフラナガンの資料から彼に興味を持ってしまいます。

自分の妻の浮気相手の調査を依頼する男はX氏とされますが、X氏を演じる俳優がコミカルな演技で笑わせます。演じるのは、ジョン・マッギーバー(1913~1975)です。

日本ではあまり知られていない俳優なのか、彼の日本語のウィキペディアはまだ制作されていません。英語版のウィキペディアで確認しますと、彼はアイルランド系の移民の家系に生まれ、コロンビア大学では博士号を取得していますね。

61歳で亡くなっていますが、映画やテレビドラマに数多く出演していますから、米国では知られた俳優のひとりになるでしょう。

彼が、ヘプバーンが主演した『ティファニーで朝食を』1961)に、ティファニーの店員役で出演していたことを知り、『ティファニー_』で彼が出演した場面を探し、出演していたことを確認しました。

間違いなく彼が演じていますが、面白いのは、同じ彼が演じていますが、役柄が百八十度違う役柄を、見事に演じ分けていることです。

『ティファニー_』が米国で公開されたのは1961年です。『昼下がりの情事』の4年後です。4年間で彼の風貌は変わらず、どちらの彼も、頭の脳天が禿げています。また、体形は、腹が出ています。

どちらも背広を来た役回りです。

『昼下がりの情事』では、ロンドンへの出張中に妻が見知らぬ男と浮気しているらしいことに気がつき、私立探偵をするアリアンヌの父のクロードに調査を依頼します。

調査が終わった頃、X氏がクロードの事務所にやって来ます。隣の部屋にいたアリアンヌは、X氏が妻が浮気しているのが間違いないという調査結果をクロードから知らされ、怒りの嫉妬に燃え、今夜、ホテルの部屋へ行き、拳銃で妻の浮気相手を殺す、といって事務所を出ていくまでの話を盗み聞きします。

浮気相手が拳銃で撃ち殺される恐れがあることを知ったアリアンヌが、ホテル・リッツ・パリへ行き、フラナガンの命を救うのがきっかけで、歳の離れたフラナガンにアリアンヌは惹かれ、初めての恋心を燃え上がらせてしまうのです。

妻の浮気に怒り狂ったX氏を演じたマッギーバーが、『ティファニー_』では、超高級品店ティファニーの店員を演じているのです。

ティファニーへやって来たヘプバーン演じるホリーと恋人のポール(ジョージ・ペパード1928~1998〕)は、「10ドルの予算で何かみつくろってほしい」と無理な注文をし、マッギーバー演じる店員の目を白黒させます。

客の機嫌を損ねないよう、店員の彼は、「銀で出来た電話のダイアル回し」を勧めますが、ふたりは別の提案をし、しぶしぶ承諾する、といった展開です。

Breakfast at Tiffany’s (6/9) Movie CLIP – Cracker Jack Prizes (1961) HD

マッギーバーは、慇懃無礼な店員を演じ、『昼下がりの情事』のコミカルな嫉妬夫とは別の役回りを演じきっています。

本作では、世界を股にかけたドン・ファンのフラナガンが、背伸びして嘘の恋遍歴を語るマリアンヌに嫉妬し、ノイローゼ状態になります。

個人的には、フラナガンがマリアンヌの背伸びした嘘に気がつき、落ち着くところに落ち着く顛末を望みますが、私の望みとは違う結末となります。

話の筋とは別に私が面白いと思ったのは、本作が、ビスタサイズで上映されることを前提に、白黒のスタンダードサイズで撮影されたことです。

スタンダードサイズは、昔のテレビの画面を思い浮かべればわかる、縦横の比率が正方形より若干横長の画面(1.33:1)です。また、ビスタサイズは、アメリカンビスタが1.85:1、ヨーロピアンビスタが1.66:1で、米国版ビスタのほうが若干横長の比率です。

なお、日本のハイビジョン放送は16:9ですが、米国とヨーロッパの中間の1.78:1にしたそうです。

ということは、オリジナルは、上映時に上下の一部分がカットされることを前提にして撮影されたことになります。画面をトリミングするのと同じですから、その分、画質は落ちるでしょう。

本作が日本で1989年にリバイバル上映されたときは、ビスタサイズよりも横長のシネマスコープサイズにされたため、初回公開時の本作を知る人からは、不満の声が寄せられたそうです。

私は本作をビスタサイズ版で見ましたが、できることなら、オリジナルのスタンダードサイズ版で見てみたいと思います。

もっとも、撮影時からビスタサイズ版を想定していたそうですから、オリジナルサイズで見ると、上下に不要な空きがあるように感じる(?)かもしれませんが。

そういえば、一カ所、ホテル内の廊下でアリアンヌが写っている場面がありますが、一瞬、右上隅に何かの影のようなものが写っていたように感じます。

その場面をスタンダードサイズで見ることができれば、その影の様子が、もっとわかるかもしれません(?)。

父のクロードが、娘のアリアンヌにおもしろいことをいうシーンがあります。

寝ている娘を起こしに行くと、最近はうつ伏せで寝ていることが多いことに気がついた父が、「お前はうつ伏せで寝ていることが多いな。そんな寝方をする86パーセントは悲恋をしているといわれている。哀しい恋をしてはいないか?」というようなことをいい、私立探偵らしく、娘の反応を観察します。

この台詞に登場する数字に根拠はなく(?)、脚本を担当したワイルダーとダイアモンドが、掛け合い漫才をするように脚本する中で、生まれたひとつのアイデア、なのでしょうか。

古い米国映画は、練られた脚本が多く、繰り返してみても楽しめます。

言葉のマジックを持つ人が作品作りをしていたからでしょうね。

欧米のドン・ファンは言葉を操り、ひとときの恋を我が物にしたのでしょう。映画のように、女性に夢を見させて。

Gary Cooper – Fascination

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