持ち味を殺さない顔は素敵

私は新聞に載った一枚の写真を見て、思わずギョッとしました。ドギツイ化粧に見えたからです。しかし、バレエ鑑賞をよくされる方であれば、見慣れた化粧に見えるでしょう。そのようなメイクを「バレエメイク」といい、日本では長いことそのような化粧が作法のようになされてきたそうですから。

昨日の朝日新聞の文化面に「バレエメイク 作り込まぬ進化」と題された記事が載りました。記事の内容を確認する前に、私は記事に添えられていたバレエメイクに驚きました。

バレエの鑑賞は、舞台で演じられるダンサーの舞を、遠く離れた客席からします。私はバレエの鑑賞をしたことはありませんが、想像するに、場内の照明は暗く落とされ、舞台の上だけに強いライトがあたっているでしょう。

ある場面では、主役のダンサーが独りで踊り、強いスポットライトを浴びることもあるかもしれません。

記事にもありますが、ダンサーにあたる強い照明により、演者の顔から色味が飛んでしまうそうです。そのため、ダンサーのメイクをするときは、見栄えをよくするため、メリハリのあるメイクが必要になるようです。

それに加えて、日本人固有の問題もあるのでは、と個人的には考えました。

バレエという文化は西洋で生まれました。西洋人の顔立ちは日本人に比べて彫が深く、薄いメイクでも、見栄えが保たれます。しかし哀しいかな、日本人は扁平な顔立ちで、西洋人のような彫の深さは望めません。

それを補うため、日本固有のバレエメイクが発達したといえましょう。

同じことは、スポーツの世界でもあります。私は好んで見ませんが、フィギュアスケートシンクロナイズドスイミングの日本選手は、眼鼻の目立つメイクをしています。これも、演技そのものに加え、見栄えで西洋人に劣る部分をメイクで補おうとする結果でしょうか。

記事では、バレエダンサーの吉田都氏(1965~)の話が紹介されています。

新国立劇場バレエ団「吉田都セレクション」PR映像

吉田氏は、英国のバレエ団でプロのダンサーとして踊り始めたとき、誰にも教えてもらえないので、自分で研究して、陰影を強調するメイクを苦労して身につけたそうです。

そんな苦労をしていた頃、オーストリア・バレエ団の『マダム・バタフライ』で客演する機会を得ます。『マダム・バタフライ』を日本語でいえば『蝶々夫人』です。舞台が日本の長崎ですから、日本人が登場します。

プッチーニ 《蝶々夫人》 「ある晴れた日に」 マリア・カラス(1)

それを西洋のバレエダンサーが演じるため、ダンサーたちは日本人の顔に近づけるため、自分たちが持つ彫の深さを消すようなメイクをしていたのでしょう。一生懸命にメイクと格闘するダンサーたちを見て、吉田は違和感を覚えます。

それと同時に、普段、日本人の自分たちがするメイクは、彼らの逆のことをして、日本人の顔を西洋人の顔に近づけているだということに気がつきます。

そのことに気がついた吉田は、自分本来の顔を受け入れることにします。バレエは表情と目線がとても大切なので、多少の陰翳はつけるものの、それが過剰になると、却って見えにくくなるといいます。

吉田からの次のような思いが書かれています。

誰かに似せようとしたり、何かを変えようとしたりしなくていいんです。自分本来の顔をよく見せるメイクで、ダンサーそれぞれの良さを表現してもらいたいのです。

新コロ騒動により、バレエの舞台をオンラインで配信することも始まったそうです。ダンサーをカメラが大きく捉えれば、客席で見るよりも、顔や表情が大きく見ることができます。大写しになったバレエメイクの顔を見た、バレエダンサーのメイキャップアーティストは、「これまでと同じメイクでいいのだろうか」と感じたそうです。

同じ思いを持つ吉田氏とメイキャップアーティストが出会い、昨年2月、「進化したバレエメイク」を探るプロジェクトがスタートしています。

新コロ騒動と関係なく、フィギュアスケートやシンクロナイズドスイミングは、大会があるとテレビ中継されます。日本選手たちの顔をカメラはアップで捉えますが、それを見る観客や専門家から、「これまでと同じメイクでいいのだろうか」と疑問を持たれたという話を私は聞いたことがありません。

中には、私のように、違和感を覚えている人もいるはずです。日本のバレエメイクが見直されたように、ほかの、メイクが蔓延る競技でも、見直しの機運が生まれるかもしれません。

見た目ということでいえば、私はある一枚の写真を新聞で見たことで、それまで勝手に描いていたイメージが一変することがありました。

私は、その人がどんな仕事をするのかよくわからないまま、なぜか、原田マハ1962~)という著名人が苦手でした。

私は、自分が気になったテレビ番組を録画して見ることしかしていないからか、テレビ番組で彼女の動く姿を見たことはありません。彼女に「出会う」のは、彼女が新刊本を出した時などに新聞に載る本の広告でです。

必ずといっていいほど広告には彼女の頭部写真が添えられていたりします。それがたいだい同じような写真で、シンボル画像的なその画像を見るともなく見るたび、「バカっぽい顔しているな」といつも感じていました。

原田マハ最新作『ロマンシエ』発刊記念著者インタビュー

そんな印象を勝手に持っていた私は、先月30日の日経新聞・文化面に載った彼女を写した一枚の写真を見て、彼女への感覚が百八十度、良いほうに変わりました。舞台演出でいう「どんでん返し」ですね。

記事は読んでいませんが、彼女はファッションに強い関心を持つようで、お気に入りの服を着て、写真に収まっています。

お気に入りのファッションに身を包んだ原田マハさん(2022年1月30日の日経新聞記事から)

私は、親しみを持てそうな、彼女の柔和な表情を見て、私がイメージしてきた原田マハとは別人に思えました。普段の表情がどんなだかは知りませんが、この写真に写る彼女のような表情の女性は好きです。

広告でもネットニュースでも、ある人物について伝える時、いつでも同じ顔写真が目印ように使われます。

今後、彼女の本の広告のときも、この柔和な表情の写真を使えば、もしかして私のように(?)、彼女に対する印象がプラスにどんでん返しする人がいる(?)かもしれません。

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