私はNHKのドキュメンタリー番組が好きで、自分でもその部門で撮影の仕事をしたいと考え、実際、NHKで仕事をしたことがあります。
しかし、撮影する部門に回されなかったことなどもあり、半年程度で辞めてしまいました。
そのあとも、ドキュメンタリー番組を見ることは好きで、見ていました。
そんなNHKのドキュメンタリー番組を、十年、あるいはそれ以上前に、積極的に見ることを止めました。番組の質が悪くなったのと、ある意図を持って作られていると感じるようになったからです。
今放送されているNHKスペシャルなどは、明らかに、視聴者を一定方向(良くない方向)へ導くために作られています。
昨夜放送されたNHKスペシャルにしても、新聞のテレビ欄には次のように書かれています。
アフターコロナが到来 人と接するのがツラい 世界で広がる退陣不安 脳の異変を科学で解明
番組は見るつもりもなく、見ていませんので、実際の内容がどうだったのかはわかりません。しかし、テレビ欄に書かれていることから想像すると、番組を見た人に、人と接するのを辛く感じさせるように意図して作られている(?)のではないでしょうか。
事ほど左様に、NHKのドキュメンタリー番組が、ある意図を持って作られているように感じたことで、今はまったくといっていいほど見ようという気になりません。
そんな私ではありますが、先月31日にNHK総合で放送された番組を録画して見ました。
放送された当日までそんな番組があることも知りませんでした。これは毎週放送されている(?)のかもしません。「解体キングダム」という番組です。
朝日新聞のテレビ欄では、毎日一番組を選び、「試写室」で紹介しています。そのほとんどが、テレビ局の太鼓持ちのような内容です。朝日の記者が書いているのだと思いますが、決して、番組を批判的に書くことをしません。
その「試写室」で「解体キングダム」が紹介されていました。その番組で描かれる解体作業は、建設当時、東洋一の高さであった超高層ビルだということで興味を持ちました。
ただ、「”建築アイドル”伊野尾慧(1990~)が密着」とあり、バラエティ仕立てに作られているかも、と不安がなくもありませんでした。
それでも、見てつまらなければ見るのを止めればいい、と録画だけはしておきました。
この「解体キングダム 世界初の新工法 超高層ビルを解体せよ」を興味深く見ることができました。「建築アイドル」とされているタレントも、無暗に騒ぐわけでもなく、許容範囲内に収まっています。
今回解体されたのは、超高層ビルの先駆け的な存在の世界貿易センタービルディングの本館です。本ビルは、東京の浜松町に、1967年に建設が始まり、1970年に竣工しています。
地下3階地上40階で、162メートルの高さを誇りました。
その後、東京など都市部には超高層ビルが次々に誕生し、その数は増え続けています。
そんな超高層ビルが登場して半世紀が経ち、建て替えの時期を迎えているそうです。
取り壊すといっても、図体が巨大であるため、それが非常な困難を伴うであろうことは素人にも想像できます。
そんな超高層ビルの先駆け的な世界貿易センタービルディングを解体することになり、その工事の模様をNHKが取材し、「解体キングダム」にしたのが今回の番組になります。
そんな困難な解体工事が行われたことを私は知らずにいました。今年の2月25日、最後の鉄骨を吊り降ろす作業を終え、1年8カ月に及ぶ工期が終了したそうです。
逆算すると、解体工事が始まったのは、2021年6月頃に工事が始まったことになりましょうか。
これまで、ビルの解体といいますと、屋上に重機を吊り上げ、コンクリートでできた床や、骨組みの鉄骨を粉砕するやり方が、ほぼ唯一の方法であった(?)でしょう。
その工法が、世界貿易センタービルディングでは使えないため、新工法が採用されています。新工法でなければならないのは、本ビルが浜松町駅に隣接するなど、周囲にビルなどが密集する場所にあったためです。
建築アイドルの取材が入る前、番組はタレント抜きで撮影をしています。今回の工法で肝となる「開口部」を造る作業です。
ビルの隅に、12×9メートルの縦穴を、5カ月かけ、手作業によって造っています。地上でその穴の下に立つと、40階までの巨大な吹き抜けとなっています。
「開口部」は、切り取った床や壁、そして鉄骨を、地上へ吊り降ろすために使われます。
タレントの建築アイドルが解体現場に入ったのは昨年6月です。解体工事が始まって1年後ぐらいになりましょう。
そのときの撮影では34階のフロアに上がりましたが、タレントの第一印象は、解体現場とはとても思えないほど静かであることです。何もない広いフロアが広がり、静けささえ漂っています。
そのときは、床を切り分ける「スラッシュカット工法」の説明を工事責任者の川端弘樹氏(62)から伺いました。川端氏は、その道のスペシャリストであるようです。
ビルの床は鉄筋(異形鉄筋)が入った厚いコンクリートでできています。この床を、日本間の畳のように、2.7×8.8メートルの大きさに切り分けます。
そのために専用の機械が開発され、「スラブカッター」と名づけられました。文字で書いてもどんな機械なのか想像できないでしょう。ちなみに、「スラブ」は「床」の意味です。
ぱっと見は、床を清掃する作業車のように見えます。作業員が機械のうしろについた取っ手を握って作業します。
機械の右側面に、床を切断する回転式カッターが斜め30度の角度で取り付けられています。刃の先にはダイアモンドが埋め込まれ、強度を高めているようです。
床を上から下へまっすぐカットしてしまったら、カットが終わった時、床が真下に落下してしまいます。それを防ぐために考案されたのが、斜めにカットすることです。
底面を上面より小さくすることで、切断した床が下の階に落下することを防げる理屈です。はじめから30度という角度したのではなく、45度で試したこともあったようです。
しかし、45度では、摩擦抵抗が強くなり、作業が困難になったそうです。試行錯誤の末、辿り着いたのが30度であったそうです。
作業をするときは、下の階に支えの骨組みを組み、切断作業がスムーズにいくように考えられています。
カットする床の上面には、吊り下げるための金具が埋め込まれており、カットを終えた床は、タワークレーンで吊り上げ、開口部まで移動し、その巨大な縦穴から地上へ降ろします。
これは、各階ごとに行いながら、地上まで作業を進めるというわけです。
ビルの解体で最も厄介なのは、骨組みの鉄骨を切り分け、それを下へ降ろす作業です。
ビルの鉄骨は、木造家屋の木の柱に相当するでしょう。それがビル全体を支えていることになります。
鉄骨も上から下へ解体することになりますが、この作業をするため、「せり下げ足場」というのが用いられます。高さが16メートルの足場を地上で組み立て、作業をする最も高い位置の外壁の外側に、宙に浮くように取り付けられます。
作業員はこの足場に乗り、建物の外側から、ビルの窓や外壁パネルを手作業で取り外します。
それが済んだあとに、骨組みの鉄骨を切り外す作業が待っています。
本ビルが建設された当時の記録映像が紹介されています。一本の鉄骨の幅は30センチ程度です。建設の作業をする鳶(とび)職の人たちは、百メートル以上の高さで、鉄骨にまたがったりして作業をしました。
本ビルの建設で「鳶職リーダー」を務めた人に西城正氏がいます。その人の三男(彼には兄が二人いると川端氏が話していましたので、三男になるのだと私は理解しました)になる西城三紀夫氏が、今回の解体作業で鳶職リーダーを務めています。
父が建設したビルを息子が解体するのは、望んでもなかなか実現できないことといえましょう。
各階ごとに鉄骨をガスバーナーで切断し、開口部から地上へタワークレーンで吊り降ろします。吊り降ろす作業は、切り分けた床を吊り降ろすのと同じですが、鉄骨はそれぞれで形もバランスも異なるため、水平を保つのが非常に難しくなります。
それを実現するため、「4点自動つり下げ装置」が開発され、タワークレーンに取り付けられています。装置からは4本のワイヤーが延びており、リモコンのボタンを押して、ワイヤーの長さを調整しながら、水平を保つようにできています。
普通の人は決して見ることがない現場の作業の様子を伝える番組で、興味深く見ることができました。
余計な意図を持たない番組であれば見ることを厭いませんが、そうでない番組がNHKにはあるのであり、見る側に、番組を選択する眼が必要であることに変わりはありません。
NHKには、安心して見られる、偏りのない番組作りを願っておきます。