私には、毎日同じような時間に同じことをする傾向があります。夕方近くなると、レコーダーに録画してあるテレビ番組を見ます。
私が今録画するのは、古い映画や古いテレビドラマの『名探偵ポワロ』と『シャーロック・ホームズの冒険』です。NHKで昔に制作された『新日本紀行』や『NHK特集』も録画します。
これらを録っては見ることをするため、ストックがなくなることが起きます。そんなときは、繰り返し見るために、レコーダーに保存したままの映画やドラマを見ます。
こんな理由で、古い映画を見ました。今回は米国の映画ではなくイタリアの映画です。
見たのは、フェデリコ・フェリーニ監督(1920~1993)の代表作『道』(1954)です。本作が製作されたのは1954年ですから、フェリーニが34歳のときの作品になります。
本作はよく知られていますので、映画好きな人であればストーリーの説明は必要ないでしょう。若い人でも古い映画に興味を持つ人であれば、本作は、見たことがあるか、内容は知っているでしょう。
私も本作は、これまでに何度も見ています。
何といっても、旅芸人のザンパノを演じるアンソニー・クイン(1915~2001)と、ザンパノの手伝いをさせられるジェルソミーナを演じるジュリエッタ・マシーナ(1921~1994)が本作の最大の魅力といえましょう。
見たあとに、おさらいをするつもりで、本作について書かれたネットの事典ウィキペディアに眼を通しました。それをすることで初めて知ったのは、本作は、撮影するときは録音をせず、撮影が終わったあとに台詞と音楽、効果音を録音したことです。
見ているときは、そんな風に製作されたことをまったく意識させません。それだけ、完璧な形で作品にされていることになります。
今は、デジタルカメラで動画が撮影できるようになり、一般の個人も気軽に動画を撮影するようになりました。中でも、ネットの動画共有サイトで自撮りの動画を配信するVloggerは、毎日のように動画をアップロードしています。
彼らは自分を撮りつつ、何かをしゃべるため、気が向いたときに動画を撮る人に比べ、収音に人一倍の関心を持ちます。しゃべっている声を同時に収録する必要があるためです。
そういった意味では、本作は、Vloggerには「異質」な作品に感じられましょうか? 撮影時は音を録らず、あとで吹き込んでいるからです。
本作が製作された当時、イタリアの映画制作現場は、本作と同じように、音はあとで入れるのが習慣となっていたそうです。
あとで音を入れる製作方法は、私には親近感を抱かせます。
私は昔から映像が好きで、ビデオが登場する以前は、普通の個人が唯一扱えた8ミリ映画を趣味としていました。
8ミリフィルムをカメラに装填し、撮影し、現像が終わったフィルムを映写機にかけて、スクリーンに上映して楽しみました。
私は富士フイルムが開発したシングル8のフィルムを使いましたが、カートリッジに入ったフィルムは、一本の長さが50フィートでした。メートルにすると、15メートルです。
このフィルムを使い、8ミリ映画の基本速度である毎秒18コマで撮影した場合、撮影できる時間は約3分20秒です。連続で撮影した場合、それだけの長さでしか撮影できないということです。
デジタルカメラを使って動画を撮る人が、それだけの長さでしか撮影できないことを知れば驚くでしょう。しかし、8ミリの時代は、1カットが5秒程度ですので、3分20秒のフィルムの撮影がなかなか終わらなかった印象があります。
そしてもうひとつ、今のデジタルカメラで撮る動画と違うのは、サイレントフィルムであることです。
最後の最後頃になって、8ミリフィルムの端に磁気テープと同じようなものがコーティングされたサウンドフィルムが登場し、同時録音できるになりましたが、それまでは、音がないのが一般的でした。
この経験を8ミリでしたためか、私は今でも、デジタルで動画を作るとき、自分が語った声をあとで映像に加える製作方法を好みます。
このような考えを持つため、『道』があとで音を入れて作ったことを知り、親近感のようなものを持ったというわけです。
この製作方法が、本作では有効に働いたといえましょう。
というのも、フェリーニが監督するイタリア映画でありながら、主演のザンパノを演じるアンソニー・クインと、ザンパノのライバル的存在である綱渡り芸人の「キ印」を演じるリチャード・ペイスハート(1914~1984)は、イタリア語が話せないため、英語で台詞をいって演技をしたからです。
フェリーニ監督の妻で、ジェルソミーナを演じたジュリエッタ・マシーナ(1921~1994)をはじめとするイタリア人の俳優は、イタリア語で台詞をいっています。
撮影時には音は録音しないことは書きました。撮影のときは、それぞれの言葉で台詞をいい、あとで映像に合わせ、イタリア語の台詞を録音したことになります。
ザンパノとキ印を演じた俳優はイタリア語を話せないため、イタリア人の声優によって、イタリア語の台詞を収録したのでしょう。
NHK BSプレミアムの「プレミアムシネマ」で放送された版を私はを見ていますが、言語はイタリア語です。ということは、クインとペイスハートの声では作品が見られないことになります。
イタリア語版のほかに英語版もあるそうです。その場合はイタリア語版と逆になり、クインとペイスハートの声が本人の声になり、それ以外の、マシーナをはじめとするイタリア人の俳優の声が、英語を話す声優の声に入れ替わっていることになる(?)でしょう。
ジェルソミーナは、精神薄弱な女で、それだからいくつになっても、純真な少女のままのようです。そのジェルソミーナが、ある出来事を境に、精神が崩壊します。
ザンパノに仕込まれたトランペットで、メロディを奏でます。本作を知らない人であっても、そのメロディを一度は聴いたことがあるでしょう。音楽はイタリア人のニーノ・ロータ(1911~1979)です。