ホームズとワトスンの挿絵にはモデルがいた

Amazonに電子書籍サービスのKindleがあります。私はAmazonの有料会員になっていることもあり、新たに読む本はほぼすべてこのサービスを利用しています。

通常は、読みたい本があれば購入しなければなりません。そしてそれとは別に、1カ月980円払うことで、対象の書籍であれば期間中に何冊でも好きなだけ読むことができるKindle Unlimitedというサービスがあります。

私はこのサービスを3カ月間、199円で利用できる権利を得、そのときに、それまで読んだことがなかったアーサー・コナン・ドイル18591930)の『シャーロック・ホームズ』シリーズの短編集を読み始めたことは本コーナーで書きました。

同じ時期に芥川龍之介18921927)と岡本綺堂18721939)、江戸川乱歩18941965)、永井荷風18791959)の作品全集も、図書館から借りるように読む権利を得てしまいました。これらを、その日の気分で代わる代わる読むことをしていたため、どれも中途半端のまま、3カ月の期間が過ぎていきました。

期間の終了が近づいた頃、これではどれも中途半端に終わってしまうと考え、ドイルの短編集『シャーロック・ホームズの冒険』1892)だけを読みました。

結局はこれも読み終わる前に期間が終了してしまいました。ところが、このサービスは使いよう(?)で、期間が過ぎても、読んでいる本を閉じない限り、無料で読めてしまいます。

そのようにして、ドイルの『シャーロック・ホームズの冒険』を無料で読んでしまいました。

私が電子書籍版で読んだドイルの『シャーロック・ホームズの冒険』は、2014年東京創元社から発刊されたものを底本とされているようで、深町眞理子氏(1931~)の新訳だそうです。

紙に印刷された短編集には解説がついているのかもしれません。というのも、電子書籍版には解説が収集されていないことを了承してくれるよう書かれているからです。

その代わりなのかどうかわかりませんが、戸川安宣氏(1947~)が「解題」の見出しで文章を書いています。

私はこれまでドイルの『シャーロック・ホームズ』シリーズは一度も読んだことがなく、それが誕生したいきさつも知りませんでした。そのあたりのことが、戸川氏が書いた解説の文章を読むことでわかります。

戸川氏はシャーロック・ホームズの熱狂的なファンであるいわゆる「シャーロキアン」なのでしょうか。欧米では同じ意味のことを「ホームジアン」というと書かれています。

戸川氏は小学校のときに初めてホームズ物を翻訳で読み、以来、何度も読まれてきたのでしょう。その戸川氏が、本短編集に、「まったく新しい表情を見た思いがする」と感想を書かれています。

それは、古典的名作に深町氏の翻訳が新しい息吹を吹き込んだからか、それとも、それを読む自分が齢(よわい)を重ねたせいか、と書いています。

本短編集は、ドイルが長編にホームズを登場させた『緋色の研究』1887)と『四つの署名』1890)を発表し、それが人気を博したことで、創刊されたばかりの『ストランド・マガジン』18911950)で連載が始まったのだそうです。

ドイルはもとは物書きではなく、開業医でした。しかし、本業が芳しくなかったらしく、生活のために筆をとり、それが結果的に圧倒的な人気を得、物書き業が本業となってしまったようです。

そんなドイルですから、短編の連載も6編だけで終了するつもりだったようですが、連載を続けるよう頼まれ、さらに6編書き、本短編集に収録された12編が誕生しています。

この12編を書き上げたところでホームズ物を書くのを止めようと考えたドイルは、ホームズを殺してしまおうといい出したらしいですが、熱狂的なホームズ読者に猛反対された、と戸川氏が書く文章にあります。

その熱狂的な読者というのがドイルの母親だそうです。この母親は、ドイルの執筆の助けになればと考えてか、息子に手紙を書き、その中に、話のアイデアになりそうなことを書いたそうです。

そのアイデアは、12編の短編のひとつに使われ、短編集の最後の『橅(ぶな)の木屋敷の怪』(ぶな屋敷)が生まれています。

ホームズ物が成功した理由の一因に、それを連載した『ストランド・マガジン』が挿絵や写真を重視する編集方針があった、と書かれています。

その連載で挿絵を担当したのは、三十歳を過ぎたばかりのシドニー・パジェット1860190)という挿絵画家です。ホームズとワトスンを描いた挿絵には、それぞれにモデルがいたというのは興味深いです。

ワトスンは、シドニーが王立美術学校時代に親しくなった建築学を学ぶアルフレッド・バトラーをモデルにしたとされるようです。

そしてホームズのモデルはといえば、シドニーより三つ下の弟のウォルター・パジェット18621935)だそうです。この弟も画家だったとあります。

弟のウォーレンの写真か肖像画が紹介されていますが、横を向いたその顔は、ホームズ物を読んだ人が誰でもイメージするような面立ちをしています。

そんなウォーレンにはエピソードが残っています。ある日のこと、彼がロンドンで開かれたコンサートへ行き、席につこうとすると、彼に気づいた見ず知らずの婦人がウォーレンを見て、「まあ、シャーロック・ホームズが来ている」と叫び声を上げたということらしいです。

シドニーも同じように横を向いた白黒の写真が載っていますが、シドニー自身もホームズのモデルになりそうな雰囲気を持っています。

というわけで、『シャーロック・ホームズの冒険』が読み終わったので電子書籍を閉じようと思いますが、利用期間が終わった書籍を閉じたら二度と開かなくなると考えると、閉じる踏ん切りがつきません。

結局は、何度でも読めるよう、この短編集を購入することになってしまうかもしれません。

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